[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

顕微鏡で化学反応を見る!?

[スポンサーリンク]

 

Observations of Chemical Reactions at the Atomic Scale: Dynamics of Metal-Mediated Fullerene Coalescence and Nanotube Rupture
Chuvilin, A.; Khlobystov, A. N.; Obergfell, D.; Haluska, M.; Yang, S.; Roth, S.; Kaiser, U.
Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 193-196. DOI : 10.1002/anie.200902243

フラスコの中では一体何が起こっているのだろう……?

化学者が毎日想像する化学反応の様子を観測してしまった、インパクト抜群な論文が登場しました。

冒頭の図にある黒い点は、ジスプロシウムというランタノイド原子。始めは、カーボンナノチューブの中のフラーレンのそのまた中に入っていたこの原子が、フラーレンを喰い破り、さらにはナノチューブまで破壊してしまった――「フラーレン」「カーボンナノチューブ」といった化学を好きな人なら一度は耳にしたことのある花形分子たちが反応するその様子を、TEMを用いてリアルタイムで捉えることに成功しています。

早速その内容を見ていきましょう。

 

ナノサイズの試験管

今回映し出されている「化学反応」は、いわゆるナノピーポッドが舞台となっています。

peapod.PNG

ナノピーポッドとはフラーレンを内包したカーボンナノチューブの総称で、さやえんどうを連想させる姿からこう呼ばれています。詳しくは後述しますが、TEMという電子顕微鏡は電子線を「透過」させて像を得るので、試料はある程度薄いことが求められます。その点、カーボンナノチューブは厚み(=直径)がナノメートルサイズなのでTEMと相性が良く、ナノサイズの「試験管」として注目を集めています。実際、ランタノイド原子を内包したフラーレン自体はこの「試験管」を用いることで観測された例が以前にもありました。

では、なぜ今回、その反応までもを捉えることができたのか……?

鍵となったのは2つで、フラーレンに内包させるランタノイド原子としてジスプロシウム; Dyを選んだことと、観測に使ったTEMの電子線の出力を低くコントロールしたことでした。

 

Dy@C82

2015-06-09_08-06-09

この、一見「目玉おやじ」にも見えるもの、これがジスプロシウムを内包したフラーレンです。

不勉強にしてランタノイドについて明るくはないのですが、多くのランタノイド原子は安定な酸化状態として通常3価のみをとる一方、ジスプロシウムは4価もとり、これが大変強力な酸化剤となるとのこと。これを活性種として、ジスプロシウム内包フラーレン2分子がラジカル的に反応する機構が提案されています。

これはつまり、Dy(III)とDy(IV)による触媒サイクルが成立しているということです。言葉の厳密な意味を考えると正しくない表現かもしれませんが、一つ目のキーポイントはいわば適切な触媒を選んだことと言えると思います。

 

この反応においてジスプロシウムの酸化に効いているのが、2つ目の鍵であるTEMの電子線です。

 

TEM

TEMTransmission Electron Microscopeの略で、日本語では透過型電子顕微鏡といいます。少し乱暴なたとえですが、TEMの原理は葉っぱを太陽にかざすと葉脈が透けてみえるのと似ていて、光の代わりに加速した電子を試料に当てて、透過してきた電子を観測しています。

今回の反応の引き金となっているのはこの電子線が持つエネルギーであり、これによってジスプロシウムが酸化され、前述のような反応が進むようです。

実はこの電子線の加速電圧を調整することがミソだったようで、強すぎると(エネルギーが大きすぎると)フラーレンやナノチューブを直接破壊してしまい、その速さはTEMによる観測の時間尺度より早くなってしまうとのこと。これまで化学反応が捉えられなかったのは、ここに原因がありました。

タイトルにMetal-Mediatedとあるように、今回はエネルギーを低くコントロールし、一旦ジスプロシウムに渡す過程を踏むことで時間尺度の問題を緩和でき、このような観測が可能になったようです。

 

化学反応を直接観測したといっても、まだ原子が置換される様子が手にとるようにわかるとは言えませんが、ここまで見えるようになったのか、というのにただただ感心してしまいました。同論文のSapporting Infomationには動画もありました。大学のHPにも上がっていてどなたでも閲覧できますので、ぜひご覧下さい(コチラ)。約2分程度の動画ですが、最後の数秒であっという間にナノチューブが切断される様は一見の価値ありです。

