Macへの自社製半導体採用を「極めて大きな一歩」と語る、アップルのティム・クックCEO。
出典:WWDC2020基調講演より筆者キャプチャ
「今日はMacにとって歴史的な日になった」「Macにとって極めて大きな一歩」
アップルのティム・クックCEOがそう説明して発表したのは、MacのCPUをインテル製のいわゆる「x86系」から、自社開発の「Appleシリコン」へと移行することだった。今年のアップルの開発者会議「WWDC 2020」の最大の目玉は、やはり噂通りだった。
では、それはどういう戦略的な意味があり、我々が使うアップル製品はどう変わるのだろうか? Macに起きた巨大な変化から、それらの疑問をひもといていこう。
macOSは20年を経て「バージョン11」へ
新macOSの名前は「Big Sur」に決まった。
出典:WWDC2020基調講演より筆者キャプチャ
まずは、今回の発表内容を確認しておきたい。アップルがMacに関して発表したのは、2つの基本方針だ。
ひとつ目は、macOSを「macOS Big Sur」にアップデートすることだ。
2020年の秋に正式公開になるこのバージョンは、アップルが「Mac OS X発表以来の大きな刷新」と呼ぶものだ。Mac OS Xは2001年に正式版が発売されて以降、アップルの基幹OSであり続けたものだ。「X(テン)」という数字が示すように、バージョン番号は「10」。19年にわたり、小数点以下の末尾の数字が増え続けてきた。2016年以降は「macOS」が正式名称になってバージョン番号は表に出なくなったが、それでも内部的なバージョン番号は「10」から始まっていた。
それが「Big Sur」ではついに「11」になった。
新macOSのバージョン表記は「11」になっている。そして、「Processor」の部分がインテルではなくアップルの「Apple A12Z Bionic」である点にも注目。
出典:WWDC2020基調講演より筆者キャプチャ
もちろん数字が上がっただけではない。ユーザーインターフェースやデザイン、各種設定の方法などを大幅に変更し、今までとは大きく印象が変わった。
新デザインでは透明部分が増え、各種アイコンやボタンのデザインも一新されている。
出典:アップル
変更した理由は、より使いやすく今日的なデザインにする、ということもあるが、iPhone用OSである「iOS」やiPad用OSの「iPadOS」とデザインテイストや操作用ボタンなどの体裁を統一し、より親和性を高める、という狙いがある。実際、iOSの新バージョン「iOS14」で導入される「ウィジェット」などの機能は、macOS Big Surでも導入される。
macOS Big Surでも、iOS14の目玉機能である「ウィジェットの強化」が図られている。
出典:アップル
独自開発の半導体で「他メーカーに左右されないコンピューター設計」を目指す
Big Surの英語版解説ページより。
出典:アップル
だがもちろん、外観の変化だけがBig Surの狙いではない。もっとも大きな変更は、「Appleシリコンを使ったMac」に対応することだ。
Appleシリコンとは、アップルが独自設計しているプロセッサーのこと。現在、iPhoneやiPad、Apple Watchなど、同社のMac以外の製品は、基本的にアップルが設計して製造を依頼した、独自のプロセッサーで動いている。CPUはイギリス・Arm社がライセンス提供している「ARMアーキテクチャ」に基づいて作られているが、省電力設計や機械学習を処理する能力の搭載など、同じARMアーキテクチャを使う他社とも異なる特徴を持っている。
今回の施策により、アップルは今後のMacでも「自社で設計したプロセッサー」を使い、同社の主要製品がすべて「自社開発半導体」を利用することになる。今回公開された試作機では最新のiPad Proで使われているのと同じ「A12Z Bionic」が採用されていたが、最終的な製品でどうなるかはわからない。
どちらにしろ、自社のソフトとハードの製品化計画に合わせて半導体を作っていけることは大きな利点だ。PCメーカーにしろスマホメーカーにしろ、大半の企業は、インテルやAMD、Qualcommなど、コアな半導体を作る企業の事情に合わせて製品を作らねばならない。iPhoneでその強みと旨味を知り抜いているアップルが、Macでも……と考えても不思議はない。
すでに性能では「Appleシリコン」が有利な面も、MSやアドビも支援
WWDC2020の基調講演の模様。前編がYouTubeでも動画公開されている。
出典:アップル
Macはこれまでに3回、CPUのアーキテクチャを変えている。現在使われているIntelの「x86系」に移行したのは2006年のことだ。CPUアーキテクチャの変更はソフトの互換性を失うことにもつながる。きわめて大きなリスクを背負うことになるが、過去のアップルにはそうせざるを得ない理由があった。CPUの性能不足により、ライバルであるWindowsを使うPCに対しての競争力を失っていたからだ。
しかし現状、MacがWindows機に対して性能が不利だから売れなくなっている……ということはない。MacはMac、WindowsはWindowsで売れている。性能向上は必要とされているが、過去のように単純な「処理能力」だけで移行が必要とされている状況とは言い難い。
ではなにが必要なのか?
