リコール不正 稚拙な犯行の罪は深い
2021年5月20日 05時00分 (5月20日 09時16分更新)
愛知県知事に対するリコール(解職請求)の不正署名事件で、逮捕者が出た。民主主義の柱である直接民主制を冒涜(ぼうとく)する犯罪行為を誰が主導し、動機は何だったのか。真相を解明せねばならない。
地方自治法違反(署名偽造)の疑いで逮捕されたのは、リコール活動団体事務局長の田中孝博・元愛知県議やその妻、次男ら。昨年十月、名古屋市の広告関連会社に依頼し、佐賀市内でアルバイトを使って署名を偽造した疑いがある。認否は分かっていない。
まず浮かぶ疑問は動機だ。団体トップだった高須克弥・美容外科院長のほか、河村たかし名古屋市長らが活動の前面に立ったが、リコール成立に必要な法定署名数に遠く及ばなかった。逮捕前、田中容疑者は「(高須院長に)恥をかかせるわけにはいかなかった」と述べている。
事務局長として一定数以上の署名を集めたいとの意識は強かったと考えられる。法定数に達しない署名簿を詳細に調べることは通常はなく、一部情報に基づき今回、県選管が綿密に調査したことは想定外だった可能性もある。
しかし、懲役刑も科される「犯罪行為」にまで手を染める動機になるかは疑問だ。容疑が事実とすれば、いつ、どういう経緯で一線を越えたのか、捜査によって詳細に解明してほしい。
逮捕前、田中容疑者は「(河村)事務所から指導をいただく立場だった」とも語っている。河村市長は事件への関与を全否定しているが、逮捕者まで出した活動の「主役の一人」として、自身の責任に真摯(しんし)に向き合うべきだろう。
アルバイトにひたすら名簿を書き写させ、団体幹部が五本指に赤インクを付けて指印する−。偽造の手口は稚拙とも言えるが、その罪は極めて重い。
愛知県東栄町では今春、診療所の縮小を巡り、町長のリコールに発展したが、署名集めは事件と結び付けられ、極めて難しかったという。リコールは欧米にならい、一九四七年施行の地方自治法で認められた直接請求権の一つ。国民が政治に参加する手段として、選挙権と双璧を成す制度が揺らぐことがあってはならない。
事件を告発した愛知県選管は今月、署名を集める受任者の住所や名前を事前に届け出るなど、現行制度の改善を総務省に提案した。事件の真相解明はもちろん、見直しや法改正を含めた議論を深めることで、再発防止や、制度の信頼を取り戻すことにつなげたい。
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