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ザ・大統領戦2024:トランプ&共和党のアメリカ史を書き換える大躍進!

2024年のアメリカ大統領選挙はトランプの圧勝に終わった。そればかりか上院・下院ともに共和党が多数派となり、さらには連邦最高裁も、保守派判事が9名中6名と「超多数派」を占めている。つまり共和党は、三権のすべてを掌握してことになる。かつて「白人の党」「富裕者の党」として知られた共和党は、いまや、(本来は民主党の基盤であった)低学歴のワーキングクラス(労働階級)の党に変わりつつある。トランプによる覇権は、いかにして成されたのか。デザインシンカー・池田純一が分析する。
ザ・大統領戦2024:トランプ&共和党のアメリカ史を書き換える大躍進!
PHOTO-ILLUSTRATION: Alex Wong/Getty Images, WIRED JAPAN

あっけないほどの幕切れ

2024年大統領選は、想定を超え、電撃的決着を見た。

結果は、ドナルド・トランプの圧勝。投票日翌日の2024年11月6日未明には、トランプの勝利が確定した。7つの激戦州のうち、いち早くノースカロライナとジョージアを制したところで、最大の激戦州ペンシルヴァニアでカマラ・ハリスを下し、トランプの勝利が決まった。直前の予想に反して、アメリカ市民は、投票日翌朝のニュースで早くも今年の大統領選の勝者がトランプであることを知ることになった。

Photograph: Beata Zawrzel/NurPhoto via Getty Images

11月6日にトランプの勝利が決まった後も粛々と開票は進められ、最終的に選挙人の獲得数が確定したのが11月10日。結果は、トランプが312、カマラが226。終わってみれば7つの激戦州、すなわち、ペンシルヴァニア、ミシガン、ウィスコンシン、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネヴァダの全てで、トランプが勝利を収めた。カマラからすれば、死守すべきブルーウォール(ペンシルヴァニア、ミシガン、ウィスコンシン)の全てが瓦解した。トランプの完勝であり、カマラの完敗だった。共和党は湧きたち、民主党は沈黙した。

2020年のときの混乱を思えば、あっという間の出来事だった。あのときのようにデッドヒートが繰り広げられ、結果は早くても週末にまで持ち越される、そんな投票日前の予想は大外れで終わった。あっけないほどの幕切れだった。

Photograph: Andrew Lichtenstein/Corbis via Getty Images

こうなると残る関心は、トランプが念願通り「ポピュラー・ボート(一般得票数)」でもカマラを制し「完全勝利」を宣言できるかどうか。この点については、投票日から10日経った11月16日時点でもいまだ開票が続く、カマラの本拠地でもある巨大州カリフォルニアの開票結果次第となる。

選挙人獲得数を見ると、レーガンの489(1980年)や525(1984年)、あるいは近いところなら、オバマの365(2008年)や332(2012年)と比べれば、今回の結果を「地滑り的(landslide)勝利」とまで言うのは難しい。だが、政治的に2極化した現代アメリカにおいて、7つの激戦州の全てを征した今回のトランプの勝利が「圧勝」であったことは間違いない。

Photograph: Jabin Botsford/The Washington Post via Getty Images

三権の全てを共和党が掌握することに

共和党はトランプの勝利だけでなく、今回の選挙で連邦議会の上院・下院ともに多数派を獲得した。「大統領、議会上院・下院」の完全勝利、いわゆる「トライフェクタ」の達成である。共和党は、トランプ大統領の下、2026年の中間選挙までの2年間、アメリカの政治を自分たちの思うままにできる政治権力を手に入れた。快挙である。

そのうえ、周知の通り、連邦最高裁も、保守派判事が9名中6名と「超多数派」を占めている。つまり、立法府、執行府(行政府)、司法府の三権の全てを共和党が掌握したことになる。

しかも、この新たな三権の全てがトランプの息のかかった人たちからなる。今の共和党は、反トランプ派を追い出した、事実上のトランプ党だからだ。トランプはすでに、自分が政治任命する高官については、上院共和党に異議を唱えず即座に承認するよう求めている。これが、トランプが完全掌握した共和党の下でのトランプ第2期政権の姿である。

