嫌なことはついつい先延ばしにしてしまいたくなるものです。ただ、そうはいっても先延ばしできることには限りがあります。
実は日本にも、そろそろ直視しなければならない課題があります。
原子力発電所を稼働させる際に生じる「高レベル放射性廃棄物」、いわゆる「核のゴミ」の処分問題です。
日本で初めて原子力発電による電気が生み出されたのは1963年10月。その後、1966年から本格的に商業利用が始まりました。東日本大震災後には日本にある全ての原子力発電所が停止した時期もありましたが、約60年もの間、私たちは原子力発電所の電力を利用し続けてきました。
当然私たちの手元にはその間に消費した燃料の分だけ高レベル放射性廃棄物が残されています。その数は、最終処分する際の「ガラス固化体」(後述)に換算して、既に約2万6000本にも及びます。
ただ、今のところ、日本ではその最終的な処分場所は決まっていません。
そこで今回の「サイエンス思考」では、原子力政策を考える上で欠かせない、高レベル放射性廃棄物の処分方法や処分場所の選定プロセスについて、さまざまなステークホルダーへの取材をもとに前・後編に分けて解説します。
世界で進む最終処分の議論。一方日本は…?

放射性廃棄物をどこに処分するのか。最終処分場の立地は、原子力発電を利用する世界中の国々が共通して抱えている課題です。
この議論が最も進んでいるのは、北欧のフィンランドでしょう。
フィンランドでは、首都のヘルシンキから北西約200キロメートルに位置するオルキルオト島で、2016年から最終処分場の建設が進んでいます。また、同じく北欧のスウェーデンでも、2022年1月に、南部にあるフォルスマルクに最終処分場を建設することが決定。現在は安全審査が進んでいる状況です。

原子力国家として知られているフランスでも、北東部に位置するビュール村に最終処分場を建設するための計画が進んでいます。現地住民からの反対の声を受けながらも、議論は大詰めを迎えているといいます。
日本でも、2020年11月から北海道西部に位置する寿都(すっつ)町、神恵内(かもえない)村という2つの自治体で、最終処分場の候補地選定の最初のプロセスである「文献調査」が始まりました。現在は一通りの調査が完了した段階で、評価する際の考え方などを経産省のワーキンググループと調整しているところだといいます。
ただ、文献調査は最終処分場としての適性を判断する長いプロセスの入口に過ぎません。この2つの自治体のどちらかに最終処分場を建設することが決まったわけではありません。
結局、日本の最終処分場の立地はまだ白紙のままの状況です。
日本が抱える「最低2万6000本」の廃棄物
ところで、私たちが処分しなければならない「高レベル放射性廃棄物」とは、どのようなものなのでしょうか。
原子力発電所では、ウランの核分裂反応によって発生した膨大なエネルギーを発電に利用しています。ただ、このとき消費されるウランは燃料のうちのごくわずかに過ぎません。日本では、「使用済み核燃料」に残ったウランや、一連の反応によって生じたプルトニウムなど、全体の約95%を核燃料に再利用(リサイクル)することが基本方針となっています。いわゆる「核燃料サイクル」という考え方です。
ただ、このサイクルでは使用済み燃料の残り約5%ほどをリサイクルできず、核分裂によって生じたストロンチウムやセシウムなどの長期間放射線を放つ成分が含まれた廃液が残ります。そこで私たちは、この廃液をガラスに溶かし、ステンレスの容器に流し込んで固めることで保管しようとしているのです。
これが、私たちが処分しなければならない高レベル放射性廃棄物である「ガラス固化体」と呼ばれるものです。

ガラス固化体は、高さ130センチ、直径約40センチと比較的小さめですが、重量は約500キログラムもあります。また、作った直後は200℃を超える高温に達しているため、30〜50年の間冷却した後で最終処分されることになっています。
日本には2022年3月末の段階で、約2500本のガラス固化体が存在しており、その大半(2176本)が青森県・六ケ所村にある高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター(日本原燃が保有)に保管されています(残りは日本原子力研究開発機構が保有)。この施設は、フランスやイギリスなどで再処理した使用済み核燃料を最終処分するまで冷やしながら保管しておくための施設です。あくまでも最終処分するまでの間「一時的に」保管しておくための施設であり、この場所を最終処分場にすることはできません。
また、日本全国にある各原子力発電所には、まだ再処理をしていない使用済み燃料が大量に保管されています。これらをすべて再処理する分まで合わせると、日本は既に合計2万6000本相当のガラス固化体を抱えている計算になります。

