「どこかノスタルジックな世界観が好き」「心地よいメロディと透き通ったヴォーカルがたまらない」「浮遊感がある」「イントロがシビレる」「とにかく好き!」……。
語り尽くせない魅力が詰まったこの曲だが、誕生に至るまでにはスピッツのバンドとしての試行錯誤が数多くあったようだ。
3rdアルバムまで売れなかったスピッツ
インディーズ時代のスピッツはTHE BLUE HEARTSに影響を受けており、パンク色の強い疾走感あふれるサウンドを売りにしていた。
しかし、メジャーシーンを見据えたなかで、独自のカラーを出そうとアコースティック・サウンド寄りに、さらにフォークや歌謡曲のテイストを取り入れたメロディアスな楽曲にシフトしていく。
91年に待望のメジャーデビューとなるが、このころのスピッツの持ち味は「ロック」と「シュール」。しかし、当時のヒットソング、CHAGE&ASKAやDREAMS COME TRUEなどとはあまりに音楽の傾向が違いすぎた。
なかなか受け入れられなく、3rdアルバムまで鳴かず飛ばず。しかも、リリースのたびに売り上げは下がっていったと言うから、今からは想像できない惨状だ。
そこから、売れるためのポップな曲づくりを模索。さらに、プリンセス プリンセスやユニコーンをプロデュースし大ヒットに導いた笹路正徳をプロデューサーに迎えることで、現在に続くカラーが確立され始め、ようやくヒットの礎を築いていく。
「時代性がないこと」がスピッツの持ち味
7thシングル『君が思い出になる前に』はオリコンのシングルチャート33位。スピッツにとって初のチャートインとなる。
派手なアレンジの楽曲が主流だったなか、シンプルで飾らないこの曲は異彩を放っていた。客観的に聴いたヴォーカルの草野マサムネ自身が「いつの時代の曲だよ」とツッコミたくなるほど、時代とはマッチしていなかった。
続く『空も飛べるはず』は、あるドラマのタイアップ曲が予定されており、そのドラマのシナリオを読んだ草野がイメージをふくらませて2、3日で書き下ろした作品だ。結局、このタイアップは流れてしまったが、チャートは28位に上昇した。
もっとも、この曲は2年後にドラマ『白線流し』主題歌に採用された際に大ヒット。オリコン1位を獲得し、ミリオンセラーとなっている。
当時は知名度が足りなかっただけで、バンドとしてはすでに完成に近付いていたといえそうだ。
実際、この曲も収録されている5thアルバムはオリコンチャート14位に。ブレイクの足音はそこまで聞こえていた。
露出がないにも関わらず、売れ続けた『ロビンソン』
そして95年4月、11thシングル『ロビンソン』が発売。オリコン初登場9位にランクインを果たす。
当時のスピッツはテレビに出る存在ではなく、人気番組やCMのタイアップもなかったため、この好成績にはメンバーもスタッフも驚いたという。
一応、フジテレビ系平日夕方の帯番組『今田耕司のシブヤ系うらりんご』のタイアップが付いたが、4月限定の月間テーマソングであり、その影響力は正直微々たるものだった。
この番組は、関東ローカルの生放送バラエティであり、華原朋美がB級アイドル時代に大暴れしていた過激な深夜番組『天使のU・B・U・G(うぶげ)』(記事はこちら)に連なる、終始悪ノリ、下ネタ三昧の系統。
筆者的には、「スピッツ」と「ロビンソン」のどちらがアーティスト名かわからなかった記憶も……。冗談ではなく、当時はそういう声が本当に多かったのだ。
草野マサムネも『ロビンソン』が売れた要因がわからない!?
『ロビンソン』はチャートの最高位は4位ながら、ベストテン付近を長い間キープ。最終的に160万枚の大ヒットを記録し、現在でもスピッツ史上No.1の売り上げとなっている。
しかし、なんでこの曲がこんなに長く売れ続けたのか、曲を作った草野自身もいまだにわからないという。
「たまたま時代のバイオリズムとリンクしたのだと思う」と、控えめな分析もしているが、制作中には「いつものスピッツの地味な曲」と感じ、しかも「ポップすぎる」という理由から、シングルとして発表することにあまり乗り気ではなかったそうだ。それどころか、B面に収録した『俺のすべて』がA面になる可能性まであったとか。
もっとも、聞き手からしたら前述のように語り尽くせない魅力が詰まった名曲なのは間違いない。セールスの記録はもちろん、30組以上ものアーティストたちがカバーしていることからも明らかである。
「ヒットを狙ったのでなく、好きなように気負わずに作った曲が売れたのは嬉しかった」と自著でも語っている通り、この楽曲がヒットしたことは草野にとって大きな自信になった。以降のスピッツの快進撃はご存じの通りだ。
うっかりB面になっていたら……今のスピッツはなかったのだろうか。いや、スピッツの地力を思えばブレイク時期がズレただけで、きっと今と変わらない存在だったに違いないのである。
※文中の画像はamazonよりロビンソン