このように、今回の選挙は、トランプと共和党の躍進で終わった。実際、全米各地で、投票結果が共和党側に振れる動きが見られている。つまり「全米の保守化」が進んだと、ひとまず総括していい状態だ。とはいえ、それは即、全米がレッド・ステイトになったことを意味するわけではない。支持率は減ったものの、依然として民主党が勝利を納めたケースもある。

Photograph: Michael Nigro/Pacific Press/LightRocket via Getty Images

その点で興味深いのは、ひとつには、カマラが負けた激戦州のうち、4つの州(ミシガン、ウィスコンシン、ネヴァダ、アリゾナ)の上院選で民主党候補が勝利したこと。いまひとつは、「中絶の権利」に関する州民投票を実施した10州のうち「擁護」を選んだ州が7州もあり、その中にはカマラが負けた激戦州のアリゾナとネヴァダの名もあったことだ。つまり、カマラの敗退が、そのまま民主党への失望を意味するわけでもない。それぞれの選挙ごとに有権者は、自分にとって意味のある選択をし投票した。投票心理は単純ではない。有権者の投票行動は、必ずしも党派的に行われているわけではない。

Photograph: Robert Nickelsberg/Getty Images

ただ、総じてアメリカ全体が保守化、すなわち「赤く」なりつつあるのも確かなことだ。激戦州7州に選挙資源を集約させたせいもあるのだろうが、それ以外の州では、カマラの支持は下がっており、赤さが増している。他の選挙についても、たとえ従来通り民主党の候補が勝っていたとしても、得票率は以前に比べて下がっているケースが増えた。このまま放置すればオハイオやフロリダのように、かつては(民主党支持で)青かったにもかかわらず、気がつけば紫になり、遂には(共和党支持で)赤くなる州が増えていく未来の到来を完全には否定できない。トランプの勝利は、そのような「赤いアメリカ」を予見させるものだ。

人種によらず支持を伸ばしたトランプ

今回のトランプの勝利で、一番驚くべきは、トランプが人種を超えて「ワーキングクラス」の票を集めたことだ。

Photograph: Andrew Lichtenstein/Corbis via Getty Images

2016年のときのような「ホワイトワーキングクラス」だけでなく、黒人、ヒスパニック、アジア系と、人種によらず支持を伸ばした。もちろん、支持者の絶対数では、こうした「多様なマイノリティ」の多くはいまだに民主党に投票をしているものの、トランプは確実に彼らマイノリティグループにも楔を打ち込んだ。

21世紀に入った頃、共和党衰退論が叫ばれたことがあった。それは今後、ヒスパニックの増加によって、アメリカの人口構成が変わり、共和党を支持する白人はもはや多数派(マジョリティ)ではいられなくなる、だから、ヒスパニックを含むマイノリティからの支持の高い民主党の時代が始まる、という議論だ。民主党にとってバラ色の楽観論だった。

だが、21世紀も4分の1が終わろうとしている現在、そのコンセンプトはむしろ共和党にこそ当てはまりそうな情勢になってきた。かつて、白人の党、富裕者の党だった共和党は、トランプの登場で、白人に限らない汎人種の、大学卒ではない低学歴のワーキングクラス(労働階級)の党に変わりつつある。今回、その趨勢がはっきり現れた。だからこそ、選挙後、心ある民主党員(政治家、活動家、ジャーナリストなど)は、状況の悪化に頭を悩ませている。共和党とは逆に民主党は、ビル・クリントンの登場以後、多人種への変わらぬ寛容を掲げながらも、支持者の中心は、そうした「理念的な民主的価値」を理解できる、高学歴で裕福な、生活に余裕のある都市生活者に変わった。だが、この変化は、所得格差の拡大からミドルクラスが凋落する中で実現した。支持母体としては先細る側だ。

要するに、「党のコンセプト」が、トランプ登場後の10年で、共和党と民主党との間で、すっかり入れ替わってしまった。いまや、共和党こそがワーキングクラスの党であり、民主党は富裕者の党になった。

このようにトランプ支持の「ワーキングクラス」が白人に限らなくなったことが、2024年の大きな変化である。選挙前にオバマも憂慮していたように、黒人男性の民主党離れも目立ってきた。それ以上にはっきりしたのが、ヒスパニックの共和党シフトだ。

Photograph: Yi-Chin Lee/Houston Chronicle via Getty Images

2020年大統領選のときも、トランプがヒスパニックからの支持を高めたことが話題になった。だがそのときは、主にトランプの新たな拠点であるフロリダに多い「キューバ系」の支持が高かった事実を指摘することで、「アノマリー(異常値)」扱いされていた。キューバ系の人たちは、共産主義政権の母国キューバから逃れてきたので、共産主義が嫌い、だから共産主義的な民主党も嫌い、という理屈で説明された。

だが、今回の大統領選では、出身国によらずヒスパニックのトランプの支持が高まった。たとえば、メキシコ出身のヒスパニックもトランプを支持し、テキサスの国境沿いの選挙区が軒並み「赤く」なった。「プエルトリコは浮かぶゴミ島」というような、投票日直前のマディソン・スクエア・ガーデンのトランプ・ラリーで言われた暴言があっても、プエルトリコ系のトランプ支持が激減することはなかった。

このように、トランプについては、人種によらずワーキングクラスの支持が高まった。このことから、結局のところ、今回の大統領選の本当の争点は、バイデン政権が扱いに失敗した「インフレ」だった、という理解が、選挙後のコンセンサスになった。

ただし、ここで「インフレ」といっているのは、経済学者や金融業界が使うマクロ現象としての抽象的な「物価高騰」のことではなく、消費者が日常感じる「生活用品の価格高騰」のことだ。経済やインフレについては、これくらいまでブレイクダウンしないとダメだった。

「消費者物価」こそが選挙の争点だった

この「インフレ」を主題にするうえで、意外と民主党の人びとの目を曇らせたのが「ワーキングクラス」という言葉だった。イメージすべきは「ワーキングクラス」ではなく「ミドルクラス」であり、より正確には「コンシューマー」。消費者としての有権者だった。

Photograph: Bob Riha, Jr./Getty Images

だから、「今回の選挙の勝利によってトランプは、人種によらないワーキングクラスの支持者の取り込みに成功した」というのは確かにそうなのだけれど、この言い方はやはり「政治学の用語法」であり「ジャーナリズムの語り方」が強すぎる。同じことをトランプ陣営なら、「消費者の取り込みによるロイヤルカスタマー化」ということだろう。消費者としてのミドルクラス、すなわち「大衆」だ。

実際、日常生活の中で「ワーキングクラス=労働階級」として自己認識する機会は少ない。たとえ賃金をもらっていても自意識は「コンシューマー」である。その視点に立たなければいけなかった。コンシューマーとしての日常生活をサポートするのが政治家の役割である。それが、現在の政治における「経済(エコノミー)」というイシューの実態だ。「消費者物価」こそが、今回の選挙における争点だった。

そして、この「消費者物価」に加えて有権者にとって重要だったのが「金利」だった。貯蓄がなくローンやリボによる「借金消費」が当たり前のアメリカでは、金利の変動は直接、消費者の購買力に影響する。欲しいものの価格が上がり、それを買うために必要な現金の調達コストである金利も高止まりするのだから、たまらない。欲しいものが自由に買えない社会、それは人びとの心をささくれだたせる。そうしたイライラに、バイデンもカマラも正面から応えていなかった。その点からコロナ以前のトランプ時代が懐かしがられたのはトランプにとってプラスだった。

この「コロナ禍の以前・以後」は今回の選挙を考える上で隠れた重要論点だ。前回も触れたように、トランプは選挙キャンペーン中、「アメリカは没落のさなかにある」という黙示録的メッセージを発し続けてきた。だから、その流れに抗って、1950年代のアメリカの栄光を取り戻そうと。それがもともとの“Make America Great Again”というメッセージに込められた意図だった。

だが、2016年と2024年では、トランプの語る「没落するアメリカ」のイメージの出どころが違うことには注意が必要だ。カマラの敗因が実は、庶民を困窮させた「インフレ」への不満だったと、選挙後に分析されるにつけ、どうも、このイメージの違いに気づいていなかったことが決定的だったと思われる。MAGAもこの8年で進化したのだ。

