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[TGS 2015]レベルファイブ成功の過程で「帝王判断」を下してきた日野晃博氏が語る,経営者とクリエイターの理想的な関係
レベルファイブのヒットには,日野氏による「帝王判断」が不可欠?
それら好調のベースとなっているのは,日本における妖怪ウォッチシリーズのヒットである。同シリーズは2014年度の市場規模2200億円以上,ゲームソフトの累計販売本数900万本以上(※ダウンロード版含む)を記録し,テレビアニメや映画など,クロスメディア戦略で展開したジャンルのすべてにおいてヒットしている。
しかし,日野氏自身が経営とクリエイティブ双方のリーダーを務めるレベルファイブでは,両部門の持つ視点は同じになる。さらに氏は,これまでゲーム開発に関するほぼすべてのプロセスに携わってきた経歴を持つため,レベルファイブにおいて,ゲーム開発現場のスタッフは仕事の仕上がりにごまかしが利かない。
結果として,日野氏はレベルファイブにおいて,「強引なワンマン判断」=「帝王判断」が可能となっており,これがよい結果を生んでいるとした。
日野氏自身は,一人の人間がすべての判断を行うこと,それ自体を良しとしているわけではない。ただ,レベルファイブがこれまで輩出してきたヒットタイトル,レイトン教授とイナズマイレブン,二ノ国,妖怪ウォッチの各シリーズにおいては,いずれも「帝王判断を下したタイミング」があり,そのタイミングから,必勝パターンにつながるヒントを導くことができるそうだ。
日野氏はここから,各シリーズにおける帝王判断について,具体的な説明を始めた。
レイトン教授シリーズにおける帝王判断
レイトン教授シリーズにおける帝王判断は4つ。1つめは,「脳トレの次にヒットするものは,本格的なゲームではなく,『脳トレに+1』されたものでよい」という考えに関するものだ。
そもそもシリーズ1作めとなる「レイトン教授と不思議な町」は,レベルファイブがパブリッシャとしてリリースしたタイトル第1弾でもあるため,「ヒットさせる」ことを最大の目標としていた。そこで日野氏が最初に目を付けたのが,当時,ニンテンドーDS用ソフトとして唯一のヒット作となっていた“脳トレ”系である。脳トレがヒットしているということは,それに+1したゲームであればヒットする──日野氏はそう考えた。
ただ,そうした日野氏の発想とは裏腹に,レベルファイブ社内のスタッフは誰もこのプロジェクトに参加したがらなかったという。というのも,当時のレベルファイルにおける主立った業務は,PlayStation 2向けの,グラフィックス品質にこだわったゲームの開発だったからだ。ニンテンドーDS用のゲーム開発ではあまりモチベーションが上がらなかったというわけである。
それでもこの企画にゴーサインを出したこと。それが帝王判断である。
2つめの帝王判断は「制作費1.5億,宣伝費2.3億」という,予算配分に関するものだ。開発コストを抑え気味にしたタイトルでありながら,パブリッシャとしての第1弾タイトルという最重要プロジェクトという位置づけにしたのが帝王判断だったという。
こういうバランスだと,社内スタッフのモチベーションを高めるのにはあまり向かないが,日野氏自身がクリエイターと経営者の双方の視点をもって説明したところ,無事に理解を得られたそうだ。
3つめの帝王判断は,「過去の慣習にとらわれない判断」に関する部分だ。当時のニンテンドーDS向けゲームは,電車の中などでプレイされることが前提になっていた。電車の中だと,音量がゼロにされる可能性があったため,音にこだわるタイトルはほとんどなかったのだ。しかし日野氏は,レイトン教授と不思議な町において,あえてボイスを採用し,かつそのボイスに人気タレントを起用するというチャレンジをしたのである。
今や,スマートフォンゲームでも,ボイスがないと「手抜きではないか」と言われるような状況になっているが,日野氏はこのときの帝王判断を「ボイスがあったほうが面白いという,純粋なユーザー視点に基づくもの」と説明していた。なお,タレントの選択においては,日野氏の趣味が色濃く反映されているという。
4つめの帝王判断は,「脳トレならぬ,頭の体操ならぬレイトン教授へ」という考え方に関するものである。
ここまで紹介したとおり,当時の日野氏は,脳トレの次にヒットするものを考えており,実際,かつての人気クイズ本である「頭の体操」に目を付けたのだそうだ。ただし,その著者である多湖 輝氏とゲーム化に関する交渉に入ったところ,商標権の問題もあって,「頭の体操」という名をゲームで使うためには,1年近くの時間が掛かることが判明したという。
そこで日野氏は会議の真っ最中に,もともと“「頭の体操」ゲーム”におけるゲームモードの1つとして企画していた,「レイトン教授を主人公とするストーリーモード」をメインにすることを,帝王判断で即決即断した。この路線変更が正しかったことは,レイトン教授と不思議な町がヒットしたこと,そして,それから約9か月という短いインターバルで続編「レイトン教授と悪魔の箱」をリリースできたことが物語っている。
イナズマイレブンシリーズにおける帝王判断
イナズマイレブンシリーズにおける帝王判断は2つ。その1つめは「アニメや他メディアクリエイティブへの介入」に関するものだ。
当時,ゲームをアニメ化する場合には,ゲームを原作としつつも,アニメ側のクリエイターの感性が強く反映されることが一般的だったが,イナズマイレブンのアニメでは,ゲーム側,つまりレベルファイブのクリエイターによる徹底的なコントロールを行ったとのことだ。