それは同社ハードウエアテクノロジー担当シニアバイスプレジデントのジョニー・スルージ氏のコメントを引用するのがわかりやすいだろう。
Appleシリコンの詳細について解説した、アップルのハードウエアテクノロジー担当シニアバイスプレジデントのジョニー・スルージ氏。
出典:WWDC2020基調講演より筆者キャプチャ
「一般的に、ノートPCは性能は低いが消費電力は低く、デスクトップPCは性能は高いものの消費電力は高い、と言われてきました。ではAppleシリコンはどこを目指すかと言えば、『消費電力も低く、性能も高い』領域です」
Appleシリコンは「消費電力が低く性能が高い」CPUを目指す。
出典:WWDC2020基調講演より筆者キャプチャ
消費電力と性能はトレードオフだ。しかし一般に、ARM系のアーキテクチャはCPUコアを増やしつつ消費電力のコントロールを工夫することで、性能と消費電力の両立が図りやすい傾向にある。インテルのPC用CPUは安定して性能が出るものの、消費電力の点ではARM系に劣る、と言われる。
実際ベンチマークの値だけで言えば、すでにインテル系CPUを使ったMacBook Pro
とiPad Proの値はかなり近い。価格差や消費電力に伴う発熱を比較すると、「Appleシリコン」の優位性が見える。iPad Proに使われるプロセッサーよりコア数もメモリーも多いシステムを作れば、今のMacBook Pro
よりも高速でバッテリーも持つ製品を作れる可能性は十分にある。
左から、iPad Pro・MacBook Air・MacBook Pro 13インチのGeekbench 5でのテスト結果。CPU速度的には、iPad ProとMacBook Proの差は小さなものになった。
出典:筆者提供のデータをもとに編集部作成
また、CPUの種類がiPhone・iPadと同じになることもあり、Appleシリコン用のmacOS Big Surでは、iPhoneやiPad用のアプリがそのまま動く。これは、Macの上で使えるソフトを増やす上では非常に重要な要素と言えるだろう。Big Surの画面デザインがiOSやiPadOSに寄せたものになったのは、両OSのアプリを動かすことを想定していることと無縁ではなかろう。
最大の課題である「x86系macOSのために作ったアプリ」との互換性については、2つの「工夫」をすることで対処する。
ひとつ目は「Rosetta 2」。簡単に言えば、x86用のアプリをそのまま翻訳しつつARM系で動かす仕組み。現在の技術なら、速度もそこまで大きく落とすことなく動かせる。基調講演では、「重い」ソフトの代表格と言える3D CG制作ソフト「Maya」を使いデモが行われた。
Appleシリコン版macOSで、インテルのx86版アプリをそのまま動かす「Rosetta 2」のデモでは、プロ向け3D CG「Maya」が使われた。「動作が大変なプロ向けソフトも問題ない」というアピールだ。
出典:WWDC2020基調講演より筆者キャプチャ
ふたつ目は「Universal 2」。アプリを作る際、x86用とARM用の両方を作り、一緒に配布する仕組みだ。x86版のmacOS用ソフトからの変更について、アップルは「難しいものではない」と説明している。
どちらもリスクはゼロではないが、現在の技術ならば対応は難しいものではない。「既存のソフトがある程度問題なく動くAppleシリコン版Mac」になっても不思議はない。
だがなにより、Appleシリコンに最適化したソフトが出るのが望ましい。
アップルは自社製ソフトについて、プロ向けの動画編集ソフトの「Final Cut Pro」や音楽編集ソフト「Logic Pro」まですべてをAppleシリコン対応にする。
プロ向けの動画編集ソフトの「Final Cut Pro」も最初から、Appleシリコンに最適化(ネイティブ対応)される。
出典:アップル
それだけでなく、マイクロソフトの「Word」や「Excel」といったオフィスアプリ群、アドビの「Photoshop」「Lightroom」といったクリエイティブ系アプリも、Appleシリコン対応が明言されている。
とりあえず多くの人は、「互換性」の問題を過度に気にする必要はなさそうだ。
マイクロソフト「PowerPoint」などもAppleシリコンに最適化して提供される。
出典:アップル
同様に、アドビの「Photoshop」などのメジャーソフトも対応が進む。
出典:アップル
2年の移行期間中に「どう製品ラインナップを整理するか」が戦略の要
移行には「2年かける」ことが明言された。
出典:WWDC2020基調講演より筆者キャプチャ
一方、アップルは「移行には2年の時間をかける」としており、2020年末に最初の「Appleシリコン版Mac」が出た後も、インテル版Macを出荷する予定でいる。
Mac miniのボディにAppleシリコンのMacを入れた開発キットが、開発者向けに先行して提供される。
出典:WWDC2020基調講演より筆者キャプチャ
理由は単純な「互換性に対する不安」だけではない。
一般的なアプリケーションではおそらく問題ないものの、プロ向けの市場での動作検証や周辺機器対応には、より慎重な対応が求められる。
特にグラフィック周りについては、いかに高性能とはいえ、Appleシリコンが採用しているもののみで済むとは思えない。Mac ProやiMac Pro、16インチ版Mac Book Proのように高性能な「ディスクリートGPU(外部GPU)」を搭載した製品の代替についてどうするのかが見えていない。
そうなると、学生やビジネス向けのMac、具体的に言えば「MacBook」「MacBook Air」「13インチ版MacBook Pro」「iMac」あたりは比較的すぐ移行できるが、それ以外のプロ製品をどうするのか、という疑問が残る。
また低価格な製品であっても、今度は「iPadとの競合をどうするのか」という課題が控えている。
おそらくアップルは、Appleシリコン版への移行をきっかけとして、Macのラインナップを再整理するだろう。単に減らすのか、それともiPadの性能や価格まで視野に入れた整理になるのか。その点は注視が必要だ。
すなわち、Appleシリコン版Macの行方と、アップルとしての戦略の全体像はやはり「同社が製品ラインナップをどうメンテナンスしていくのか」という点にかかっている。
(文・西田宗千佳)