虫の使い道は「昆虫食」以外にもある:仏企業が世界最大の垂直型昆虫養殖施設をつくる理由

世界の食料不足への対策として注目されている昆虫。あるフランスの企業は昆虫を人間の食料にするのではなく、家畜や農作物の飼料や肥料にすることでこの問題に取り組もうとしている。
虫の使い道は「昆虫食」以外にもある:仏企業が世界最大の垂直型昆虫養殖施設をつくる理由
IMAGE BY JACQUES KLEYNHANS

ブドウ園が点在するフランス南部のなだらかな丘に、この地にしかない農場がある。家畜や農作物を育てる農場ではない。フランス企業のŸnsectが運営するこの農場が扱っているものは、通称「ミールワーム」と呼ばれるチャイロコメノゴミムシダマシの大量の幼虫と成虫だ。

ミールワームは、この農場で卵から完全な成虫になるまで育てられ、タンパク源として収穫される。そして動物の飼料や植物の肥料として販売できるように、栄養豊富な粉末や油に加工される。

世界各地でさまざまな種類の昆虫が過去何世紀にもわたり、人間の食べ物として重要な役割を果たしてきた。最近では環境に優しいレストランのメニューでも、一風変わった肉の代用品を務めている。しかし、Ÿnsectの創業者たちが期待するのは、昆虫を動植物の飼料にすることによって持続可能性の危機という巨大な問題の解決にひと役買うことだ。

関連記事実録:「昆虫食」だけで2週間を過ごしてみた

世界初の垂直型昆虫養殖施設

世界資源研究所(WRI)は、人間が摂取するカロリーの必要量とその供給量を比較すると、いまのままでは2050年までに70%の不足が起きると見込んでいる。つまり、増え続ける世界の人口の需要に応えるために、わたしたちは食物の生産能力を早急に拡大する必要があるのだ。

「わたしたち人間は栄養を動物と奪い合っています。家畜が世界中のたんぱく質の20%を消費する一方で、人間によって水産資源や水、土地、土壌などの資源が減り続けているのです」と、Ÿnsectの創業者のひとりで最高経営責任者(CEO)のアントワーヌ・ユベールは言う。「だからこそ、動物の飼料や植物の養分に利用できる代替たんぱく質に注意を向けるのは、当然かつ自然な流れであるように思います」

11年創業のŸnsectは、ミールワームの養殖における世界のリーダー的な存在に成長した。創業の目的は、近年の魚の乱獲によって生じたたんぱく質の供給不足に対応すべく、水産物養殖用の代替食物源を開発することだという。

同社がフランスのブルゴーニュ地方にあるドルという村に建てた施設は、世界初の垂直型昆虫養殖施設だ。高さ17mあるこの農場は年間1,000トンの昆虫を生産しており、従来型の昆虫農場に比べて土地利用を98%、資源を50%削減できるという。

Ÿnsectの主要な製品は2種類ある。養殖したミールワームの幼虫からつくった粉末でペレットに加工できる「ŸnMeal」と、多価不飽和脂肪酸を豊富に含む油「Ÿnoil」だ。どちらも養殖魚介類の餌として最適になるように、特別に処理されている。

Ÿnsectは20年6月、世界で初めて昆虫からつくった植物用肥料の販売許可を取得した。ユベールはこれにより、人間の健康と環境の持続可能性の両面に大変革がもたらされると考えている。「ブドウ園の肥料として昆虫たんぱく質を使うと、従来の化学肥料と比較して成長が25%速くなることがわかりました。投入量が少なくても結果が早く出るうえ、化学物質や化石燃料は一切使われません」

同社は現在、パリから北へ1時間ほどの場所にあるアミアンで、2カ所目となる垂直型養殖施設を建設中だ。高さ35m、延べ面積40,000平方メートルにもなるこの施設は、完成すれば世界最大の昆虫養殖場となる。この農場はセンサーと機械学習ソフトを搭載したロボットを使い、ミールワームの成長に最適な条件を維持するという。たんぱく質の生産量は、年間最大20万トンとなる見込みだ。

世界が追い付きつつある

ユベールが有機資源としての昆虫に初めて魅了されたのは、07年にニュージーランドのサイオン研究所を訪れたときだった。「ミミズには本当に驚きました」と、ユベールは振り返る。「ミミズは土壌を改良するエンジニアのようなもので、有機廃棄物処理の解決策を提供していました。ほかの面でも、ミミズたちの自然な行動から利点が得られることは明らかであるように思えました」

その後ユベールは、複数の環境団体に所属する熱心なヴォランティアとして活動して広報担当も務める一方で、学校に出向いて持続可能な代替食物源の必要性について話すようになった。「けれどそのうち、自分たちが教えていることと現実との間にギャップがあると感じるようになりました。当時、競争力がある安全な昆虫製品が市場にひとつもなかったのです」

水産物の養殖向けに昆虫由来の製品をつくるというビジネスプランの概要をつくるなかで、ユベールのチームは数多くの壁にぶつかった。「ただの冗談のように思われ、誰も真剣に考えようとしてくれませんでした」

しかし、世界は追い付きつつある。ユベールが議長を務めるNPOである食品・飼料用昆虫の国際プラットフォーム(IPIFF)は14年に4人のメンバーで始まったが、現在は毎月招集される委員会に欧州各地から75人も集まるようになった。

さらに欧州委員会は20年12月、何カ月もの議論を経たあとで、昆虫たんぱく質由来の飼料を21年から豚と家禽の市場向けに許可するかどうか、投票を実施すると決定した。

「昆虫たんぱく質が、すべての環境問題を解決できるわけではありません」と、ユベールは言う。「わたしたちは物語の一部にすぎないんです。それでも、より多くの資源を見出し栄養の多様性を高めることで、わたしたちはこの危機を解決し、より公平な世界をつくることになるでしょう」

※『WIRED』による昆虫の関連記事はこちら


RELATED ARTICLES

COVERAGE
食品のカーボンラベルは環境負荷を(今度こそ)軽減できるか


お知らせ:Thursday Editors Lounge 次回のThursday Editors Loungeは1月20日(木)に開催いたします。ゲストは古田秘馬(プロジェクトデザイナー/umari代表)。詳細はこちら


限定イヴェントにも参加できるWIRED日本版「メンバーシップ」会員募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サーヴィス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催の会員限定イヴェントにも参加可能な刺激に満ちたサーヴィスは、1週間の無料トライアルを実施中!詳細はこちら


TEXT BY RACHAEL PELLS

TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO