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テイラー・スウィフトの政治発言は何を変えたのか? ライター佐久間裕美子が語る、政治化するエンタメ

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エンタテインメントと政治の関係が、社会の常識を変えようとしている。アメリカのメインストリーム・カルチャーでは昨今、テイラー・スウィフトやチャイルディッシュ・ガンビーノ、コリン・キャパニックなどに代表されるように、音楽や映画、スポーツが#metooやダイバーシティなどの政治的・社会的アジェンダと密接につながるように進化してきた。

なぜ彼らは「政治化」するようになったのだろうか。そしてこの新しい時代におけるエンタテインメントと政治というテーマを、日本人はどう捉えていけばいいのだろうか。東京・渋谷で開催されたビジネスカンファレンス「MASHING UP」で来日した、ニューヨーク在住のライター佐久間裕美子氏に聞いた。

FUZE:今回の特集では「政治化するエンタテインメント」というテーマで、政治や社会とメインストリームカルチャーのつながりに注目しています。そんななか、テイラー・スウィフトが政治的スタンスを表明したニュースは日本もNHKが取りあげるほど大きく報じられました。アメリカ国内では、どの辺りで一番インパクトがあったと思われますか?

佐久間: 中間選挙前にテイラー・スウィフトが民主党支持を表明したことには、アメリカだけでなく世界の誰もが「え!」って思ったはずです。テイラー・スウィフトは、これまで政治とは完全に距離を置いてきました。政治スタンスを表明することは、分断に加担するというイメージが付きやすいリスクがあるからです。前例では2003年、当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領がイラク戦争を始めたとき、ブッシュ一家と同じテキサス州出身のカントリーミュージック・グループのディキシー・チックスが反対を表明したんですね。そしたら保守層が彼女たちをボイコットして彼女たちは一部のファンを失った。

テイラー・スウィフトの政治発言が与えた最大の影響は、選挙に関心の無かった人たちを動かしたことにあります。最初にInstagramで投稿した週末(2018年10月7日)、16万人が新たに「vote.org」で選挙登録を行っているんですね。16万人が選挙に加われば、地方選挙では票が動く可能性は大きく高まります。今、政治で一番の問題は、みんな「自分は関係ない」と思って無関心でいる人が圧倒的に多いこと。アメリカの中間選挙というものは、普段、投票率は大統領選挙に比べて低くなる。ですが、2018年の中間選挙は、歴史的に高い50%近くの投票率を達成したんですね。

注:2018年投票率は49.3%。1914年に50.4%を記録して以来、最高記録を達成
The Taylor Swift effect: Nashville sounds off on singer's political endorsements | Music | The Guardian
2018 election voter turnout: the record-setting numbers, in one chart - Vox

FUZE:テイラー・スウィフトの発言に代表されるように、誰かの後押しされることで選挙への関心度が変わった勢いはありましたか?

佐久間:今回の中間選挙は注目度も高かったし、運動も盛りあがったのですが、投票前、どこかに「やっぱり地方選挙だから」という懸念はあったと思います。例えばニューヨークの選挙は、投票前から結果が見えている。だから大勢は「自分が参加しても無意味」と感じてしまいがち。だけど、州議会では1票差で決まったところもあったの。1票差で政治家が決まるなら、絶対選挙に行ったほうがいい!

共和党に投票する人たち、民主党に投票する人たち。すでに各党に投票することを決めている人の考えを変えることは難しい。ならば、どちらに投票するか決めていない中間の人たちが動くしか変わる可能性はない。今回はテイラー・スウィフトという最も影響力ある存在が動いたことで、選挙に行って政治に参加することが大切だと改めて気付かされた。そういう見方では、セレブリティ・エンドースメントは意味を持つようになったのかもしれません。

注:ケンタッキー州下院選挙で、民主党候補のジム・グレンが現職の共和党DJ・ジョンソンを1票差で競り勝った。
Glenn sworn in as 13th District representative | Local News | messenger-inquirer.com

なぜテイラーは、民主党支持を表明したのか

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Photo by Getty Images

FUZE:なぜテイラー・スウィフトは今回、民主党支持を表明したと思いますか?

