フードチェーンでつながる食の未来 多様な価値の創造へ コロナ禍の食料安全保障

 食料自給率が38%にとどまっている日本。新型コロナウイルス感染症の拡大は、日本の食にどのような影響を与えているのか、食料安全保障は大丈夫なのかー。こんなテーマのシンポジウム「コロナ禍での食料安全保障を考える~『国消国産』の重要性~」(全国農業協同組合中央会〈JA全中〉、株式会社共同通信社主催、埼玉新聞社、千葉日報社、東京新聞、神奈川新聞社、中日新聞、産経新聞社後援)が2月19日、オンラインで開かれ、約700人が参加した。

 登壇したパネリストは、全国農協青年組織協議会の柿嶌洋一副会長、シグマクシスの田中宏隆ディレクター、農林中金総合研究所の平沢明彦取締役基礎研究部長、農林水産省の久納寛子・大臣官房政策課食料安全保障室長の4氏。進行役は石井勇人共同通信アグリラボ所長(株式会社共同通信社取締役)が務めた。

JA全中会長・中家徹氏

 シンポジウムの冒頭で主催者代表としてあいさつしたJA全中の中家徹会長は「コロナ禍でさらに私たちの食の危うさが浮き彫りになっている」と懸念を示し、国内で消費する食料をできるだけ国内で生産する「国消国産」の推進を訴えた。

 パネリストの見解表明では、農水省食料安全保障室長の久納氏が食料安保の基本政策を説明。農中総研の平沢氏は、感染症が世界のフードチェーンに与えている影響を分析した。

 全国農協青年組織協議会副会長の柿嶌氏は生産者の立場から、消費者との相互理解の必要性を強調。田中氏は食分野での先端技術活用について説明した。

 議論では、食料の生産者から加工業者、運搬業者を経て問屋、小売店、家庭へと続く「フードチェーン」全体で考え、対応していくことの重要性を確認した。

 また消費者のニーズを踏まえ農産物を生産し、フードチェーンの関係者が連携し、必要な技術改善を進めれば、国消国産の実践にもつながるとの認識で一致した。

パネリスト4氏と石井共同通信アグリラボ所長の発言要旨は次の通り。

消費者との相互理解必要
全国農協青年組織協議会副会長・柿嶌洋一氏 

JA全青協副会長・柿嶌洋一氏

 私のところでは水稲や大豆を作っているが、コロナ禍の打撃を一番受けているのは日本酒を造る酒米の生産だ。

 従来、輸入される農産物にどう対応するかが課題だったが、コロナ禍で輸入が来なくなったらどうするかという観点に問題が移ってきている。

 若手農家で構成する全国農協青年組織協議会(JA全青協)では、メンバーが当事者意識を持って食の安全保障について考えることも狙い「ポリシーブック」という冊子を作っている。国産に誇りを持ち、最高の農畜産物を作るとの〝思い〟も盛り込んでいる。

 生産者には「安定供給」と「心のこもったおいしい物を作る」という二つの目標があるが、持続可能な農業を営むためには、この二つを相反しないような課題にしていかないといけない。

 生産者と国民の皆さんの相互理解が必要だ。皆さんには日本の食料に思いをはせていただき、生産者はその需要に応えていくことが「国消国産」ということではないか。

「食」変えるフードテック
シグマクシスディレクター・田中宏隆氏

シグマクシスディレクター・田中宏隆氏

 食料と先端技術を融合させる「フードテック」は、従来の生産者らの仕事を奪っていくものではなく、食の可能性、食の体験自体を前進させる武器として出てきている。

 その点から学界も含めさまざまな領域の人が集まって関心をぶつけ合うと、食料供給の安全の問題、また食自体が世界的な社会課題になってきていると分かる。

 食べ過ぎによる健康被害があったり、飢餓があるのに食品ロスが起きていたりするということは、現在の「フードチェーン」に限界が来ているということだ。

 「食」が単に栄養を取るものから、人同士をつなげたり、その創作性や創造性から人の信条を示すものであったりするというように、多様な価値が見いだされてきている。

 生活者が発信すればするほど、食が安価に作れる時代が来ている。生産者との協業ということであり、今後の「フードチェーン」は、生活者中心のものになっていくだろう。

要因重なれば価格高騰も
農中総研取締役基礎研究部長・平沢明彦氏

農中総研基礎研究部長・平沢明彦氏

 2020年を見ていて、生産から小売り・外食までの「フードチェーン」がきちんと機能しないと食料品が消費者に届かず、不安からパニック買いも起きて大変なことになると分かった。

