- 2024年にネットフリックスで最も視聴された映画は、『ダムゼル』『リフト』『雪山の絆』だった。
- これらの映画はほとんど宣伝されていないにもかかわらず、数百万回も視聴されている。
- ネットフリックスは、宣伝に力を入れるというより、膨大な加入者をひきつける「ウォータークーラー戦略」をとっている。
ネットフリックス(Netflix)が9月19日に発表した2024年上半期に最も視聴された映画とテレビ番組のランキングに驚きはなかった。『ブリジャートン家』『グリセルダ』『リプリー』などの大作や『ザ・クラウン』の最終シーズンは、やはり何百万もの視聴回数を獲得した。だがこれらの人気ドラマシリーズよりももっと興味深いのが、最も多く視聴された映画だ。
今年上半期で再生回数が最も多かった映画は、ミリー・ボビー・ブラウン(Millie Bobby Brown)主演のファンタジースリラー『ダムゼル』で、1億4380万回の視聴を記録した。1億2940万回で2位になったのはケビン・ハート(Kevin Hart)主演のアクション映画『リフト』、1億380万回で3位になったのはスペイン語の作品『雪山の絆』だった(これらのデータは、ネットフリックスのオリジナルおよびライセンス作品のうち、5万時間以上視聴された作品の視聴時間に基づいている)。
これらの映画をすべて見た人もいるだろう。そんな人はこれらの作品の配信を心待ちにしていたのだろうか。それとも配信されていたのを偶然見つけたのだろうか。おそらく後者だろう。
上位3位の作品に共通しているのは、ネットフリックスがほとんどマーケティングや宣伝をすることなく公開に至ったことだ。これは驚きかもしれないが、ネットフリックスは2010年にオリジナルコンテンツ、特に映画の制作を始めた頃から、この戦略を採用してきた。
上半期のランキングは、この戦略が明らかに効果的だということを証明している。ネットフリックスのトップページは、人が集まり井戸端会議をする「ウォータークーラー」のある場所になっている。最もホットなランキング上位の作品が並び、トップには最新リリース作品のバナーが掲げられ、それを見たユーザーはとにかく再生ボタンを押すように促される。考えるのは後だ。
この充実したトップページのおかげで、ネットフリックスはオリジナル作品のプロモーションに巨額を投じる必要がない。ユーザーはいずれにせよアプリで作品を見つけるのだから、公開前にあえて盛り上げるような宣伝をする必要はないのだろう。
もちろん、すべてのネットフリックスオリジナル作品がそのような戦略を取っているわけではない。エディ・マーフィー(Eddie Murphy)作品の中でも特に愛されている「ビバリーヒルズ・コップ」シリーズの続編『アクセル・フォーリー』の公開に際して、ネットフリックスのマーケティング部門は当然のことながら全力を尽くした。ビバリーヒルズでのプレミア上映が華々しく行われ、作品を象徴するデトロイト・ライオンズのジャケットを着たマーフィーの巨大な看板がサンセット大通りに何マイルもわたって掲げられた。
一方、飛行機事故でアンデス山脈に取り残されたラグビーチームに関する実話を題材としたスペイン語の作品『雪山の絆』は、ネットフリックスによるプロモーションがほとんど行われなかったにもかかわらず、上半期ランキングの3位になった(ただし、この作品はアカデミー賞の最優秀外国映画賞にノミネートされたために注目を集めた可能性もある。とはいえ、サンセット大通りに看板が掲げられたわけではない)。
この戦略に、ハリウッド関係者は頭を悩ませている。ネットフリックスは目的地(映画を見たい人が最初に向かうプラットフォーム)になりたいのであり、視聴者を獲得するために大々的なプロモーションや映画館での上映は必要ない(ただし、有名タレントが関わっている場合は違うこともある)。ネットフリックスは世界中に膨大な登録ユーザーを抱えおり、彼らが遅かれ早かれアプリを開き、そこに表示される映画の再生ボタンを押すと見込んでいる。
筆者は新作情報を発信する映画レポーターであり、常に映画会社からの無数の売り込みを受けている。それでも、ティーン向けコメディ『フレッシュ?! イン・ハイスクール(Incoming)』やアクション映画『レベル・リッジ』の存在について、公開日にタイムラインに流れてくるまで知らなかった。そのいずれもが、映画制作者であれば誰もが望むネットフリックスのトップ10入りを果たした。
ネットフリックスは「ウォータークーラー戦略」によってコスト削減が可能であることを証明しているかもしれないが、その過程で多くの試行錯誤を経てきたのだ。そして、これは再現が難しい戦略でもある。
アップル(Apple)の場合はどうだろうか。Apple TV+が配信するドラマは、『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』『セヴェランス』『ザ・モーニングショー』などで成功を収めているが、映画に関しては2022年にアカデミー賞の作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』以降は苦戦しており、まだ、多くの視聴者が集まる「ウォータークーラー」のあるプラットフォームにはなれていない。
最近Apple TV+で公開された『ナポレオン』『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』『インスティゲイターズ 強盗ふたりとセラピスト』も、それほど視聴者を獲得していない。さらにマーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)を監督に迎え、レオナルド・ディカプリオ(Leonardo DiCaprio)主演で制作された『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』もアカデミー賞にノミネートされたが、Apple TV+では大物俳優を起用した質の高い映画でも再生回数が伸びないという残念な評判を築きつつある。
Xユーザーの@baileylikemovieは、「才能ある監督が最高の俳優とともに制作し、批評家からも絶賛される作品が、アップルで続々と配信されているのに、誰も見ていないのは本当に笑える。一方で、ネットフリックスでは史上最悪な駄作のシーズン7が驚異的な再生回数を記録している」と投稿して話題になった。
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