そこだけ突然現れた摩天楼のようにタワマンや大型商業施設が次々と建設され、ニューリッチな若い子育て世代が増える東急東横線武蔵小杉駅の東側。一方、東横線をはさんだ駅南西側の「法政通り商店街」には昔ながらの駅前商店街の街並みが残る。タワマン新住民ともとから住む旧住民。「断層」を埋めようとさまざまな取り組みが広がる。
「あちらは(山の手を意味する)アッパータウン。東横線のガード下をくぐって、こちらは〝スラム街〟です」
法政通り商店街で花店「花よし」を営む2代目店主、石川精さん(55)は冗談交じりにこう語る。法政二高の生徒たちが大挙して校内合唱コンクールのポスターを店頭に張ってと頼んできたり、「子ども110番」のステッカーが多くの店に張り出されていたりする今も人情味あふれる商店街だ。
閉店した「街のケーキ屋さん」
法政通り商店街は1955年ごろにできた。周辺には東京機械製作所や不二サッシの大工場のほか、多くの町工場や社宅があり、高度成長期にはサラリーマン家庭の客層をうまく取り込んだ。しかし、この60年余りの歴史を誇る昭和風情の商店街も、タワマンに隣接する「東急スクエア」や「グランツリー」「ららテラス」など大型商業施設の出現で厳しい状況に陥っている。
法政通り商店街の入口近くで10年以上営業を続けてきた洋菓子店「西洋菓子フェリシア」は1月22日に閉店した。おしゃれな店構えで、「街のケーキ屋さん」として地元で愛されてきた。協同組合武蔵小杉商店街の大野省吾理事長(77)は「確かに(タワマン林立で)人口は増加したけど、客足は法政通りまでにはなかなか及んでいない。逆に賃料の値上げで個人商店は厳しい。全国チェーン店に変わる傾向がある」と話した。
タワマン購入者の年収は1000万円以上
川崎市は2014年6月から1カ月間にわたり、中原区在住の満20歳以上の2000人を対象に、タワマンの建設ラッシュが続く武蔵小杉駅周辺の再開発計画についてアンケートを実施した。 物販・飲食店舗・サービス施設について、一番意見が多かったのは「商業施設は不要」。次いで、「地元商店街との共生」が続いた。開発計画全般については「高層住宅建設に反対」がトップ、続いて「ビル風への懸念・対策の要望」が続いた。
確かにJR武蔵小杉駅北口で再開発が進む小杉2丁目を歩くと、「日影・風害・街壊し 超高層ビル建設反対!」といった黄色の幟(のぼり)を軒先に掲げる民家が数多く見受けられる。小杉2丁目には建設中を含め、あと5棟のタワマンが建設される予定で、町内一帯は現在、日中ずっと工事の音が響き渡っている。ビル風も強い。
小杉2丁目の町内会長、伊藤巌さん(72)は、町内会員がこうしたタワマン反対の黄色の幟を何年も前から掲げていると話す。小杉2丁目のタワマン計画をめぐっては、13年2月に地元住民が約3万9000通の反対意見書を市に提出した。しかし、タワマン建設の計画は予定通りに進んでいった。 伊藤さんは「意見書では後背地の個人住宅地にもっと配慮した計画に変更するよう求めたりした。しかし、7、8年ほど前にすでに計画は市議会で決まっており、動かしようがなかった」と話す。
タワマンに住む住民はどのような人々か。住宅情報サイト「SUUMO(スーモ)」の池本洋一編集長は、一般にタワマン購入者の年収について、夫だけに収入があるシングルインカムの場合は1000万円以上、夫と妻の両方の収入があるダブルインカムの場合は1200万円以上と指摘する。小杉のタワマンは6000万円台から1億円台ほどで、東京都心に比べればそれでもリーズナブルな価格帯という。
「都心のタワマンが坪単価450万円に対し、小杉のタワマンの坪単価は330万円。恵比寿や目黒など東京23区の西側の人気エリアに比べるとまだ割安感がある。成約者に占める東京23区の在住者比率は40%。小杉はタワマンの供給源になっています」(池本編集長)
武蔵小杉が「住みたい街ランキング」で毎年上位に入る理由については、「これから発展しそう」や「資産価値が維持できそう」「利便性」が目立つという。
「小杉は川崎ではありません!」
武蔵小杉駅があるJR南武線は、立川競輪場、JRA東京競馬場、京王閣競輪場と多摩川競艇場、川崎競馬場と川崎競輪場を抱え、「ギャンブル路線」と揶揄されてきた。京浜工業地帯のイメージも強い。
タワマン住民は、そんな川崎の中心に位置する武蔵小杉の印象をどう思っているのか。
毎週土曜日朝に東横線新丸子駅前のビルの一室で開かれている朝活「こすぎ朝学」に参加すると、国内最高階数の59階を誇る「パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワー」の住民である50代の女性が「小杉は川崎ではありません!」と冗談とも本音ともつかない口調で強く主張していた。
こうしたタワマン新住民と地元住民の溝を埋めようと、川崎市主導で07年に設立されたのが、NPO法人「小杉駅周辺エリアマネジメント」(エリマネ)だ。タワマンと旧市街地の住民で理事を構成し、住民ボランティアが交流事業などを手がける。会員は、高層マンション9棟に住む約5000世帯。月額300円の会費を徴収し、活動費に充てている。
エリマネは15年7月、地域の商店や企業から協賛金を募り、東横線武蔵小杉駅前の広場「こすぎコアパーク」で4年ぶりに盆踊りを復活させた。タワマンと地元商店街、町内会による初の合同開催だった。昨年10月には、年中行事「第6回コスギフェスタ」を開催。ハロウィーンに合わせた仮装コンテストや仮装パレードのほか、子どもたちがマンションを回ってお菓子をもらうスタンプラリー、地元の小中高校の吹奏楽部やダンスチームによるステージなど多彩な企画を催した。初年は100人ほどだった来場者も年々増えて、昨年は10万人に及んだ。
エリマネの安藤均理事長(53) はこう話す。
「イベントは、古くからの住民とタワマンの新住民が同じ地域の一員として交流を深める貴重な機会。エリマネはマンション、行政、商店街、周辺町内の真ん中に入り、地域の橋渡しや繋ぎ役を果たしている。こういう組織は全国に他にない」
街の高級化の行きつく先
それほど豊かではない層が多く住む地域に、再開発や新産業の発展などの理由で比較的豊かな人々が流入し、地域の経済・社会・住民の構成が変化する都市再編現象のことを英語でジェントリフィケーションという。中流以下の追い出しに拍車をかけ、街の高級化を意味する。外来種が在来種を脅かす生態系に似てなくもない。
池本編集長は、小杉にもジェントリフィケーションが起きているとし、こう指摘する。
「致しかたない面もあるが、街にはジェントリフィケーションを避けたいという人もいる。地域に愛着を持ってずっと活動する人や、地元の人に愛されている店はそのまま街に残りたいという思いがある。このような人や店は、街の活性化でもきっと力を貸してくれ、街の基盤や街づくりの担い手になってくれる。将来、街を大事にしてきた人がいなくなってしまうと、一気に街が廃れてしまう」
小杉の高級化について安藤理事長はこう話す。
「小杉には昔の街並みもあるし、新しい商業施設もある。タワマンに住む若い層もいるし、昔からの地元の人たちもいる。会員が5000戸もいれば、あまり町内活動に関わりたくないという住民も確かにいる。それでもエリマネの活動としてこれからも新旧住民一緒になってやっていきたい」