MAGAの変容とコロナ禍

2016年の場合は、オバマがアメリカ史上初の黒人大統領であったことにより、もっぱら「アメリカが有色人種」に乗っ取られる、という恐怖だった。そのため、MAGAの核には「白人優位主義者」や南部の「失われた大義」を掲げる人たちがいた。そこからどのような経緯でMAGAが軟化したのか、外からはわかりにくいところもあるのだが、たとえば、2020年のときにトランプ支持層として活発な動きを見せたQAnonは今回、少なくとも表には出てこなかった。

Photograph: Paul Hennessy/Anadolu via Getty Images

2024年選挙においてMAGAを焚き付けた恐怖の性格については、大きくは「ポストコロナ」と括ることができる。主に2020年のコロナ禍に発したものではあるが、等しくアメリカ人を襲った社会混乱の記憶に根ざした恐怖だ。具体的には、死者も出たコロナ禍の猛威、コロナ禍最中のロックダウンに見られた「圧制する政府」の事実、コロナ禍後の世界的な経済混乱から生じたインフレによる生活の窮状、などだ。

こうした「ポストコロナ」の状況に、さらに、ウクライナやガザの戦争という地政学的な不安が上乗せされた。「疫病(=コロナ禍)」に「戦争」が続いたことで、自然と「ヨハネの黙示録の4騎士」が連想されることも増えた。国内も国外も不安だらけなのだから、今は危機の時代だといわれて、思わず納得してしまう人が増えてもおかしくはない。MAGAを支える危機感を「アメリカの白人」にとっての危機から「アメリカ人を含む人類全体」の危機へとランクアップさせたのが、コロナ禍という世界を襲ったパンデミックの効果だった。

Photograph: Noam Galai/Getty Images

つまりアメリカにはコロナ禍以後、誰にでも「アメリカは没落しつつある」と感じさせるような不安や危機がそこら中にあった。コロナ禍によって「国」や「政府」という存在を強く意識させられた。そこから「ナショナルなもの」へと意識が向かうのも自然なことだった。トランプが強調した「国境」や「移民」についても、こうした「不安」な気分の中で語られた。2020年にトランプをホワイトハウスから追い出したコロナ禍は、2024年にはホワイトハウスに返り咲く道を作った。

対して民主党は、そのような言葉が受け手に与えるイメージへの配慮、というか想像力が、触覚や嗅覚のレベルで欠けていた。特にカマラは、難しい言葉をそのように言い換えることが不得手だった。今思えば、彼女の話は「法的に正し」すぎるものだった。

Photograph: Tom Williams/CQ-Roll Call, Inc via Getty Images

「中立性」は足枷になってしまった!?

政治が大なり小なり未来について語る以上、語り口の選択は重要だ。24/7体制で語り続けることで、「隠し隔てがない」という空気を纏うこともできる。つまり、より親密な印象を与えることができる。この点でバイデンは「メディアから隠れ」すぎていた。

Photograph: Jörg Carstensen/picture alliance via Getty Images

不思議なことに、のべつ幕なしに語っていれば、それは事実上、その人の「思考の垂れ流し」、「意識のただ漏れ」に近いため、仮に間違ったことを言ったり、失言があったりしても、それほど問題視されなくなる。むしろ、「フォロワー」たちからすれば、正直に語ってくれているという印象を与え、信頼感が増すことすらある。

好き嫌いをはっきりしてくれたほうが、その人の言動も理解しやすくなる。「親しみやすい」とまではいかなくても「(心理的距離が)近い」とは思うだろう。その「近さ」こそが鍵である。そのためにトランプはポッドキャストのプログラムに出演しまくっていた。

このような「意識のだだ漏れ」を「表現の自由」として位置づけ守ろうとしているのがイーロン・マスクであり、彼に賛同するテック・ライトだ。マスクは、その放言ありきの「いいたい放題」こそが「シチズン・ジャーナリズム」だと主張する。中立性の維持はこれまではジャーナリズムの要諦だったが、ソーシャル・メディア時代にはむしろ足かせになる。「発言はエンゲージメントの程度(=エモさ)で評価され、それゆえ、常に何らかの意見=ポジショントークである」ことが、ソーシャル・メディア時代の標準だからだ。

