NetflixやAmazonプライムビデオなどの映像配信サービスの隆盛によって、2010年代半ば以降、海外ドラマは大きな飛躍を遂げている。新たなアーキテクチャーの登場は新たな表現を生み、潤沢な資本と優れた作家たちの流入は必然的に作品の質と量を押し上げた。日本にはその状況はほとんど伝わってきていないが、こんなにエキサイティングな状況を見逃してしまうのはあまりにもったいない——それが本特集の根底に流れるアイデアである。
だが、海外ドラマに明るくない人たちにとっては、「何から観始めていいかわからない」というのが正直なところだろう。実際、今観ておきたい作品は山のようにあり、現在もなお生まれ続けている状況なのだから。
そこでFUZEでは、このエキサイティングな時代を思いきり楽しみ尽くすためのガイドとして、「2010年代の必須ドラマ ベスト20」を選出した。
選出方法は、15名のライター/編集者による投票制。投票に参加していただいた方は以下の通りとなっている。
投票者一覧(50音順)
渥美志保
磯部涼
宇野維正
木津毅
小林雅明
ジェイ・コウガミ
辰巳JUNK
田中宗一郎
豊田圭美(FUZE編集部)
ハイロック
萩原麻理
長谷川町蔵
丸屋九兵衛
渡辺志保
in-d(THE OTOGIBANASHI'S)
具体的な選出方法を説明しよう。投票者は必ず5作品以上を選出、全ての作品に点数をつけてもらっている。一人の持ち点は20点とし、一つの作品につけられる点数は最高で5点、最低で1点とした。なお、「映像配信サービスの隆盛以降」をひとつの区切りとしているので、選出する作品は「2015年以降に最新エピソードが放送/配信されたもの」に限定している。
結果、このランキングは、現在の海外ドラマを楽しむうえで、もっとも有用なガイドのひとつになったと自負している。と同時に、現在の海外ドラマを理解するためのさまざまな文脈がコンパクトに整理された見取り図にもなっている。これはきっと初心者だけではなく、海外ドラマを熱心に追いかけている人たちにも、何かしらの発見と驚きと興奮をもたらすものになっているのではないだろうか?
それでは発表しよう。これが、FUZEが選ぶ「2010年代の必須ドラマ ベスト20」だ!
次点
FARGO/ファーゴ
原題:Fargo(2014年4月)FOX/Hulu
小心者でマヌケな主人公がうっかり犯した犯罪をきっかけに始まる、ミネソタの田舎町を揺るがす(それなりの)大騒動を描くサスペンス。単なるマヌケ犯罪だったものを、小さな町に人知れず巣くっていた邪悪な連中が「そんなマヌケな話のワケがない」と深読みしてうごめき始め、アワアワとする主人公をしり目に雪だるま式の大ごとになってゆく……という展開には、1996年の傑作映画『ファーゴ』の世界観よろしく、ブラックな笑いと冷え冷えとしたバイオレンスがたっぷり。
シーズンごとの完結ものだが、ラストにわかる意外なつながりが何気に感動的。
(渥美志保)
こんな人がおすすめしています:渥美志保/ハイロック
ルッキング
原題:Looking(2014年1月)HBO/Hulu
ゲイであること自体が特別生きづらい時代でもなくなった(本作の舞台であるサンフランシスコのようなリベラルな都市では)。けれどもゲイだからこそ、向き合わなければならない恋や人生の問題もやっぱりある……。『ウィークエンド』で21世紀におけるゲイ映画の金字塔を打ち立てたアンドリュー・ヘイが制作・監督として携わり、もちろん俳優陣にもゲイの当事者たちを配置。最新のアメリカン・ゲイ・カルチャーを象徴するドラマ・シリーズとなった。
人種や世代や体型(ここ重要)がさまざまなイケメンたちが出てくるのも現代的で、そのため描かれる恋も多彩。ステレオタイプではない、インディペンデントなゲイの姿がここにはリアルに息づいている。
(木津毅)
こんな人がおすすめしています:木津毅/萩原麻理
20. ゲットダウン
原題:The Get Down(2016年8月)Netflix
