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化学者のつぶやき

ハワイの海洋天然物(+)-Waixenicin Aの不斉全合成

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強力かつTRPM7特異的阻害剤である(+)-waixenicin Aの初の全合成が報告された。ジアステレオ選択的な1,4付加による不斉点の構築と分子内アルキル化による9員環形成が本合成の特徴である。

(+)-Waixenicin Aの全合成

(+)-Waixenicin A (1)は1984年にScheuerとClardyによってソフトコーラルSarcothelia edmondsoniから単離された[1]。細胞増殖や細胞死に関与し、がんなどの薬剤標的として注目される一過性受容体電位メラスタチン7(TRPM7)チャネルの特異的阻害剤として作用する[2]。また、1は海洋性ジテルペノイドであるキセニアジテルペノイドの一種であり、合成化学的にも魅力のある複雑な多環式骨格(トランス縮合オキサビシクロ[7.4.0]トリデカン)をもつ。これまで、5つのキセニアジテルペノイド2–6の全合成が達成されている(図1A)[3]。しかし、4つの不斉中心に加え、酸に不安定なエノールアセタールと塩基に不安定な2つのアリルアセテートをもつ1の合成は困難を極め、単離から約40年もの間、全合成の報告はなかった。

Magauerらは1の合成に挑戦し、以下の逆合成解析を提案した(図1B)。まず、17への側鎖の導入により導けると考えた。7のトリフラート基は側鎖導入の足がかりとなるだけでなく、エノールアセタールの安定性を向上させると期待した。7の(E)-オレフィンを含む9員環はアリルブロミド9の分子内アルキル化により構築できると考えた。910のHWE反応と、チオアセタールの除去により生じるアルデヒドとTMSEエステルのアルドール反応により合成できるとした。10はエノン11へのジチアン12のジアステレオ選択的な1,4付加とヨウ化物13から合成できると考えた。

図1. (A) 全合成が達成されたキセニアジテルペノイド (B) 逆合成解析

 

“Total Syntheses of (+)-Waixenicin A, (+)-9-Deacetoxy-14,15-Deepoxyxeniculin,and (−)-Xeniafaraunol A”

Steinborn, C.; Huber, T.; Lichtenegger, J.; Plangger, I.; Wurst, K.; Magauer, T.J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 11811–11817.

DOI: 10.1021/jacs.3c03366

論文著者の紹介

研究者:Thomas Magauer

研究者の経歴:

2002–2007 B.S., University of Vienna, Austria (Prof. J. Mulzer)

2007–2009 Ph. D., University of Vienna, Austria (Prof. J. Mulzer)

2010–2012 Postdoc, Harvard University, USA (Prof. A. G. Myers)

2012–2017 Assistant Professor, LMU München, Germany

2017– Professor, University of Innsbruck, Austria

研究内容:天然物合成、有機合成化学、生物化学

論文の概要

著者らはまず、フルフリルアルコールから3工程で合成できるキラルなエノン11へのジチアン12の1,4付加により生じるエノラートに13を作用させ、ケトン14を単一のジアステレオマーとして得た。この際、溶媒にHMPAを添加することで12の1,2付加が抑制された。15のチオアセタールの除去、生じたアルデヒドとTMSEエステルとのアルドール反応により16を合成した。環化前駆体9を炭酸カリウムで処理すると環化が進行し、TASFを用いた脱炭酸により(E)-オレフィンを含む9員環形成に成功したが、1717’の混合物を与えた。これらのケトンをメチレン化すれば1の主骨格構築となるが、常法では反応は進行しなかった。最終的にZrCl4を用いた高井–ロンバード法が最適であり、C7/C8アルケンのE/Z異性化もなく、18を与えた。なお本条件において、1717’の混合物を用いても18が主生成物として得られたことは大変興味深い(収率83%)。得られたトリフラート18のホルミル化(19)、PMB基の除去、アセチル化により20a/bとした。立体化学の異なる20aはけん化とアセチル化を繰り返すことで所望の20bへと変換できる。その後、20bのBrownアリルホウ素化[4]およびアセチル化、酢酸メタリルとのオレフィンメタセシスにより1の合成を達成した。また、アルデヒド20bのプレニル化と続くアセチル化により、9-deacetoxy-14,15-deepoxyxeniculin(21)の初の全合成を達成した。さらに、21を炭酸カリウムで処理すると急速に転位が進行しxeniafaraunol A(22)が得られた。

