RICE REPUBLICの川原田美雪社長。新卒で入ったLINEを辞めて、2022年12月におにぎり屋の社長に就任した。
撮影:土屋咲花
「平日の昼間に『おにぎり屋をやるんだけど、社長をしてくれないか』と電話がかかってきて、その場で『わかりました』と返事をしました。次の日くらいには(新卒入社した)LINEの上司に『おにぎり屋をやるので退職します』と伝えました」
2022年に開店したおにぎり専門店の「TARO TOKYO ONIGIRI(タロウ トウキョウ オニギリ)」。運営するRICE REPUBLIC(ライスリパブリック)社を率いるのは、川原田美雪社長(27)だ。東京大学大学院を卒業後、LINEに入社した川原田さんは2022年7月、未経験の飲食業界に飛び込んだ。
「TARO TOKYO ONIGIRI」は東京都内に2店を展開し、多い日には1日2000個のおにぎりが売れる。異色の経歴を持つ若手社長は、どうやってこのおにぎり店を成長させていくのか。
キャリアのスタートはLINEの営業
2023年7月にオープンした2店舗目「TARO TOKYO ONIGIRI 人形町ファクトリー」。
撮影:土屋咲花
川原田社長は、東京大学工学部、同大学院を卒業後、2020年にLINEに入社した。理系出身ながら、エンジニアではなく営業職の採用だ。
「東大から営業に入るケースは珍しくて、すごい期待されていたのに、最初の研修では営業成績が最下位でした」
と明かす。
部署異動によって社内で営業組織の立ち上げを任され、人材の採用やマネジメントを担うようになると、たちまち頭角を現す。立ち上げ当初は数千万円だったチームの売り上げを最終的に数億規模にまで伸ばし、社内でベストルーキー賞を受賞した。
東大ではアメフト部のマネジャーだった。幹部として、選手120人、スタッフ50人の組織を「マネジメント」した経験が仕事にも生きた。
「1年生から4年生で全然スキルセットも違う上に、全員東大生で、我が強くて(笑)。一人ひとりにどういう目標を持って、どういうタスクをこなしてもらうかを考えるのは、ずっとやり続けてきたことでした。それが営業という目的が異なるものに切り替わったイメージです」
「おにぎりで世界一に」電話での社長オファーに即答
店舗には常時10数種類のおにぎりが並ぶ。
撮影:土屋咲花
もともと、「日本一のプラットフォーマーになりたい」とLINEに入社したという。LINEでの仕事には手応えを感じていたものの、Facebook(メタ)やグーグルといった巨大ITがいる中で、「世界トップシェアになることは難しい」と感じていた。大きな組織の中で、自身が手掛けられる範囲の限界も実感した。
そんな中、東大アメフト部の先輩であり、TARO TOKYO ONIGIRIの出資元「まん福ホールディングス」の加藤智治社長から1本の電話が舞い込む。「おにぎり屋で世界一を目指さないか」という誘いに、川原田社長は、冒頭のように二つ返事で応じた。
「もともとあまり悩まないんです。その瞬間、1番ワクワクした決断を後から正解にすればいいと思っています。必要な努力を必要な方向性でしっかりやっていれば、必ず成功するというのはこれまでの実体験から実感と自信を持っていました」
社長候補として2022年7月にRICE REPUBLICに入社すると、まず取り組んだのは店頭に立つことだ。
「知識が全くないので、まずは足りないところを埋めるところからと思い、ひたすら現場に入っていました。目の前のお客さんはどんな人が来て、どういうオペレーションで作っていて、どういう人が働いているのか…というキャッチアップを最初に行いました。
ただ、私が今更飲食の知識を身につけようとしても、長年やっている人に到底追いつくはずがないですし、そこに追いつくことは必要ではないと思っていたので、ある程度知識を埋めたあとは、飲食をやってきた人とは違う視点を持つという努力をしました」
その結果、感じたことの一つは「飲食業は儲からない」ということだった。
「飲食業界の人にとっては当たり前の話なんですけど、それが私にとって1番の衝撃でした。だからこそ、販路を店舗に絞っちゃいけないというのが最初に感じたことです」
2022年の10月には、配達サービスを始めることで販売エリアを広げた。今ではケータリングやロケ弁など、店舗外での売り上げが全体の4割近くを占める。
店舗の効率化も進めた。
「飲食は単純作業のイメージもあると思いますが、実際に現場に入るとマルチタスクで、すごい能力が必要な仕事だと思ったんです。ただ、これは本来あるべき姿ではありません。もちろん優秀なスタッフは必要ですが、誰もが初日から戦力になれる形が必要だと思いオペレーションを汎用化しました」
米研ぎやおにぎりを握る工程に機械を導入して効率化を図り、業務のマニュアル化を進めた。結果的に、1日当たりの労働時間を全体で8時間程度削減できたという。
2027年に海外70店
売れ筋はおかずの入ったお弁当。お弁当を始めてから店頭で迷う人が減り、回転率が良くなったという。
撮影:土屋咲花
TARO TOKYO ONIGIRIは2022年5月に虎ノ門に1号店を開店。配達対応などによって売り上げを順調に伸ばし、生産量拡大のために2023年7月、セントラルキッチン機能を備えた2号店を人形町に開いた。現在はこの2店舗の店頭と配達を合わせ、1日に1000~2000個のおにぎりを販売している。
TARO TOKYO ONIGIRIの特徴は米に対する具材の多さ。コンビニのおにぎりと比べ、約3~5倍の具材がおにぎりの中ではなくて上に乗っている。価格は180円~430円前後だ。
会社としての建て付けも特徴的だ。TARO TOKYO ONIGIRIを展開するRICE REPUBLICは、米穀の卸売業などを手掛ける神明ホールディングスと、食領域の事業承継に特化したスタートアップ、まん福ホールディングスが出資するジョイントベンチャーだ。
2社が連携する必要性について、川原田社長はこう説明する。
「神明HDはお米のプロなので、『お米のおいしいおにぎり屋』は作れますが、新しいブランドを作るのはハードルが高いことでした。一方、まん福HDにとっては、世界を目指すようなブランドを作りたいと思った時に、海外展開もしている神明HDのノウハウが生かせます」
TARO TOKYO ONIGIRIは開始当初から多店舗展開と海外進出を掲げている。今は2店舗だが、2027年度までに国内30店舗、海外70店舗の展開を目指しているという。
直近の計画では1年以内に都内に3店舗の出店、2024年には海外進出を予定する。
一方で国内出店については商業施設などからのオファーがあるものの、現状はほとんど断っているという。
「10店舗、30店舗、50店舗…というような一定スピードではなくて、指数関数的な出店を予定しています。ですので、出店計画が遅れているという感覚はありません。
(TARO TOKYO ONIGIRIは)今、『なんか流行っていて、味はうまいおにぎり屋』になっているという感覚があります。スターバックスのように、美味しいだけではなく名指しで『スタバに行きたい』となるようなブランドの基盤を作らないと絶対に店舗は増やせない。今は私の目が届く範囲で 、TARO TOKYO ONIGIRIというブランドを作るのが先だと思っています」