オールドスクール・ヒップホップの歴史ドラマ『ゲットダウン』からは学ぶことが多かった。音楽、ファッション、グラフィティアート、ブロックパーティー、あらゆる文化背景のモチーフがふんだんに散りばめられた映像美。ユースを代表するヒップホップと、大人を象徴するディスコという音楽を使って世代を跨ぐ構図も分かりやすい。歴史に忠実であるべきなドキュメンタリー映画や伝記映画では描ききれない、グラム化された新しい音楽ドラマの形が生まれつつ合った。監督・製作総指揮にオーストラリア人監督バズ・ラーマン。アドバイザーにグランドマスター・フラッシュやカーティス・ブロウ、Nasが参加したというニュースで期待は高まったはずだ。しかし、「ヒップホップ歴史ドラマ」の始まりが「なぜバズ・ラーマンだったのか?」という単純な疑問だけが今も残る。改めて今作を振り返ると、そのクオリティよりも、伸びに伸びた製作期間と1シーズンを2回に分けて配信する解決策(これも配信時代ならではの業だ)の後にキャンセルが決定するというカオス的なシリーズの終わり方のほうこそ「ヒップホップ的」な魅力があったように感じられる。
(ジェイ・コウガミ)
こんな人がおすすめしています:磯部涼/長谷川町蔵
19. ツイン・ピークス The Return
原題:Twin Peaks The Return(2017年5月)SHOWTIME/WOWOW
このランキングの該当作品の選考基準に、2015年以降もシリーズが継続している/もしくは最新エピソードが放送されたシリーズ作品とあった。それが、この作品では、かなり異例だ。第3シーズンにあたる『ツイン・ピークス The Return』の昨年の放映(配信)開始日と、『ツイン・ピークス』第2シーズン放映終了日との間には、実に25年もの隔たりがあるからだ。
マーク・フロストとともに、このシリーズを産みだしたデヴィッド・リンチは(美術家として創作活動を始めた人だが)、その25年の間に、映画作家としてはもちろん、音楽家としても意欲的に活動し、いわば、「リンチ的空間」をより強固なものにしてきた。そういった意味においても、『ザ・リターン』については、第2シーズン以前(全部で30話!もある)に馴染みがない視聴者であっても、たとえば、リンチによるインスタレーションを体験するように楽しめると思う。
というのも、視聴者ごとに異なる見方や解釈が無数に生じても、それらをすべて受け止められるような強度を、もはや第2シーズンまでとは比べものにならないほど、作品そのものが有しているからだ。おまけに、それを、従来型のTVドラマのフォーマット内で(形式的な部分だけだ、といわれればそれまでだが)平然とやり続けているのだから、毎週番組につきあっていても痛快だった。
(小林雅明)
こんな人がおすすめしています:木津毅/小林雅明
18. ハノーバー高校 落書き事件簿
原題:American Vandal(2017年9月)Netflix
2010年代は情報の時代だ。今やSNSは大企業や選挙を動かす。ここで問題とされるのは「情報の信頼性」だ。ネットではデマが支持を集めることもある。メディア不信も高まる今、我々は情報とどう向き合えばいいのか? そんな「情報の脅威」に関心ある人には『ハノーバー高校落書き事件簿』がピッタリだ。
このモキュメンタリーは、高校の車に男性器が落書きされた事件から始まる。学校側は「迷惑行為で有名な不良」を犯人だと結論づけた。彼の犯行を目撃したと語る「嘘つきと評判の優等生」を信じたのだ。しかし、主人公はそれを否定する要素を発見した。車のペニスには陰毛がない! 不良は必ず陰毛を描くのだ! 主人公は、学校の人々が発する「情報」郡から「真実」を突き止めるべく、ドキュメンタリー製作を始める。——この二転三転する物語が描くものは「情報の脅威」、そして「イメージに囚われた情報」を発する人々の存在だ。
本作の批判対象は視聴者にも及ぶ。貴方は、この伏線だらけのミステリーを観たあと「真実を探る好奇心」をおさえられるだろうか? 残念ながら、この作品においてはファンがどんな名推理を披露しようと「イメージに囚われた情報の伝達」にしかならない。
(辰巳JUNK)
こんな人がおすすめしています:辰巳JUNK/in-d(THE OTOGIBANASHI'S)
17. The OA
原題:The OA(2016年12月)Netflix
7年間、失踪していた女子プレイリーが発見、保護された。だが両親は驚愕する。盲目のはずの彼女は目が見えるようになっていたのだ。その奇跡の裏にはロシア新興財閥の興亡と臨死体験、そしてマッド・サイエンティストの姿が……と書いたところで、何のことかわからない。いや、観たところで意味がよくわからないオカルトSFミステリー・ドラマ。
でもここで並べたキーワードに何かを感じたなら、楽しめること間違いなし。シーズン1の最終回には説明不能の感動を味わえるはず。脚本をみずから書いて主演もこなしたブリット・マーリングには「女シャマラン」の称号を差しあげたい!