これから先、日本が原子力発電所を一切利用しなかったとしても、私たちは少なくともこの2万6000本分のガラス固化体を処分する場所を決めなければならないわけです。
原子力発電所の利用を続けるのであれば、最終的に処分しなければならないガラス固化体の量はさらに増えていきます。最終処分事業を担う原子力発電環境整備機構(NUMO)によると、100万キロワットの原子力発電所※を1年間運転すると、20〜30本のガラス固化体が生じる計算になるといいます。
※東京電力柏崎刈羽原子力発電所にある沸騰水型軽水炉の出力は、1基あたり110万キロワット。
※編集部注:資源エネルギー庁は、リサイクル後の燃料を再び消費した後の使用済み燃料取り扱いについては、「今後の発生量の見通しや、再処理に関する国内外の技術の動向などをふまえながら、引き続き研究開発に取り組みつつ、検討を進めていきます」としています。
自然の力を駆使して地中深くに保管する「地層処分」
ロケットで宇宙に送り込んだり、海の底に沈めたり、あるいは南極の氷の下で保管したり……と、ガラス固化体の処分方法をめぐってはさまざまなアイデアがありました。ただ、技術的な問題や国際条約の関係などもあり、世界的には地中深くに埋める「地層処分」と呼ばれる方法が基本方針となっています。
日本でも、2000年に「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」が定められたことで、地下300メートル以上深くに高レベル放射性廃棄物を処分することが決まっています。またこの法律では、最終処分事業をNUMOが担うことも定められました。

「地下深くに埋める」と聞くと、穴を掘ってそこに大量の放射性廃棄物を投棄するかのようなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実際の「地層処分」はもちろんそれほど単純なものではありません。
NUMOでは現在、ガラス固化体を4万本以上埋設できる規模を持った最終処分場を計画しています。その規模は、地上部で1〜2平方キロメートル程度、地下施設で6〜10平方キロメートル。ガラス固化体を埋めるための坑道の総延長は200キロメートルにもなると想定されています。
ガラス固化体は数千年、数万年単位で放射線を出し続けるものです。それを長期にわたって人の手で安全に保管し続けることは容易ではありません。
地層処分をする上では、最初こそある程度人の手で管理するものの、最終的には人の手が及ばなくなっても放射性廃棄物が人間の生活環境に漏れ出さないように、多重に安全性を担保していく工夫が求められています。
日本では、地層処分をする際には、ガラス固化体をそのまま埋めるのではなく、何重にもバリアを施した上で埋めることになっています。
まず最初に、ガラス固化体は周囲を厚さ20センチほどの金属容器(オーバーパック)で覆われます。オーバーパックには、地下水とガラス固化体の接触を妨げる役割があります。
さらにその周囲を粘土(ベントナイト)を主成分とする厚さ70センチメートルほどの緩衝材で覆うことで、地下水の染み込みそのものを防いだり、仮に放射性物質が地下水に溶け出したとしても人間の生活環境に漏れにくくしています。
ガラス固化体は、この二重の人工的なバリアを施された上で、地下300メートル以上深くにある坑道に一つずつ分けて埋められます。