 

ところで、この記事を書いているあいだにも化学は進歩していたようで、先日は東大の中村栄一教授がさらに詳しく化学反応を観測することに成功したようです。(Nature Chemistry, 2009, 2, 117 – 124 DOI:10.1038/NCHEM.482)こちらについても後ほど紹介したいなと思います。

 

Avatar photo

arrow

投稿者の記事一覧

大学で有機金属触媒について研究している学生→発光材料や分子性電子素子を研究している大学教員になりました。 好きなものはバスケとお酒、よくしゃべりよく聞きよく笑うこと。 日々の研究生活で見、聞き、感じ、考えたことを発信していきます。

関連記事

  1. ペプチドの草原にDNAの花を咲かせて、水中でナノスケールの花畑を…
  2. アルケンの実用的ペルフルオロアルキル化反応の開発
  3. Merck Compound Challengeに挑戦!【エント…
  4. シクロデキストリンの「穴の中」で光るセンサー
  5. 一流科学者たちの経済的出自とその考察
  6. 2009年イグノーベル賞決定!
  7. フロー合成と電解合成の最先端、 そしてデジタル有機合成への展開
  8. マテリアルズ・インフォマティクスにおける分子生成の基礎と応用

注目情報

ピックアップ記事

  1. 実験計画・試行錯誤プラットフォームmiHubの大型アップデートのご紹介 ー研究者を中心としたマテリアルズ・インフォマティクスの組織的活用ー
  2. 2,5-ジ-(N-(­­­­–)-プロイル)-パラ-ベンゾキノン DPBQ
  3. 自己会合・解離機構に基づく蛍光応答性プローブを用いたエクソソーム高感度検出
  4. 第9回 野依フォーラム若手育成塾
  5. 博士号で世界へ GO!-ー日本化学会「化学と工業:論説」より
  6. 三共と第一製薬が正式に合併契約締結
  7. 【Q&Aシリーズ❷ 技術者・事業担当者向け】 マイクロ波による焼成・乾燥プロセス
  8. 日本プロセス化学会2018ウインターシンポジウム
  9. 福山インドール合成 Fukuyama Indole Synthesis
  10. 黒田チカ Chika Kuroda

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年1月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

遺伝子の転写調節因子LmrRの疎水性ポケットを利用した有機触媒反応

こんにちは,熊葛です!研究の面白さの一つに,異なる分野の研究結果を利用することが挙げられるかと思いま…

新規チオ酢酸カリウム基を利用した高速エポキシ開環反応のはなし

Tshozoです。最近エポキシ系材料を使うことになり色々勉強しておりましたところ、これまで関連記…

第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り拓く次世代型材料機能」を開催します!

続けてのケムステVシンポの会告です! 本記事は、第52回ケムステVシンポジウムの開催告知です!…

2024年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!

大変長らくお待たせしました! 2024年ノーベル化学賞予想の結果発表です!2…

“試薬の安全な取り扱い”講習動画 のご紹介

日常の試験・研究活動でご使用いただいている試薬は、取り扱い方を誤ると重大な事故や被害を引き起こす原因…

ヤーン·テラー効果 Jahn–Teller effects

縮退した電子状態にある非線形の分子は通常不安定で、分子の対称性を落とすことで縮退を解いた構造が安定で…

鉄、助けてっ(Fe)!アルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化

鉄とキラルなエナミンの協働触媒を用いたアルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化が開発された。可視光照…

4種のエステルが密集したテルペノイド:ユーフォルビアロイドAの世界初の全合成

第637回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科・天然物合成化学教室(井上将行教授主…

そこのB2N3、不対電子いらない?

ヘテロ原子のみから成る環(完全ヘテロ原子環)のπ非局在型ラジカル種の合成が達成された。ジボラトリアゾ…

経済産業省ってどんなところ? ~製造産業局・素材産業課・革新素材室における研究開発専門職について~

我が国の化学産業を維持・発展させていくためには、様々なルール作りや投資配分を行政レベルから考え、実施…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP