目よ、泳げ。 そして、カツカレーを得よ。 しりあがり寿×糸井重里

第1回 肩で押しのけた感触。
糸井 一般の人はどの程度知っているんでしょうね。
しりあがり寿さんが昔、会社勤めをしながら
漫画を描いていたということを。
しりあがり どうなんでしょうね。

糸井 キリンビールには、何歳までいたんですか?
しりあがり ええと、36歳までいたんですけど。
糸井 36歳まで?
すごいことじゃないですか。

しりあがり (笑)
糸井 ぼくは、もう、十何年も前になりますけど
キリンにいた時代のしりあがりさんと
いっしょに仕事をしたことがあって、
あの、すごくちゃんとした人に見えたんですけど。
しりあがり ちゃんとしてたかなぁ(笑)。
糸井 そもそも、しりあがりさんは
いわゆる就職活動っていうものを
ちゃんとやった人なんですか?
しりあがり いちおう、やりましたけど、
大学の4年生になるまでは
就職のしかたなんて知らなかったんです。
糸井 うん、うん。
しりあがり 何をどう準備すればいいかぜんぜんわからなくて。
で、大学の4年生になったころに
出版社にでも行こうかなと考えたりして。
聞いた話によると、
英語の試験があるらしいっていうんで、
4年の夏休みに慌てて英語の参考書買って。
糸井 急に。
しりあがり そう(笑)。過去完了とか勉強して、
「俺、何やってんだろうな?」と思いながら。

糸井 うん(笑)。
しりあがり 心のどこかで、それは違うんじゃないかって、
なんとなく思ってはいるんですけど、
その、正しい道がわからないですから。
糸井 はい。
しりあがり で、大学の就職課の前をちょうどウロウロしてたら、
キリンから求人が来ていて、
学校でひとりだけ推薦できるって言うんですよ。
糸井 ほう!
しりあがり そこにぼくがちょうどいたんです。
それで推薦をもらうことができた。
糸井 え、それは本当に、
その場に居合わせたということで?
しりあがり ほんとにそうなんですね。
糸井 へええ。
しりあがり あ、でも、ほんとはね、
じつはそこにもうひとり、友だちがいたんです。
けっこう仲のよかった友だちが。
そいつと就職課の部屋に入るときに、
ちょっとだけぼくね、こうやって、
肩で彼を押しのけて、先に入った。
糸井 グイっと(笑)?
しりあがり そう。ここは大切かもしんないなと思って。
糸井 (笑)
しりあがり そのね、なにかイヤぁな感じは、
なかなか忘れられない。
糸井 まだ感触が残ってるわけですね。
しりあがり そうなんです。
まあ、その後、そいつもちゃんと
就職できたので、いいんですけど。
糸井 それはそれとして、肩のイヤな感触は消えないと。
しりあがり 覚えているんですよね。
肩で、押しのけた感触を。

糸井 ある意味、それがしりあがりさんの
最高の就職活動だったわけですね。
しりあがり そうですね。
糸井 ここは重要だと判断したんだもんね。
しりあがり カンが働いたんですよ。
あ、ここだな、と思って。
糸井 当時、美大に大企業から
そういう推薦の枠がくるというのは
よくあることだったんですか?
しりあがり それ自体は、珍しくはなかったと思います。
どこまで企業が本気で考えていたかは
わかりませんけど。
糸井 新入社員の中に、ひとりくらいは
デザイナー的な人がほしいよね、とか。
そんなんだったんですかね。
しりあがり 多少、専門的なことがわかる人がいたほうがね。
ぼく、会社に入ってから、
「なんでぼくを採用したんですか?」
って訊いたことがあるんですよ。
そしたら、「サラリーマンっぽかったから」
って言われました。
糸井 見た目が?
しりあがり 見た目が。でもぼく、面接の一週間前まで、
すごいかっこしてたんですよね。
長髪で、ボロボロの服着て(笑)。
スーツって、騙せるんだなって、思いましたね。
糸井 (笑)

しりあがり こんな話、いま就職しようとしている人には
まったく役に立ちませんけど。
糸井 うん。でも、おもしろい。

(続きます)




2007-04-13-FRI

イラスト : しりあがり寿 (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN