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「ウニ駆除」動画がまさかの大バズり! ダイバーがたどり着いた海の砂漠化の真犯人

「ウニ駆除」動画がまさかの大バズり! ダイバーがたどり着いた海の砂漠化の真犯人
ライター・編集者/小泉耕平

ダイバーが海中でハンマー片手にひたすらウニを割っていく動画をアップする「スイチャンネル」がじわじわと人気を集め、YouTubeチャンネル登録者数28万人(2024年7月現在)にまで成長しています。

運営者の中村拓朗さん(40)の目的は、「海の砂漠化」と言われる磯焼けから海の生き物たちを守ること。海藻の人工栽培にも成功するなど活動の幅を広げる中で、磯焼けの原因にウニ以外のある重要なファクターが関わっていることを解明しました。ネット動画を駆使した異色の自然保護活動について、話を聞きました。

批判覚悟で公開した動画が「安眠に良い」と評判に

舞台は長崎県西側の沿岸部・角力灘(すもうなだ)の海。岩肌が露出した海底で、一人のダイバーが岩陰から長いトゲを持つウニの仲間・ガンガゼを引き出して、金属製のハンマーで次から次へとかち割っていきます。

コンコンコンコン、ザクザクザクザク……。

ウニの殻が割れる独特の音声が響き渡る中、放出された「身」を捕食するため、数えきれないほどの魚たちが群がってきます。割っても、割っても出現する大量のウニ。あっという間に、海底はウニの残骸でいっぱいになっていきます。

YouTube引用
スイチャンネルより。水中の映像には字幕で解説がつく。親しみやすい軽妙な語り口も人気の秘訣(ひけつ)

こんな光景が約25分間にわたってひたすら繰り広げられるスイチャンネルの動画「【ウニ駆除】終わらないウニ駆除とウニパーティーに沸く魚たち」(2022年10月公開)の再生数は、なんと334万回。

元々は、磯焼け対策として地元漁協の依頼を受けておこなっていた、ウニの駆除活動を紹介した動画でしたが、ウニを割る音が心地よく「安眠動画」としても評判となったことが、予期せぬヒットにつながったといいます。現在は、登録者数28万人の人気チャンネルとなっています。

スイチャンネルを運営するプロダイバーの中村拓朗さんはこう語ります。

「ウニを割る音が心地よいという反応はまったく予想していませんでした。多くの人に活動を知っていただくきっかけになったのはありがたいです。

自然保護のためとはいえ生き物を殺す内容なので批判も多いのではないかと覚悟して始めたのですが、思いのほか、皆さんに好意的に受け入れていただけたのも意外でした。ほぼ自費でやっているので、YouTubeからの収益を活動費に回すことができるようになって、非常に助かっています」

中村拓朗さん
中村拓朗さん(本人提供)

見慣れた海藻が突然、海から消えた

中村さんは鹿児島大学水産学部の学生時代にダイビングに夢中になり、3年半の水族館勤務を経て2011年に地元の長崎でダイビングインストラクターとして独立。早くからYouTubeで海の生き物の生態を紹介したり、海底に放置されたルアーなどを「ゴミ拾い」する光景をアップしたりと、動画を使った情報発信を積極的におこなってきました。

そんな中、地元・長崎の海に起こった大きな変化が、中村さんをより本格的な自然保護活動へと駆り立てることになります。

「2000年ごろからコンブ類が姿を消すなど『磯焼け』は少しずつ進行していたんですが、2021年を境にそれまで数多く繁茂していたワカメやアカモクまでもが急速に姿を消し始めたんです。

岩肌が露出し、藻場を生息域としていた魚やイカなどが減った荒涼とした海になってしまっただけでなく、海藻を主な餌とする食用のムラサキウニも身がやせ細り、地元で伝統的に続いてきたウニ漁も存続の危機を迎えています」

アカモク2019年5月
アカモクが森のように群生していた2019年5月の海底(中村さん提供)
2024年5月アカモク喪失後の海底
岩肌が露出した2024年5月の海底(中村さん提供)

失われた藻場を再生しようと、それ以前からおこなっていたガンガゼの駆除に加えて2022年から挑戦を始めたのが、全長3~10mにもなる大型の海藻・アカモクの人工栽培でした。桑野和可・長崎大水産学部教授や地元漁協の協力も得て、アカモクの苗を浅瀬の海底に沈めたロープに設置して、人工的な藻場を作る試みです。

試行錯誤を繰り返す中で、中村さんはある重要な事実にたどり着きました。それまでは増えすぎたガンガゼが海藻を食い荒らして磯焼けを起こしているとみられていましたが、事はそう単純ではなかったのです。

「当初、私が設置したアカモクの苗は大きくなる前に食い荒らされてほとんど全滅していました。海中に無人カメラを設置して観察した結果、藻食魚のイスズミがものすごい勢いで苗を食べ尽くす様子が映っていたのです。

一方、ガンガゼが食べるのは小型の海藻で、アカモクのような大型の海藻は食べないことが分かってきました。増えすぎたガンガゼを駆除することが大事なのは確かなのですが、大型の海藻を再生させるには、イスズミ対策が不可欠であることが分かってきたんです」

イスズミ捕食シーン
中村さんが設置した水中カメラに、イスズミの群れが猛烈な勢いでアカモクの苗を食べるシーンがおさめられていた(中村さん提供)

海藻を食い荒らすイスズミの生態を動画で解明

イスズミから守るため、アカモクの苗をネットで保護したり、藻食魚の多い岩場を避けて砂地に設置したり。さまざまな努力が実って、人工藻場で苗を大きく育てる技術については今年までにほぼ確立できたといいます。