 コロナ禍では外食、輸出向け、高級品などの需要が落ち込み、供給者が大変な状況になっている。これへの対応で最後のとりでになっているのがJAで、生産物を預かり売っていくという役割を果たしている。

 物流では、補助金のおかげで宅配が拡大したが、個別配達は元々コストが高く、全体の調整も効かない。技術革新による課題解決が必要だ。

 気候変動や害虫など食料生産の不安定要因は多数ある。過去の事例を見るとこうしたことが重なったときに大規模な価格高騰といった危機が来ており、気を付けないといけない時期が来ている。日本は長く貿易自由化を進め、国内の生産体制が弱まってきており、非常に気になる。

生産増大・輸入確保と備蓄が基本
農林水産省食料安全保障室長・久納寛子氏

農水省食料安全保障室長・久納寛子氏

 食料安全保障の政策の柱は3本ある。まずは国内の農業生産の増大、二つ目は穀物など輸入品の安定供給の確保、三つ目やコメや小麦などの備蓄だ。

 世界的な食料需給に目を向けると、人口増加に伴って穀物消費量は増え続けており、主に単収(10アール当たりの収量)を伸ばすことで穀物生産量を増加させている。単収を伸ばすためには、品種改良やスマート農業の導入など、イノベーションの力が大きい。

 他方、世界的な収穫面積は、過去50年以上にわたって、ほぼ横ばいである。日本の農業・農村を守るためには、スマート農業を広めるとともに、収穫面積を守っていく視点が重要である。

 コロナ禍においては(1)家庭内での食の機会が増えたこと(2)健康意識が高まり食生活を振りかえるきっかけとなっていること(3)国産農林水産物の応援消費の動きがあること―など明るい話題もある。こうした社会の変化を、国産農林水産物の利用拡大に結び付けていきたい。

つながり捉えた対応を
共同通信アグリラボ所長・石井勇人氏

共同通信アグリラボ所長・石井勇人氏

 生産から消費までをつなぐ「フードチェーン」は、どこかで切れてしまうと消費者に食べ物が届かない。資材や労働力の確保など「生産前」や、食べ残しや包装材の廃棄など「消費後」もチェーン(鎖)でつながっている。

 この鎖はどんどん長く世界中に延び、複雑になっており、コロナ禍の影響でその変化は加速している。

 鎖の最初にある生産が大事であることはもちろんだが、チェーン=つながりを全体として捉えて対応していくことが、食料安全保障を考える上で重要であるとの指摘が、登壇した皆さんから出た。

 つながり方が変わってくると、そこに使える新しい技術がたくさん出てくることも分かってきた。コロナ禍でその可能性も示されている。

 食料安全保障という課題は重要だが、課題として非常に幅があり、国民的な議論を継続することが必要だ。

【国消国産】

 国民が必要として消費する食料は、自国で生産するという考え方。全国農業協同組合中央会(JA全中)の中家徹会長が提唱している。

 食料安全保障の重要な指標となる日本の食糧自給率は38%(2019年度、カロリーベース)と、20年近く40%前後で低迷し、政府目標の「30年度に45%」と開きがある。

 新型コロナウイルス感染症をきっかけに、食料の安定供給に対する関心が高まっており、麦や大豆の増産や国産食材の消費拡大が求められている。

【パネリストの略歴】

柿嶌 洋一氏(かきしま・よういち)
1980年、長野県上田市生まれ。長野県JA青年部協議会会長などを経て2020年5月から全国農協青年組織協議会副会長。21年4月同協議会会長に就任予定。
田中 宏隆氏(たなか・ひろたか)
1974年、茨城県取手市生まれ。パナソニック、米マッキンゼー・アンド・カンパニーなどを経て2017年1月からシグマクシスディレクター。
平沢 明彦氏(ひらさわ・あきひこ)
1967年、東京都生まれ。92年農林中金総合研究所。調査第1部などを経て2020年6月から取締役基礎研究部長。
久納 寛子氏(くのう・ひろこ)
1978年、東京都生まれ。2002年農林水産省。農林水産技術会議事務局研究推進課産学連携室長などを経て20年7月から政策課食料安全保障室長。
石井 勇人氏(いしい・はやと)
1958年、岐阜市生まれ。81年一般社団法人共同通信社。経済部記者、編集委員兼論説委員などを経て2019年9月から共同通信アグリラボ所長。

【JA全中とは】