「NHKを見ない人、切り捨てるのか」 法改正で歩き出すイバラの道
今年5月に改正放送法が成立し、NHKが大きな岐路に立っています。肥大化批判を受けて支出削減などのスリム化を進める一方、番組をネットだけで見る人からも新たに受信料を徴収できることに。ただし、民業を圧迫しないようネット展開には制約がつけられています。この現状について、視聴者にとって憂慮すべき事態だとみているのが評論家の武田徹さんです。どんな懸念があるのか聞きました。
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――放送法の改正が決まり、NHKのネットでのニュース発信を中心になって担っていたネットワーク報道部が統廃合されました。NHKがネット上でのみ公開していた「政治マガジン」「事件記者取材note」といった特集サイトも次々と閉鎖されています。どうみますか。
「非常に残念ですね。番組に直接ひもづかないネット独自の記事は、NHKの報道姿勢を内側から相対化する役割を担っていたと思うんですよ」
「たとえばNHKの政治報道はまるで政府広報のようだと長年厳しく批判されてきました。批判されても、国内政治に対して弱い体質はなかなか変わらない。ですが、ネットの『政治マガジン』では記者たちがテレビのニュースからこぼれ落ちるようなネタであっても、自らの問題意識を出発点にして取材をすすめ、問題を掘り下げようとしている姿勢が見て取れた。私はNHKが変わろうとしていると感じました」
「『事件記者取材note』という特集ページでも、記者の問題意識が詰まった一人称の記事がたくさんありました。客観報道に徹しようとするあまり無味乾燥になりがちなテレビのニュースにはない、デジタル時代の読者に届ける力をもったコンテンツだったと思います」
――6月の「天安門事件から35年」のタイミングでは、NHK記者の個人的な経験を交えてつづられた記事「中国人だった私は何も知らなかった…」がネット空間で非常に好感を持って読まれていました。テレビでも同じ記者が現地からリポートしていましたが、記事は一人称で書かれていたため印象はだいぶ異なります。法改正により、ネットで配信できるのは番組と密接な関係がある情報に限ると条件がついたため、今回のような記事も今後は出せなくなるのではないかという懸念がNHK内部にはあるようです。
「受け手の関心をつかみ、社会的な議題設定機能を果たして結果として公共性に資すれば、という条件がつきますが、記者個人の発想や問題意識を出発点にした報道も恒常的に打ち出せるよう、NHKは変わっていくべきなんですよ。それを先駆けたデジタルコンテンツには、硬直したニュースの伝え方や取材のやり方などを根本的に変えていける潜在力がありました。これが放送法改正によって縮小したり、消えたりしていくとしたら、視聴者にとって非常に大きな損失だと思いますね」
「番組に直接ひもづいたネット記事はいまもたくさん配信されているし、これからも配信するのだから縮小ではないという声も聞きます。しかし番組にしばられている限り、いくらネット配信を進めたところでNHKの古い体質を拡張するだけに思えてなりません」
民業圧迫、だれが判断
――NHKのネット独自の記事が消えていく背景には、日本新聞協会などが民業圧迫だと批判してきた経緯があります。新聞社がネットで配信している記事の多くは有料会員向けで、だれでも無料で読めるNHKのネット記事が席巻すれば、特に地方紙などに大きな打撃があるという理由でした。こうした主張はどう見ていますか。
「そこはきちんと検証した上で対処をすればいいだけでしょう。ネット独自のコンテンツをNHKが一律にやめる必要はないと思います。ただ気になるのは、今回の法改正で、NHKのネット業務が民業を圧迫していると判断した場合、NHKの業務規程を変更させる権限を総務相に与えたことです。私たちが知るべき社会問題の報道を封じるために、政権が『民業圧迫』という理由を恣意(しい)的に持ち出してくる事態が起きるかもしれません」
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