メディアが変われば政治家の語り口も変わらざるを得ない。いくらでもマシンガントークできるDJのような雄弁さが必要だ。テレビのように「話し言葉」で語ることが求められ、新聞のような「書き言葉」で語るのは敬遠される。トランプの「不真面目さ(unserious)」がカマラの「キチンとした感じ(disciplined)」に勝った理由だ。

トランプの言動がステルス化された理由

ところで、こうしたトランプ側が採ったコミュニケーション戦略は、あまり報道で取り上げられることはなかった。今回のトランプキャンペーンは、ステルス化していた。トワイライトゾーンのようにうすらぼんやりとしたものになり、目を凝らさなければ、周りからほとんど見えなかった。

Photograph: Jabin Botsford/The Washington Post via Getty Images

スマフォやソーシャル・メディアによって「コクーン化」した有権者のセグメントに応じて、事実上、「私秘的=プライベートな」バーチャル会合をもち、そこでオーディエンスに即して、彼らが聞きたいこと、欲しいことを語ることで、彼らの心を掴んで支持を得る。いわば「メタバース」を舞台にしたキャンペーン。トランプが、ジョー・ローガンをはじめとして、インフルエンサーのポッドキャストに出演しまくっていたのもそのためだ。インターネット登場以前にあった、プライベートなファンドレイジングパーティをオンライン上で実践したようなものである。

もっともすべては、トランプが裕福な私人で、時間だけは有り余る程あったからできたことではあったのだが。私人が私的な会合で話していることだからメディアに取り上げられることもないし、多くの場合、トランプ番の記者たちにも、どこそこのポッドキャストに出演するという情報も伝えられていなかったという。

報道機関の側にも問題があったとすれば、例のJ6、すなわち「1月6日議事堂襲撃事件」の一件でトランプが当時のTwitterやFacebookから締め出されて以来、トランプのソーシャル・メディア上の言動をマス・メディアが取り上げなくなったことがある。むしろ、積極的に無視し隔離した。わざわざ公正なジャーリズムメディアが、偽情報や誤情報、罵倒や誹謗中傷を含む表現を伝える必要はないという姿勢で、大統領退任後のトランプに臨んだからだが、その結果、トランプの言動は地下に潜ってしまい、彼が潜在的支持者を含めて、誰に何を話しているのか、主流メディアもその読者・視聴者も皆、鈍感になってしまった。目を背け、なかったことにしていた。

マスクがTwitterを買収してXにリブランドした後、トランプのアカウントを復活させても、トランプが自前のTruth Socialの方で変わらず投稿を続けたのも、最初から自分の聴衆しかいないところで、称賛を受けながら話したほうが気分もいいし、実際、効果的だったからなのだろう。だが、その影響については、Truth Socialがトランプの持ち物(プロパティ)であることも含めて、公開される必要はなかった。ソーシャル・メディア各社が内部情報を公開しないのと同じことだ。その点で、実はトランプとマスクは利害が一致していた。ソーシャル・メディアに規制がかけられないままにしておいたほうが、彼らは、オーナーであるメディアを通じて、フォロワーという名の信者を好きなように教導していくことができる。

Photograph: Jakub Porzycki/NurPhoto via Getty Images

異なるクラスターに対して異なるメッセージを与えてエンゲージメントを高めるのは、現在のマーケティングの基本だ。それはまた、政治家が二枚舌を使うことを非難するどころかむしろ奨励する、新保守が崇めるレオ・シュトラウスの教えから見ても、歓迎すべき方法である。ガザで対立するアラブ系とユダヤ系の両方から支持を得たトランプは、それをうまく実行した。世の中、すべてディールで成り立つのだから、双方の言い分を聞いて落とし所をみつければよい、そのための裁定者として自分が選ばれた、といっておけばよいからだ。