図2. (A) waixenicin Aの合成 (B) 9-deacetoxy-14,15-deepoxyxeniculinおよびxeniafaraunol Aの合成

 

以上、ハワイ産の海洋天然物が単離から約40年かけてついに全合成された。化合物の不安定性を温和な反応条件選択と適切な化学変換で乗り越えた、まさに合成の匠のお仕事である。

参考文献

  1. Coval, S. J.; Scheuer, P. J.; Matsumoto, G. K.; Clardy, J. Two New Xenicin Diterpenoids from the Octocoral Anthelia Edmondsoni. Tetrahedron 1984, 40, 3823–3828. DOI: 1016/S0040-4020(01)88813-X
  2. (a) Sun, H.-S.; Horgen, F. D.; Romo, D.; Hull, K. G.; Kiledal, S. A.; Fleig, A.; Feng, Z.-P. Waixenicin A, a Marine-Derived TRPM7 Inhibitor: A Promising CNS Drug Lead. Acta Pharmacol. Sin. 2020, 41, 1519–1524. DOI: 1038/s41401-020-00512-4 (b) Zierler, S.; Yao, G.; Zhang, Z.; Kuo, W. C.; Pörzgen, P.; Penner, R.; Horgen, F. D.; Fleig, A. Waixenicin A Inhibits Cell Proliferation through Magnesium-Dependent Block of Transient Receptor Potential Melastatin 7 (TRPM7) Channels. J. Biol. Chem. 2011, 286, 39328–39335. DOI: 10.1074/jbc.M111.264341
  3. (a) Renneberg, D.; Pfander, H.; Leumann, C. J. Total Synthesis of Coraxeniolide-A. J. Org. Chem. 2000, 65, 9069–9079. DOI: 10.1021/jo005582h (b) Larionov, O. V.; Corey, E. J. An Unconventional Approach to the Enantioselective Synthesis of Caryophylloids. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2954–2955. DOI: 10.1021/ja8003705 (c) Mushti, C. S.; Kim, J.-H.; Corey, E. J. Total Synthesis of Antheliolide A. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 14050–14052. DOI: 10.1021/ja066336b (d) Hamel, C.; Prusov, E. V.; Gertsch, J.; Schweizer, W. B.; Altmann, K.-H. Total Synthesis of the Marine Diterpenoid Blumiolide C. Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 10081–10085. DOI: 10.1002/anie.200804004 (e) Williams, D. R.; Walsh, M. J.; Miller, N. A. Studies for the Synthesis of Xenicane Diterpenes. A Stereocontrolled Total Synthesis of 4-Hydroxydictyolactone. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 9038–9045. DOI: 10.1021/ja902677t (f) Fumiyama, H.; Takahashi, A.; Suzuki, Y.; Fujioka, N.; Matsumoto, H.; Hosokawa, S. Total Synthesis of Alcyonolide. J. Org. Chem. 2022, 87, 15492–15498. DOI: 10.1021/acs.joc.2c02031
  4. Brown, H. C.; Jadhav, P. K. Asymmetric Carbon-Carbon Bond Formation via β-Allyldiisopinocampheylborane. Simple Synthesis of Secondary Homoallylic Alcohols with Excellent Enantiomeric Purities. J. Am. Chem. Soc. 1983, 105, 2092–2093. DOI: 10.1021/ja00345a085
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