(長谷川町蔵)
こんな人がおすすめしています:木津毅/ジェイ・コウガミ/長谷川町蔵
16. ハウス・オブ・カード 野望の階段
原題:House of Cards(2013年1月)Netflix
このドラマの大好きな点はいろいろあるが、まず監督が大好きなデヴィッド・フィンチャー。主演にケヴィン・スペイシー。このふたりがタッグを組んで面白くないはずがない。
デヴィッド・フィンチャーはもともとミュージックビデオの監督で、その映像の美しさでも知られているが、ハウス・オブ・カードもドラマというカテゴリーを超越したずば抜けた映像美がホワイトハウスという舞台と重なってとてもリッチな質感に仕立てられている。
ケヴィン・スペイシー演じるフランシスの陰謀と策略が、美しさの中で静かに実行に移されていく。これがまた不気味な効果を最大限に引き出している。説明部分もナレーションではなく、フランシス本人の語りによるところもこのドラマの特徴的な魅力だ。
(ハイロック)
こんな人がおすすめしています:渥美志保/ハイロック
15. SHERLOCK/シャーロック
原題:Sherlock(2010年7月)BBC/Hulu、Amazon ビデオ
金融街にガーキンがそびえる現代ロンドンで同居を始める、自閉症スペクトラムの探偵とPTSDを持つ元軍医。シャーロック・ホームズを翻案するにあたって、その設定だけでもBBCドラマの最先端として世界にアピールするのに十分。くわえてコナン・ドイルおたくの『ドクター・フー』製作陣が原作ネタを織り込み、ポール・マクギガン監督がスマホの画面を模したスピーディでギークな映像を作ったりしたものだから、ファンが何度でも反芻して楽しめるドラマに。グローバルな時代に、伝統ってこうやって利用すればいいんですね!
ベネディクト・カンバーバッチとマーティン・フリードマンが一躍世界規模のスターになったのもここから。ふたりの関係に敏感に反応した女性ファンの熱狂を受け、シーズンを重ねるごとにブロマンスを追求し、物語自体にファンダムを登場させたりするところも新しかった。軽さとウィット、遊び心が一番楽しめるのはシーズン2あたりか。リアルタイムで海外腐女子の反応を見てるだけでも面白かった。
(萩原麻理)
こんな人がおすすめしています:萩原麻理/丸屋九兵衛
14. オレンジ・イズ・ニュー・ブラック
原題:Orange is the New Black(2013年7月)Netflix
Netflixオリジナル作品の質の高さを証明してみせた金字塔的ドラマのひとつ。生々しくも、感情豊かな刑務所の女たちは皆そろって魅力的。そして、とにかく強い。物語の中心となるパイパー役のテイラー・シリングほか、表情豊かな黒人女優のウゾ・アドゥーバや、トランスジェンダー女優のラヴァーン・コックスらの存在を広めた本作の功績は大きいのではないだろうか。
国籍や宗教、肌の色、セクシャリティを越えた、女同士のドラマが凝縮された名シリーズ。
(渡辺志保)
こんな人がおすすめしています:渥美志保/辰巳JUNK/渡辺志保
13. DEVILMAN crybaby
(2018年1月)Netflix
日本で動画配信サービスのオリジナル・ドラマ制作が難航しているなか生まれた、数少ない名作のひとつ。それはアニメーションというジャンルに留まらないどころか、作品に「社会状況を反映しない」形でしか社会状況を反映しなくなってしまった本国のサブ・カルチャーでは、類稀な明解さを持っていると言っていいだろう。