このような有権者心理のマイクロマネジメントは、1980年代の郊外市民へのDMマーケティング攻勢以来、共和党の十八番だ。それを、スマフォ時代の「新たな情報環境のリアリティ」に即して展開させたことで大きな政治的利得を得た。逆に、マス・メディアでどれだけ広告枠を買ったところで、かつてほどには効果を望めない。どれだけ広告費を費やしたところでそれだけでは選挙戦の決め手にはならない。理由は、テレビを見るのは老人が中心だから。アメリカは他の先進国ほどには高齢化社会化が進んでいないため、メディア環境の変化に伴う世代間の違いも今回、浮き彫りにされた。

今回はいわば「メタバース選挙」だった

ところが民主党の場合、党の首脳部がいずれも高齢過ぎて、こうした過去10年間の社会の現場の変化について無頓着であった。選挙戦のゲームのルールが、完全に情報社会のそれに変わっていたにもかかわらず、それ以前のやり方しか知らなかった。

トランプはその点、よくわかっていた。

今回の選挙はいわばメタバース選挙。初発のメッセージを伝えるには地域性は関係がない。スマフォ経由で利用するアプリ=ゲーム化されたインターネットの世界、ここではもうそれをざっくりと「メタバース」と呼んでおくが、そのメタバースの中のどの島に登録された人が相手か、ということだけが重視される世界。全米の傍らに想像的に立ち上げられたメタバースは地域性によらないただひとつの世界だから、まずはそこで情報を流し、望んだ相手に受け取らせたところで、その刈り取りは、物理的な「各地」のイベントで執り行う。

トランプは、インフルエンサーが核になるメタバース内の島々に足を踏み入れ、彼らとやりとりすることで、その島に集まったオーディエンスとしての有権者に「親密な」言葉を投げかけた。さすがは元『アプレンティス』のホストである。

このようなメタバースありきで見直せば、トランプのラリーは、そこで初めてメッセージを伝える場であるだけでなく、むしろオンラインでつながった者たちのオフ会でもあった。だから各種グッズを販売するブースがいくつも設置された。いわばコミケに行くようなもので、民主党のようにコンサートに行く感じとは違う。プッシュはメタバースで、プルはラリー会場で。プルの部分は、だからオフ会でありコミケのようなもの。マディソン・スクエア・ガーデンやコーチェラのラリーもその一環だった。

Photograph: Jeff Bottari/Zuffa LLC

トランプがこうしたメタバースの中で心がけたのは、「サブスクリプション・モデル」を意識した選挙戦を展開することだ。

トランプは、今回、ポピュラー・ボートでもカマラを圧倒する勢いにあるが、そのためには、前回以上に得票数を稼ぐ必要があった。最低でも失った有権者の数を補填するだけの新規有権者を獲得しなければならない。サブスク型のアプリのように、チャーンレイトを見据えて新規のプロモーションをしてきた。トランプ的には、視聴率確保競争の実践でもある。

釣った魚にえさをやらなかった民主党

言い換えれば、トランプは、リアリティショーを2020年の退任以来、ずっと続けてきた。リアリティショーとは、リアリティ・ビルディングを視聴者とともに成し遂げていると思わせる幻影装置。そうして新しいリアリティを構築し続けながら、新規のMAGAの獲得に努めた。

対して、カマラは、というよりも民主党は、そうした「離脱率を加味した対策」を打たなかった。一度自分たちを支持してくれればその後も支持し続けてくれると思い込んだ。まさに「釣った魚にはえさをやらない」を地で行っていた。その結果が「裏切られた」と思った人たちの離脱である。ヒスパニックや黒人の中からトランプに舵を切る者が現れたのもそのためだった。だから、確かにトランプ陣営は試合巧者ではあったのだが、それ以上に民主党が呑気すぎた。それは、2016年にトランプに負けて以来活性化した、#MeTooやBLMなどの抵抗運動の流れに依存しすぎたからなのかもしれない。すでに今回の敗因として民主党が2016年以来、急速に左傾化したことを指摘する人たちも現れている。2016年にホワイトワーキングクラスを失ったと分析していたにもかかわらず、むしろアイデンティティポリティクスの方に舵を切った、というもので、主には、民主党内の中道穏健派からの声である。

そのような見方からすれば、2022年に、ドブス判決の余波で、中間選挙における共和党の逆襲、いわゆる「レッドウェイブ」を阻止できてしまったことがかえって仇になったことになる。その結果、バイデンは再選に向けた自信をもってしまったし、中絶問題をイシューにすれば、大統領選でも勝てると思い込んでしまった。バイデンの後釜にカマラを据えるという決断にも影響を与えたかもしれない。

Photograph: Kyle Mazza/Anadolu via Getty Images

民主党のメディア観は古い。せいぜいインターネットどまりである。エンゲージメントのない世界。ただ中継しているだけではだめで、当意即妙なリアクションが必要になる。今の政治家は、インフルエンサーになるのと変わらない。面白くないとダメなのだ。その点で言えば、カマラの100日キャンペーンの多くが、ラリーの音楽コンサート化だったことを考えると、それでは足りないこともはっきりした。ファンダムの熱量を高めるだけではダメだった。具体的な拡散の手立てが必要だった。候補者自身が、自らの言葉で多数の有権者の声に(嘘でもいいから)応えなくてはならなかったのだが、その対処がカマラにはできなかった。その点で、多くの支援者予備軍にさらされ、対立候補と論戦することで人びとの本当の望みが浮き彫りにされる、予備選という合意過程を省いたのはやはり悪手だった。有権者を捉えるスイートスポットを試行錯誤で見つけることができなかった。バイデンから距離を置こうとしたため、オバマのプレイブックに頼るしかなかったことも裏目に出た。反省点だらけである。

民主党の「意思決定者」は誰なのか?

こう見てくると、今回の大敗に対して、民主党は党全体の意思決定者が誰なのか、責任者が誰なのか、明確ではないのは非常にまずい。他の先進国なら、今回の惨敗を受けて、党首ならび党上層部が全員、即刻辞任し、執行部の刷新を図ることから始めるところだが、アメリカの民主党には党首がいないので、大敗後も、まずは責任のなすり合いからスタートしている。戦犯はバイデンなのか、カマラなのか、あるいは議会民主党を仕切ってきたペローシか、シューマーか、バイデンを2020年に担いたクライバーンなのか……。まさに 「船頭多くして船山に上る」という事態だ。民主党のダメなところばかりが噴出している。

対して、この先トランプは、共和党をヨーロッパのような政党として、党首を選ぶ党に作り変えるのかもしれない。その場合、間違いなくトランプが党首になることだろう。トランプの次は、トランプの息のかかったものが党首になり、トランプの院政が続く、という流れだ。少なくとも、トランプファミリーの面々はそうして権力を握り続けようと考えている。ヴァンスを副大統領に選んだのがドナルド・トランプ・ジュニアだったと聞くと、そう思わないではいられない。

2024年10月27日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催されたトランプのラリーにて壇上立ったドナルド・トランプ・ジュニア。

Photograph: Sacha Lecca/Rolling Stone via Getty Images

とにかく、今回の選挙で、共和党は、人種によらないワーキングクラスの党へと変わるルートに乗った。見方を変えればアイデンティティポリティクスから脱却した。支持者はみなアメリカ人でありアメリカ市民。そこに「〇〇系アメリカン」のようなハイフン付きのアメリカ人はいない。逆に、ハイフンにこだわる人たちは、自ら「マイノリティ」の檻に入っていくことになる。辛い展開だ。

延長された「トランプ・ディケイド」

今回トランプは、2020年に負けたにもかかわらず、3回目の共和党の指名を受け再選された。一度ホワイトハウスを去った後に、改めて大統領に選出されたのは、19世紀終盤に22代(1885年 - 1889年)と24代(1893年 - 1897年)の大統領を務めたグローバー・クリーブランド大統領以来の2人目だという。

以前の連載で、2008年以来、「オバマ・ディケイドvsトランプ・ディケイド」が続いたと書いたが、「トランプ・ディケイド」が更に延長されることになった。

それにしても「返り咲き」という事態は、連続2期とはだいぶ異なる雰囲気を纏う。端的に、「運命」とか「時代精神」とかそういった何らかの歴史的な力が働いているような印象を与える。そのような印象は福音派を抱える共和党だけでなく、2016年以来、トランプに翻弄され続けている民主党、さらにはリベラルな各機関(大学、メディア、ジャーナリズムなど)の人びとの間にも漂っている。何か「抗えない力」が働いているという直感だ。1度目は偶然だが、2度目は必然だ、という感覚である。アメリカ人は向こう4年間、こうした漠たる歴史感覚と付き合いながら生活していくことになる。