佐久間:テイラー・スウィフトは今まで全く政治的な発言を避けてきただけでなく、前のテネシー州の候補がテイラー・スウィフトにエンドースメントを求めたときも断ったように、政治には意図的に距離を置いてきました。今回は、言わざるを得ない状況に彼女も追い込まれたのかもしれません。なぜなら彼女は、アメリカ白人ナショナリズムのシンボル的な扱いを受けはじめていました。黙秘することで、ナショナリズム側と見られるのではないかという懸念もあったと思います。さらに、テネシー州の選挙では、共和党の候補者マーシャ・ブラックバーンはLGBTQの権利に反対する女性だった。女性候補者に投票することは、社会の進歩に投票するような錯覚を起こさせる。だけど女性の政治家のなかにも、男性社会にすり寄っていくことで政治活動を拡大させていく人もいますよね。そういうなかで、テイラー・スウィフトは民主党候補を支持するだけでなく、ブラックバーンを批判しました。

テイラー・スウィフトの発言はマーケティングだよという人もいました。でも私は、彼女の投稿を見たとき、本人が書いたのだと思いました。プレスリリースっぽい定型文ではなかったし、共和党候補には投票できないという理由付けもちゃんとしていて、リアルさを感じました。それであれほどの多くの人が動かされたと思う。

FUZE:中間選挙では、他にどんな課題と可能性が見えてきましたか?

佐久間:今回の中間選挙では、女性の投票が与えた影響が大きかったと思います。女性候補の勝ち方を見ると、危機感が感じられました。アメリカの政治家の圧倒的多数は、ストレートの白人男性です。今回の選挙では、それ以外の人たちが大勢立候補しましたし、実際に勝利したケースも多かった。

今回アメリカで初めて、ネイティブアメリカンやイスラム教徒、オープンなゲイの議員が生まれました。今までは出馬しても勝てなかった。ということは社会は進んでいるのかなと。ニューヨークやカリフォルニアに暮らしていると、アメリカは移民や奴隷、人種がいた歴史が社会の成り立ちの根本的な部分だと、みんなが思って生きていた。だからダイバーシティが大切で、みんな違うのが当たり前だという考えが主流です。

だけど、2016年の大統領選挙では、アメリカ全体が白人至上主義の台頭に気付けなかった。2018年の中間選挙は、それに対してノーと言えるかどうかという初めての選挙でした。だから本当は、人種や性別に対する偏見が減ったというより、偏見が思った以上にまだ残っていたということに、ようやくみんな気が付いてアクションを起こしたのが、今回の選挙だったと思います。

#metooやサイレンスブレイカーに対しても同じで、大多数の人が「セクハラを受けていた人たちがいまだにこんなにいたのか」と驚いたと思う。ひとりが沈黙を破ったら、権力を持った白人おじさんがやってきた酷い仕打ちが次から次へと出てきたことで明らかになったけれど、今までみんな気付けなかった。

この前、国連の報告書で、女性にとって一番危険な場所という調査で「家」と答えた女性が一番多かったという発表がありました。家庭内暴力に怯える女性がそれだけいる。ひどい目にあっている女性たちが想像以上にいるんだということがわかってきている。

だからこそ、テイラー・スウィフトが政治的スタンスを発言した決断の影響力はとてつもなく大きい。なぜなら彼女は白人至上主義者にも人気があり、LGBTQにも人気がある人だった。どちら側かを取らなければいけない状況にあったなかで、彼女は保守ではなく、プログレスの側に立った。彼女の決断が声を上げられない人に勇気を与えただろうし、救われた人がいるはずです。

注:87000人の女性が家族またはパートナーによって殺された。2017年の50000人から58%上昇。
Home, the most dangerous place for women, with majority of female homicide victims worldwide killed by partners or family, UNODC study says