永井豪の原作に忠実なバージョンだとされるが、アレンジにおいて秀逸だったのは、主要な舞台のモデルをラップ・ミュージックの新たな聖地として知られる多文化地区で、近年、ヘイト・デモに狙われた川崎区にしたこと。結果、ラッパーに狂言回しをやらせるという、ともすると浮ついたものになりそうなアイディアは地に足着き、何よりもデマゴギーやジェノサイドというテーマが現実味をもって迫ってくる。
(磯部涼)
こんな人がおすすめしています:渥美志保/磯部涼/豊田圭美(FUZE編集部)
12. エンパイア 成功の代償
原題:Empire(2015年1月)FOX/Amazon Video、WOWOW
全米最大の音楽レーベル「Empire」を舞台に、そこにある人間模様をスリルとサスペンスたっぷりに描く。音楽業界の覇権争いと社内の権力闘争の主役は、伝説的スターにして家長のルシウスを筆頭としたライオン一家。
なかでも魅力的なのは、元妻クッキー役で大ブレイクしたタラジ・P・ヘンソンの突き抜けっぷり。アニマル柄、毛皮、ボディコン、ピンヒールというド派手ファッション、金と権力にモノを言わせる帝王ルシウスに真っ向勝負の肝の座り方、動物的な勘と熱い義理人情で、ヤバいヤツらから大物歌手までその気にさせる敏腕プロデューサーぶり……これぞ#Metoo時代にふさわしいスーパー女性キャラ。さまざまなアーティストがご本人役で歌を披露するのも大きな見どころ。
(渥美志保)
こんな人がおすすめしています:渥美志保/丸屋九兵衛/渡辺志保
11. マインドハンター
原題:Mindhunter(2017年10月)Netflix
そもそも「ドラマ」の定義とは何か。それは、ある特定の主人公が存在し、彼/彼女が何かしらの障害/受難を乗り越え、自己実現と成長を果たすという、そもそも紀元前から存在した「物語」の形式のひとつ。方や「映画」とは19世紀に産み落とされた異形のアートフォームであり、その語源、出生からして「アクション」を捉えるものだ。つまり、映画には主人公も物語も必要ない。かつてはそれが映画だった。だが、2018年現在、大方の映画と呼ばれる作品の多くは物語やドラマを伝えるためのヴィークルに堕しつつある。その是非についてはさておき、少なくとも受容においてはその傾向はさらに強まりつつある。多くの観客は「映画」ではなく「ドラマ」を観ている——それが「映画」であろうと「ドラマ」であろうと。
シーズン1全10話の内、最初の二話と最後の二話は製作総指揮であるデヴィッド・フィンチャー自身が監督。それぞれの二時間が彼の「映画作品」だと言っても差し支えない仕上がり。その他の6話を他のディレクターが「フィンチャー的演出」を的確になぞることで、「配信ドラマの世界で映画を撮ることの可能性」を示してみせた。『ハウス・オブ・カード』の次の一手と言っていいだろう。脚本は凄まじく緻密、演技は素晴らしいが、映画としては素人並みの『スリー・ビルボード』がアカデミー作品賞にノミネートされる文化的な磁場にあって、この「配信ドラマ」はいまだ辛うじて「映画」としての矜持に溢れている。最終話でのレッド・ツェッペリンの使い方が最高でした。
(田中宗一郎)
こんな人がおすすめしています:木津毅/田中宗一郎/ハイロック
10位〜1位はこちら
あなたがもっとも心に残った海外ドラマを教えてください。Twitter/Instagramでの投稿は #海外ドラマは嘘をつかない をつけて、ライター&編集部へ直接送るにはメール(fuze-pitch [at]mediagene.co.jp)かLINE@の1:1トークを使ってください。
目的と価値消失
#カルチャーはお金システムの奴隷か?
日本人が知らないカルチャー経済革命を起こすプロフェッショナルたち