Photograph: Celal Gunes/Anadolu via Getty Images

こうなると、もともとこの連載が「ポスト・レーガンのアメリカを探して」というタイトルであったことを思えば、「ポスト・レーガンとはトランプだった」と言ってみたい誘惑にも駆られる。「オバマ・ディケイドvsトランプ・ディケイド」という対比で言えば、「ケネディの理想を完成させたオバマ」対「レーガンの理想を完成させたトランプ」ということか。

Photograph: Jabin Botsford/The Washington Post via Getty Images

もっとも、レーガノミクスによる新自由主義経済の導入で、今に至るアメリカ社会の格差社会への道をスタートさせておきながら、その結果誕生した、「すでに没落した、あるいは今後没落することを恐れる〈ゾンビ・ミドルクラス〉」からの支持を人種問わずかき集めることで、40年後にトランプが勝利を収め、それによって共和党の支配を確実にしたのだから、なんとも「気の長いマッチポンプ」であり「ブートストラップ」だ。

ポスト・レーガンはトランプか? と思いきや実はレーガン本人だったという歴史の執念の恐ろしさ! レーガンが始めたプロジェクトの成果を刈り込んだのがトランプだった。「丘の上の町」といってレーガンが始めたプロジェクトを、ヨーロッパの極右がよく使う「アーベントラント」、すなわち、没落する「日落ちる国」のレトリックを使うトランプが畳んだのだ。

レーガンは「小さな政府」といったが、トランプは来年1月からの2期目で「アメリカ政府のメイクオーバー」を敢行するつもりだ。共和党を乗っ取り、自分好みのトランプ党に作り変えたのと同じことを、ホワイトハウス麾下の大統領府、すなわち数々の行政組織に対して行う腹づもりだ。ワシントンDCの大改造である。その動向については次回以降、取り上げていこう。そこではイーロン・マスクやヴィヴェック・ラマスワミの活躍が予定されている。シリコンバー右派がいよいよアメリカ政府にまでテクノロジーの論理を持ち込む時代がやってきた。それを単純に「破壊と再生」の始まりと捉えてよいものなのだろうか。

Photograph: Michael Nigro/Pacific Press/LightRocket via Getty Images

※連載「ザ・大統領戦2024」のバックナンバーはこちら。(2024年3月以前の連載「ポスト・レーガンのアメリカを探して」のバックナンバーはこちら)。『WIRED』による米大統領選挙の関連記事はこちら

池田純一 | JUNICHI IKEDA
コンサルタント、Design Thinker。コロンビア大学大学院公共政策・経営学修了(MPA)、早稲田大学大学院理工学研究科修了(情報数理工学)。電通総研、電通を経て、メディアコミュニケーション分野を専門とする FERMAT Inc.を設立。2016年アメリカ大統領選を分析した『〈ポスト・トゥルース〉アメリカの誕生』のほか、『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』『デザインするテクノロジー』『ウェブ文明論』 『〈未来〉のつくり方』など著作多数。


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雑誌『WIRED』日本版 VOL.54
「The Regenerative City」 9月26日に発売!

今後、都市への人口集中はますます進み、2050年には、世界人口の約70%が都市で暮らしていると予想されている。「都市の未来」を考えることは、つまり「わたしたちの暮らしの未来」を考えることと同義なのだ。だからこそ、都市が直面する課題──気候変動に伴う災害の激甚化や文化の喪失、貧困や格差──に「いまこそ」向き合う必要がある。そして、課題に立ち向かうために重要なのが、自然本来の生成力を生かして都市を再生する「リジェネラティブ」 の視点だと『WIRED』日本版は考える。「100年に一度」とも称される大規模再開発が進む東京で、次代の「リジェネラティブ・シティ」の姿を描き出す、総力特集! 詳細はこちら