そこには当然,アニメ側クリエイター達からの反発も生じたが,日野氏は「出資者であり,原作者でもある」という強みを活かし,レベルファイブの意見を押し通したという。
……とはいっても,日野氏自身,当時,意見を押し通したことが本当に良かったのかどうかは分からないそうだ。しかし,そのあと徐々にアニメクリエイター達が理解を示してくれるようになったため,結果としては悪いことではなかったと捉えているとのことだった。
2つめの帝王判断は「強力な他社との連携の始まり」関連だ。
イナズマイレブンシリーズは,レベルファイブが掲げるクロスメディア戦略の先駆けとなったIPだが,日野氏は関係各社の社長と,経営者として情報交換しつつ,クリエイターと対話する機会も得ていたという。その結果として,日野氏が他社の経営者とクリエイターの間をつなぐような役割を果たすこともあったそうで,「それもまた今日のレベルファイブの成功につながる一因だったのではないか」と語っていた。
二ノ国シリーズにおける帝王判断
二ノ国シリーズにおける帝王判断も2つ。まず挙げられたのは「ビッグネームの皆さんとの交渉」についてだ。二ノ国シリーズではスタジオジブリと組んで世界観およびアニメシーンを作っていったのだが,業界内には「スタジオジブリはゲームなんか絶対に相手にしない」という雰囲気があったという。そこで日野氏は,クリエイティブな内容から契約形態に至るまで,話の流れに応じてさまざまな路線変更ができるようにし,相手に即決させるような準備をしてから交渉に臨んだとのこと。日野氏は「社長という立場で,その場の空気を読んだ路線変更ができなければ,交渉は成立しなかったのではないか」と,当時を振り返っていた。
2つめの帝王判断は「予算と期間に明確な答えがないままでもプロジェクトを進められる」というか,進めたこと自体が帝王判断によるものだ。
日野氏は,二ノ国シリーズがコスト管理的にずさんなプロジェクトであったことを反省しつつも,「予算や期間を考えない,強引な判断による進行は,大手パブリッシャでは決断しがたいこと」としていた。
なお,二ノ国シリーズは,海外での高い評価を背景に,無事,成功と呼べる業績を達成したとのことである。
妖怪ウォッチシリーズにおける帝王判断
妖怪ウォッチシリーズにおける帝王判断も2つだそうだ。
日野氏によると,本シリーズは他社との連携ができあがったなかで取り組んだプロジェクトということもあり,日野氏の手がけてきたプロジェクトのなかでも,「優等生と呼べるほど楽しい記憶しかない」とのことだ。
そんな中で下った帝王判断の1つめは「クロスメディア──会社を越えた総合プロデューサー」というテーマにおいてである。妖怪ウォッチシリーズでは,これまでレベルファイブが築いた実績から,連携する各社が,日野氏らレベルファイブ側の意見を積極的に求めるようになった。その結果,ゲームもアニメも,コンセプトがぶれることなくユーザーにアプローチできているという。
2つめは「アニメフォーマットへの介入」で,妖怪ウォッチのテレビアニメでは,ストーリーだけでなく,以下のような番組の構造自体へも,レベルファイブが提案を行ったそうだ。
具体的には,以下のように,帝王判断に基づく提案が行われたという。
- 番組スタッフ選定
たとえばアニメの音楽スタッフに,レベルファイブのサウンドクリエイターを起用するなど,スタッフ選定に日野氏の意向が強く反映されている - オムニバス仕様
物語を紡ぐ形式ではなく,「さまざまなコーナーがあるバラエティ番組」を意識した構成を目指している - シリーズ内シリーズ
「オムニバス仕様」に関連して,単なるオムニバス形式にするのではなく,小さなストーリーを紡いでいけるよう,番組内の各コーナーをシリーズ化する - エンディングにおけるCGによるダンス
視聴者である子供達が踊れるようなダンスを,CGを使って演出する - 子供向けでなく,家族向けと設定した過激な内容
第3話までを作る過程で,「家族で見られるコンテンツ」というコンセプトが固まり,それを実現することで,今までにないような形で子どもから大人まで楽しめる内容を実現している
会場では,それらの新提案に基づいた演出の1つとして,ぬいぐるみの首がはねられ,地面に転がるという映像が披露された。この演出は,児童向けと考えられている妖怪ウォッチシリーズにおける,極めて冒険的なチャレンジの一例だが,実際に放映したところ「子供達が泣いてしまった」という多数の苦情が寄せられたそうだ。テレビ局からも「二度とやらないでくれ」と釘を刺されたという。
これを受けて日野氏は「冒険が失敗に終わることもあるが,何が起こるか分からないからこそ,子供から大人まで楽しめる内容になっているのではないか」とし,「今後は細心の注意を払うことを当然としつつ,それでもチャレンジをしていきたい」との意気込みを見せていた。
ヒットの秘訣は,経営者とクリエイターが密にコミュニケーションを取ることにあり
では,それを実現するためにはどうしたらいいのか。日野氏は「僭越ながら」と前置きしつつ,2つの具体的なアドバイスを示している。
最後に日野氏は,レベルファイブがヒットを重ねられた要因として,あらためて「経営者とクリエイターの視点が同じで,スタッフ全員が経営者でありクリエイターであるという意識を持っているから」と述べ,それを実現できればヒットを作ることもも夢ではなくなるとまとめていた。
いわく,「経営者とクリエイターはなかよくしなさい」とのことである。
レベルファイブ公式Webサイト
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