これに加えて、地中深くという自然環境そのものも、放射性物質が漏れ出すリスクを下げる障壁(バリア)になります。
地層処分をするような地中深くは低酸素環境であり、金属であるオーバーパックが腐食するスピードが遅くなります。NUMOのシミュレーションでは、1000年経過しても大きく見積もって3センチほどしか腐食しないという結果が得られています。
また、地下深くでは地下水の移動も遅く、放射性物質も岩盤に吸着されやすいことから、仮にガラス固化体の放射性物質が溶け出しても、そう簡単に人間の生活環境に影響が出ないように工夫されているといいます。
また、日本であれば地震などの地殻変動の影響も懸念されます。
1万年後までその場所が安全であることを保証するのはそう簡単ではありません。一方で、数千年、数万年単位で最終処分場を人が管理し続けることもまた非現実的です。実際、NUMOの計画でも最終的には最終処分場を埋め戻してモニタリングする予定になっています(100年以上先の計画)。
だからこそ、研究開発段階では、可能性が極めて低い出来事が発生した場合の影響もシミュレーションした上での技術開発が進められています。また、最終処分場を決定する上では、地殻変動のようなことが起こりにくい地域を選定するために、地質学的な特徴を精査することも重要になります。
日本独自の技術開発の必要性

日本では、NUMOが地層処分の実施主体として研究開発を進めているのと同時に、日本原子力研究開発機構(JAEA)でも、地層処分に関する研究が進んでいます。
北海道北部・幌延町にあるJAEAの地層処分に関する研究拠点、幌延深地層研究センターでは、2001年から「地上からの調査研究」「坑道掘削(地下施設建設)時の調査研究」「地下施設での調査研究」という3段階にわたって調査・研究を進めています。
これは言ってみれば、最終処分場を建設する全体の流れを模しながら、各要素技術の開発を進めるプロジェクトです。
副所長を務める佐藤稔紀さんは、Business Insider Japanの取材に対して、
「第1段階では、地上からのボーリング調査や弾性波を使った地下の予測。第2段階では、坑道を掘削した際の影響や、第1段階で予想された断層の位置の正確性を確認しました。今進めている第3段階では、オーバーパックを錆びさせる試験や、放射性物質に見立てた物質を地下水に溶かして、岩盤内における流れを調査しています」(佐藤副所長)
と研究の進捗を話します。
※JAEAでは、岐阜県瑞浪市にも幌延深地層研究センターと類似した研究施設「瑞浪超深地層研究所」を運営していました。ただ、瑞浪の研究所は2022年1月に役目を終えて撤去が完了しています。

前述したとおり、日本にはガラス固化体換算で約2万6000本の高レベル放射性廃棄物が存在している以上、いずれそれらを処分する施設を作らなければなりません。そのためには、処分場の立地を適切に選定するために精密な調査技術が必要になることはもちろん、ガラス固化体を実際に埋めた際に本当に安全性に問題がないかを高いレベルで評価する要素技術が必要になります。
世界を見渡せば数年以内に地層処分が始まる国もあることからも想像できるように、地層処分の技術自体は現時点でもある程度成熟しています。
その上で、佐藤さんは
「私たちの研究の目的は、NUMOが事業を進めるために必要な地層処分に関する技術の高度化や、信頼性を高めることです」
と話します。

また、最終処分に関する技術開発は、海外に頼るのではなく自国で独自で進めておく必要性もあります。
「日本は、環太平洋造山帯という火山や活断層が存在する地域に位置しています。処分場の選定時にはそういった地殻変動の影響を受けやすい特徴があります。また、各国で地層処分する際のバリア(安全性を担保する工夫)の概念がそれぞれ違うため、独自に(それぞれの国が必要とする)試験をやる必要があるんです」(佐藤さん)
ここで得られたさまざまな知見が、将来確実にやってくる日本の最終処分場を建設する場面で生かされるわけです。
なお、幌延深地層研究センターは、当初2019年度末までの研究進捗を踏まえて施設の埋め戻し作業を開始する予定でした。ただ、第3段階の研究に関連した課題が残ったこともあり、地元との協議の末に2028年度末まで施設の運用期間が延長されています。
運用の終了後には、当初の予定どおり、地下施設を埋め戻すことになります。
これは、JAEAと幌延町、北海道の三者による協定で決まっていることです。協定ではほかにも、「放射性廃棄物の持ち込みや使用の禁止」や「研究区域を最終処分場や中間貯蔵施設にしないこと」など、施設の運用に関する取り決めがなされています。
後編では、実際に最終処分場の立地を決定するプロセスにおける現状と課題を、早稲田大学の松岡俊二教授の話をもとに紐解いていきます。
※この記事は2023年3月16日初出です。