「偏見や差別は、無知と無関心から生まれる」のであれば……
今日、9月13日(現地12日)。プロテニスプレイヤーの大坂なおみ選手が「全米オープン」で2年ぶり2度目、グランドスラム通算3度目の優勝を飾った。決勝を含めた全7試合、大坂選手がつけていた7枚のマスクには、その一つ一つに、人種差別や警官によって命を奪われた黒人の犠牲者の名前が記されていた。今年5月、ミネソタ州ミネアポリスの路上で、白人警察官が無抵抗だった黒人男性ジョージ・フロイド氏の首を圧迫し殺害したことをきっかけに、全米各地で巻き起こったBLM運動。8月23日のウィスコンシン州ケノーシャでは、丸腰の黒人男性が背後から警官に7発撃たれ(車内にナイフがあったらしいが、かといってこれが白人だったら後ろから7発も撃っただろうか)、これに抗議する意味で大坂なおみ選手がウエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝をボイコットするなど、その影響は他方面に波紋を呼んだ。しかし、恐ろしいのはその大坂なおみ選手が棄権の発表をしたツイートについた差別的なリプの数々である。
「偏見や差別は、無知と無関心から生まれる」とよく言われるが、この言葉が指し示す通りであれば、大坂なおみ選手のツイートにクソリプを書きなぐった連中は、全員そろって自らの無知蒙昧を世間に晒しているということになる。しかし、逆に言えば、「興味を持って知ろうとすれば、偏見や差別は無くせる」のではないだろうか。
というわけで、奴隷時代→平等な権利を求めた時代→近現代と大きく分け、黒人差別の問題を描いた映画の中から、まさに今観てほしいと思ったものを抜粋し、劇中の年代順に並べ、作品の背景にある歴史上の事柄と共にリスト化した。基本的に実話を元にした映画、実際の事件の影響で生まれた映画を中心にチョイスしたので、映画を選ぶ際の参考にしていただきたい。(※Netflix・Amazon プライム・ビデオの視聴可能状況は2020年9月11日現在のものです)
※BLM<Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)>…直訳すれば「黒人の命も大切だ」の意。アフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行為に抗議し、非暴力的な市民的不服従を唱える運動。2013年、自警団員の男が17歳の丸腰の黒人少年トレイボン・マーティンを射殺した事件に無罪判決が出たことからSNS上に #BlackLivesMatter というハッシュタグが生まれ、拡散された。
現状を知るためにまず観てほしい2本
まずは米国における黒人の生活の現状知るために観てほしい2本。特に冒頭のナレーションから引き込まれる『13th -憲法修正第13条-』(Netflix/YouTube)(以下、13th)は必見。以下からも視聴可能なので、ぜひ再生ボタンを押してほしい(日本語選択可)。
『チェルシーが考える:私と白人特権』(Netflix)は『13th』と合わせて観ることで、差別の意識の差を有色人種と白人の両面から知ることができる。
奴隷時代の地獄を知るための4本
リンカーンが合衆国憲法修正第13条を議会で可決させるまでをご覧になりたい方にオススメしたいのが、リストにはないスティーブン・スピルバーグ監督の『リンカーン』(YouTube)。しかし『13th』を観た後だと、観てる最中「これが将来刑務所ビジネスとして悪用されるんだよな……犯罪への処罰は除くって一文を削ってくれ」とやきもきすること必至。時間がなくて全部観れないという方には、サブスクで観られる『それでも夜は明ける』(Netflix/Amazon プライム・ビデオ)と『大統領の執事の涙』(Amazon プライム・ビデオ)がオススメ。
平等な権利を求めた時代を知るための5本
奴隷制ではなくなり黒人にも選挙権が与えられたものの、南部では投票に行こうものなら白人にボコボコにされたり、殺されたりするなど、黒人差別と不平等が当たり前の社会だった。上のリストから特にオススメしたいのが、『マーシャル -法廷を変えた男-』と『グローリー -明日への行進-』の2本。
特に『マーシャル』は、先日癌との闘病の末に亡くなったチャドウィック・ボーズマンがハチャメチャにカッコいい。何なら彼が演じたアメコミ初の黒人ヒーロー『ブラックパンサー』のティ・チャラ王より気高い彼に出会えると言っても過言ではない。キャリアを通じて黒人の描かれ方と戦い、道を切り開いてきた彼が亡くなった今、全てのセリフに涙を禁じえない必見の一本である。
警官に殺されるか刑務所にブチこまれる今を知るための4本
公民権運動により、表面的には平等な権利を得たかのように見える近現代。しかし、有権者ID法など有色人種を選挙から締め出す手口が巧妙になっているだけで差別が消えたわけではない。少しでも不審な行動を取ればイライジャ・マクレーンのようにコンビニに、アイスティーを買いに行っただけで殺されてしまう。『フルートベール駅で』(Amazon プライム・ビデオ)と『ヘイト・ユー・ギブ』(Amazon プライム・ビデオ)は、その理不尽な現実をリアルに体感できるのでぜひ観ていただきたい。リストに上げたもの以外では、『グローリー』『13th』のエイヴァ・デュヴァーネイ監督が実際の冤罪事件を元に作成したNetflixドラマ『ボクらを見る目』(Netflix)もオススメ。
あの映画やあの映画を外した理由
以前このリストの簡略版をツイッターにUPした際、『グリーンブック』『ドリーム』『42〜世界を変えた男〜』などは入れないのかという意見をいただいた。これらは、マジカル・ニグロや白人救世主的な要素があり、批判も受けているのでこのリストからは除外したのだが、映画自体は非常に面白いので未見の方にはオススメしたい。(※『それでも夜は明ける』は、(史実とは言え)ブラピが完全に白人救世主的存在ではあるものの、奴隷時代の地獄を知るには観ておくべき作品だと思ったのでリスト入り)■白人救世主映画…差別や貧困など困難な状況にあるマイノリティ(大抵の場合黒人)を、「良い白人」もしくは「それまで偏見を持っていたり無関心だった白人」が救済する映画。
■マジカル・ニグロ…白人の主人公を助けるために、どこからともなく現れる魔法のように優れた力を持った黒人キャラクター。『バガー・ヴァンスの伝説』のウィル・スミスがその典型。モーガン・フリーマンはこの役回りが多い。
半世紀後の未来
このリストを作っていて改めて驚いたのだが、ご覧の通り黒人差別の問題は米国が独立する遥か前から世紀を跨いで続いている。「差別なんて過去のもので今は全然ない」
これは私が高校時代、米国に留学する直前の研修で、米国で事業をしているというゲスト講師(日本人)の言葉だが、留学先のフロリダでその言葉とのギャップに愕然とした。白人と黒人のグループは基本混ざらない。ランチタイムは白と黒でグループがくっきり別れ、中でも忘れられないのが、ピチピチのジーパンにシャツ全入れの白人男子2人組が、黒人のグループを見ながら私の前で言い放った一言だ。
「あいつら嫌い。もともと奴隷だったから」
かれこれ20年前の話である(……え、嘘、あれからもう20年もたったの?)。しかし、半世紀前には黒人と白人が同じ学校に通うことすら有りえなかったと思えば、世界はちょっとずつマシになっているのかもしれない。いや、蝸牛の歩みだが確実にマシになっている(はずだ)。もう半世紀後には、Black Lives Matter!と叫ぶ必要のない未来になっていると信じたい。
(ウラケン・ボルボックス)