しかし、中村さんが考える最終的なゴールはより広範囲な天然藻場の再生。人工藻場である程度の大きさまで育てた苗を岩場に移植して広げていきたいところですが、成長しきる前にイスズミに食べられてしまうため、うまくいきません。

そこで漁協の協力を得て、海底に刺し網やはえ縄を設置し、イスズミを直接駆除する試みを始めました。

イスズミ駆除
中村さんが設置した刺し網にかかったイスズミ。捕獲したイスズミは胃の内容物などを確認したうえで中村さんの食卓に上る(中村さん提供)

「今年、駆除したイスズミは全体で20匹ほどで、これだけではアカモクの食害はほとんど減らせませんでした。

ただ、何よりの成果はイスズミの生態が詳しく分かってきたこと。特に、繁殖期を迎える前の4~5月に食欲が旺盛になることが判明したことは大きい。今後はこの時期をうまく避けて栽培することで、イスズミを大量に駆除しなくてもアカモクを守れる可能性があります」

スイチャンネルがYouTubeにアップする動画も、近年は「ウニ駆除」よりも「イスズミ駆除」が中心となってきました。中村さんがセットした水中カメラにより、イスズミが刺し網にかかる瞬間や、捕獲したイスズミの胃から食べたばかりのアカモクが見つかる様子などが映し出されていきます。

「宿敵」イスズミの襲撃をいかにうまく退けて、アカモク栽培を成功させるか。一つひとつ知見が積み上げられていくスリリングな過程を、視聴者もリアルタイムで追いかけることができるのです。

「動画としてネットに出すことで、専門的な論文を読み解かないと分からなかった藻食魚の生態が、多くの人に一目で分かっていただけます。

これまでは私の地元でも磯焼けの原因として『ウニが悪い』と言う人もいれば『(別の藻食魚の)アイゴが悪い』などと言う人もいて情報が錯そうしていましたし、とにかくウニを駆除すればよい、という考え方は全国各地に今も根強くあるようです。私の動画を通じて、本当に必要な対策を考えるきっかけになってくれればと考えています」

磯焼けと海水温上昇の関係は

それにしても、急速に進んだ磯焼けの原因は何だったのでしょうか。中村さんは「あくまで私が活動する長崎の海域での話」としながらも、地球温暖化による海水温の上昇が影響を与えている可能性が十分考えられると語ります。

「私が水族館に就職した2007年ごろの海水温は、真冬の2月には11度ほどで非常に冷たかった。今は同じ場所、同じ時期の水温が15度くらいです。大学時代、水産学部の先生から『水温が1度上がるというのは大変なこと』と教わりましたから、4度上がるというのはとんでもない変化でしょう」

海底を覆う大量のガンガゼ
海底を覆い尽くす大量のガンガゼ。磯焼け対策にウニ駆除が必要なことに変わりはない(中村さん提供)

水温が上がると、ガンガゼや藻食魚の活動が活発になる傾向があるといいます。それにより海藻の絶対数が減ると、生き残った海藻に対してより多くの食害が集中。悪循環を繰り返して急速に藻場が失われていったというのが、中村さんの仮説です。

「水温の上昇を一つの軸にして、これまで回っていた生態系の歯車が狂ってしまったのではないでしょうか。2018年ごろからは鹿児島あたりの海に多かった南方種の海藻が増える傾向にあったのですが、去年あたりからその南方種ですら食害に遭って枯れるようになってきました。この傾向が続けば10年後にはどうなってしまうのか、不安です」

それでも、中村さんは藻場の再生を続けることで活路を見出そうとしています。たとえば人工栽培したアカモクは食用にできるため、新たな水産資源として漁業者の収入源としても期待できます。そうして地元にも利益を還元しながら、その一部を藻場の再生に使っていく好循環が期待できるといいます。

2024年4月人口栽培に成功したアカモク
人工栽培に成功したアカモク(2024年4月撮影)。水産資源としての活用にも期待が高まる(中村さん提供)

このように漁業者や研究者と連携して地域の中で活動しているとはいえ、普段の海での活動や動画の編集作業はほとんど一人でおこなっている中村さん。「孤独を感じないんですか」という問いに、笑ってこう答えました。

「海に潜るのが本当に大好きなんですよ。だから孤独を感じたことはなくて。私のモチベーションは、生き物がたくさんいる海で潜ること。昔潜っていた海のような、海藻がたくさんあって、生き物たちが泳ぎ回っていて、命の躍動を感じさせてくれる身近な大自然を楽しみたい。

ジャングルのようなアカモクの森や、ワカメが一面に生えて揺れている光景が消えたときは非常に悲しかった。もう一度、かつてのあの姿を見てみたいんです」

中村さんの活動は地元漁協の依頼のもとでおこなわれています。独自にウニや藻食魚の駆除や採取をすると密漁とみなされて罰則を受ける恐れがありますので、決してまねはしないでください

スイチャンネル(sui-channel)@suichannel-um

https://www.youtube.com/channel/UCpkI-1mCgD8eEPNqGad4-Nw

【ウニ駆除】終わらないウニ駆除とウニパーティーに沸く魚たち
小泉耕平
小泉耕平 ( こいずみ ・こうへい )
ライター・編集者。雑誌「週刊朝日」やweb媒体「telling,」などで記者や編集者として約20年間活動し、2023年にフリーランスに転身。気候変動問題をはじめとした社会課題、時事問題、ビジネスなど様々なテーマを取材する。
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