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こんにちは。パロアルトインサイトCEOの石角友愛です。以前、私の記事で新しい職種として「AIエンジニア」について紹介しました。今回は、このAIエンジニアを含むAI人材の需要の高まり、そして企業による獲得競争について紹介したいと思います。
AIエンジニアの需要は、さまざまな業界でAI技術の採用が進んでいることを背景に、大きく伸びています。 まずは、AIエンジニアの現在の需要と雇用見通しの概要を紹介します。
AIエンジニアは、テクノロジー分野で最も急成長している分野の1つであり、従来のようなデータサイエンスや機械学習のタスクを主業務とするのではなく、AIツールの活用と製品化に焦点を当てた役割であり、ソフトウェアエンジニアリングとAIの橋渡しをする役割であるという内容で紹介した新しい職種です。
米国労働統計局は、2021年から2031年の間にAIエンジニアの雇用成長率が21%になると予測しており、これは全職種の平均よりもはるかに速いと言われています。また、ガートナーのレポートによると、AIエンジニアの需要は毎年74%も増加しているとのことです。
さらに、World Economic Forumの調査によると世界で一番需要が高い職種がAI・機械学習専門家であると発表されています。(反対に世界で一番減っている仕事ワースト3として、銀行窓口、郵便窓口、レジ打ち係などがあげられており自動化の影響が見受けられます)
この増加する需要に対し、企業はどのような獲得競争を繰り広げているのでしょうか。大きく5つの領域に分けて紹介します。
1. 競争力のある報酬
Stanislav Kogiku / SOPA Images via Reuters
AIエンジニアの給与は高額で、年間10万ドルから20万ドル(およそ1440万円〜2880万円*)以上、中には30万ドル(およそ4320万円)を超えるトップ・ポジションもあるといいます。 企業は優秀な人材を誘致するために、魅力的な基本給、ボーナス、ストックオプションを提供しています。
* 為替レートを144円とした場合。以下同様
例えば、Exploding Topics社の記事によると、米国の大手企業のAI人材の平均年俸は以下のようにまとめられています。
- Uber - 平均年俸31万4746ドル (約4532万円)
- Walmart Labs - 平均年俸26万5698ドル (約3826万円)
- Netflix - 平均年俸26万4799ドル (約3813万円)
- Salesforce - 平均年俸25万7846ドル (約3712万円)
- Facebook/Meta - 平均年俸24万8281ドル (約3575万円)
- Google - 平均年俸23万6388ドル (約3403万円)
- Amazon - 平均年俸23万639ドル (約3321万円)
さらに、Business Insider Japanが紹介したLevels.fyiのデータによると、グーグルではシニアレベルのエンジニアになると、株式報酬を含めて最低30万ドル(4320万円)、最高70万ドル(1億80万円)以上の報酬が期待できると言われています。また、Metaの報酬体系に詳しい関係者によると、シニアレベルの機械学習エンジニアはレベル6の50万ドル(約7200万円)から、経験年数が最も長いレベル7と8のエンジニアでは150万〜200万ドル(2億1600万円〜2億8800万円)という高額報酬を期待できるとも言及されています。
また、NetflixでもシニアレベルのAIエンジニアに最大90万ドル(約1億2960万円)を支払うとしたことが以前ニュースになりました。
シリコンバレーにおいて、優秀なエンジニアを囲い込むために高額な報酬を払うというプラクティス自体は以前より行われてきたことですが、現在、この動きがAI人材においてさらに顕著になっているということです。
しかし、高額な報酬は多くの大手IT企業が用意できる条件であるため、それだけでは優秀な人材を惹きつけるには足りなくなっています。そこで、他に企業が差別化を図るために以下のような条件も重要とされています。
2. 最先端のプロジェクトとインフラ整備
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優秀なAI人材は、常に革新的でインパクトのあるプロジェクトに携わる機会を求めています。 そのため、企業はエンジニアを惹きつけるために、先進的なAI技術やアプリケーションに取り組んでいることをアピールしなければならず、オウンドメディアやブログ活用、PR戦略、セミナー実施などさまざまなチャネルを使ってその取り組みを宣伝することも重要とされています。
また、最先端のプロジェクトを遂行するために必要なインフラが整っていることも、中小企業との差別化要因となります。そのため、例えば、GPUクラスタや特殊なハードウェアアクセラレータを含む最先端のコンピューティングリソースを提供し、効率的な実験やモデルトレーニングが可能であることをアピールすることも大切なポイントになってきます。
3. 研究発表やコラボレーションの機会
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多くのAI企業やテック企業では、オープンソースによる貢献や、大学・研究機関とのコラボレーションを通じて研究文化を育む取り組みが推進されています。特に、論文の著者となり研究結果を発表することができる環境は優秀な人材を惹きつけるためにも重要な要素となります。
上記3つの条件は、ビッグテック企業であれば比較的オファーされている条件だとも言えます。そこで、より企業の特色を生かす2つの条件を挙げてみましょう。
4. 柔軟な勤務形態
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最近、アマゾンが週5日の出社を義務化したことがニュースになりました。以前書いた記事でも紹介した通り、コロナが収束してから、テック大手や金融大手はリモートワークを廃止し、従業員をオフィス勤務に戻そうという動き(Return to Office、RTO)が続いています。
そして、RTOに反対する従業員が抗議活動を行うケースも珍しくありません。裏を返せば、ビッグテックがアンチリモートワークに傾いている今、リモートワークやハイブリッドワークの選択肢を提供することで、より広い人材にアピールすることができるという見方にも繋がります。
5. エシカル(倫理的)なAI開発、社会におけるインパクトや政治的信条
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仕事の社会的影響を懸念する人材にとっては、責任あるAI開発と倫理的な配慮を優先する組織が魅力的に映ることでしょう。例えば、グーグル社員が軍事兵器などの開発に自分たちのAIが使われることを懸念して抗議活動を起こし、米国防総省の「Project Maven」が頓挫した出来事は記憶に新しく、近年では責任あるAIの開発や倫理観、透明性を重視する傾向が強まっています。
これに関連して、イーロンマスクが控えめに支持をしているカリフォルニア州の新しい法案「SB 1047」に対する各方面のスタンスをご紹介します。
2024年8月28日、カリフォルニア州議会は、人工知能(AI)の規制に関する新たな法案「SB 1047」を圧倒的多数で可決しました。この法案は、AI技術の安全性テストや定期的な監査を義務付け、深刻な損害(大量殺傷事件や5億ドル以上のサイバーセキュリティ事件など)を引き起こした場合に、AI企業に対して法的責任を追及することができる内容です。大規模な損害のみが取り扱われているものの、AI企業に対して損害の法的責任追及ができることを明示しており、AI企業にとっては重大な影響を及ぼす法案です。
この法案に対し、OpenAI、ナンシー・ペロシ元下院議長、米国商工会議所、大手テック業界団体などは、イノベーションの足枷になること等を理由に、「SB 1047」に拒否権を発動するようカリフォルニア知事のニューサム氏に働きかけているといいます。他方、イーロン・マスクやAnthropicは控えめに支持する姿勢を示しています。また、ヨシュア・ベンジオやジェフリー・ヒントンといった著名なAI研究者たちは「SB 1047」を全面的に支持しており、関係各所によるスタンスの違いが明確になっています。
この法案は、AIの規制においてカリフォルニア州を全米のリーダーとする可能性を秘めており、全米で広範な議論を巻き起こしています。AIが急速に進化する中、その影響とリスクに対する規制は、技術革新と社会的安全性のバランスをどう取るべきかという重要な課題となっているのです。
例えば、最近では政府関連のAIプロジェクトを専門に取り扱うパランティア・テクノロジーズ社の子会社が、「ユーザー中心の機械学習(UCML)」をサポートするために、米陸軍から9920万ドル(約142億円)相当の契約を獲得したと発表したことがニュースになりました。
さらに、より多くの米軍人にAIによる標的設定ツールへのアクセスを提供し、デジタル戦争プラットフォームへのアクセスを拡大する計画も進めていると言われています。このような政府向けのAIプロジェクトに従事するエンジニアやAIの専門家にとって、こうしたビジネスに賛同するかどうかは、自身の倫理観やキャリア選択における重要な要素となることは間違いありません。
また、大統領選挙を前に、現在カリフォルニアでは、イーロンマスクをはじめとしたテック業界のビリオネアの面々がトランプ支持とハリス支持に分断され、大きな議論を引き起こしています。このような政治的信条も、AI人材にとっては会社の特色として判断材料になるかもしれません。
このように、AI企業は社会や経済の動きに合わせて変革しています。
AI人材にとっては、自分たちが開発する技術の影響力を実感しつつ、個人のキャリアも実現させること、そして満足のいく報酬を得られること、そうしたニーズがパーソナライズされ、細分化されてきています。
このような流れの中、金銭面や福利厚生等の条件だけではなく、企業の倫理的・政治的なスタンスや特色も就職における判断材料として考慮されるようになっていくのではないでしょうか。