社会や政治との関連性を見つけるのが難しいと感じているアメリカの若者

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佐久間裕美子氏は、2018年11月29〜30日に渋谷・TRUNK(HOTEL)で開催されたビジネスカンファレンス「MASHING UP」で、ヤフーの西田修一さんとともに「ダイバーシティをブームで終わらせない方法」を語り合った。本インタビューはその直後に行われたものである。
撮影/間部百合

FUZE:社会で顕在化していない問題が選挙と結びつくところが、政治大国のアメリカらしいといえばらしいですね。

佐久間:一方で、ディスコネクト感というか、アメリカの若い人たちのなかには、自分と社会、政治との関連性を見つけるのが難しいと感じている人もいる。それが政治の一番の課題だと思います。

現状がマズイと危機感を思って投票に行った人は増えた。でも同時に、白人保守層は今まで与えられてきた特権にしがみつこうとしている。そこでバランスの崩壊が今起きているんです。前進しようとするリベラルやミレニアル世代と、それを止めようとする層の対立は、今後も必ず起き続ける。トランプ政権誕生後の2年間で、共和党はせっせと選挙区の引き直しをやっていたんです。共和党が勝ちやすいようにしていたのですね。でも、中間選挙では特に下院で民主党が躍進した。アメリカ人はそこまで馬鹿じゃないと私は思えたんです。

FUZE:アメリカの選挙システムに問題があることは、あまり日本では語られていないですね。

佐久間:大統領選挙のときには投票人システムが問題になりますが、それ以外に投票所が遠い、車がないと投票所に行けないという問題がある場所も多い。例えばニューヨークだったら、歩ける距離に投票所がありますけど。あとは、投票日が平日なので、仕事が休めないという理由で選挙に行かない人がいる。

FUZE:働いている人は無理ですね。

佐久間:そう。中間選挙の朝、投票所に行ったら、見たこと無いほど長い列ができていた。仕事があるから、待てない人もいた。だから「選挙に行こう」と言うのは簡単だけど、投票するための環境は今でも平等に与えられていない。そこは難しいところです。

FUZE:2年も前になりますが、ドナルド・トランプ対ヒラリー・クリントンという選挙のときでは、アメリカ人の政治への関心はどのようなレベルにあったのでしょうか?

佐久間なぜ2016年にヒラリー・クリントンが勝てなかったのか?という議論ですよね。ヒラリー・クリントンが負けた日の朝、投票所を見に行ったらガラガラだった。世論調査の結果を見て、どうせ勝つから自分が行かなくてもいいよね、と思った人も多かったと思う。多分ね、オバマ時代が平和だったから、社会や政治が問題なく動いていると錯覚してしまった人もいると思う。

逆にヒラリー・クリントンが大嫌いな人は大挙して喜んで選挙に行った。日本だとあまり理解されていないかもしれないけれど、アメリカの保守層と共和党エスタブリッシュメントでクリントン家はすごく嫌われているんですよ。その背景には、最年少で大統領になったビル・クリントンが、マイペースに政治を運ぼうとして共和党の大反発を招いたことや、女性スキャンダルで伝統的な価値観を崩壊させていると思われたこともある。ヒラリー・クリントンが当時、政治の素人にも関わらずエスタブリッシュメントを迂回して国民皆保険制度を作ろうとしたことも理由のひとつです。

FUZE:ビル・クリントン時代からの政治的背景が2010年代にも繋がっている。

佐久間:そう。もうひとつは、アメリカでは今、「白人ナショナリズム」の台頭が問題視されています。新著「My Little New York Times」でも書きましたが、クリントン政権のFBIが過疎地で活動している団体を何度か取り締まり1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破の惨事を引き起こした首謀犯のティモシー・マクベイのように、アメリカ国内の事件を見て、連邦政府に反感を抱いて過激化する人も増えた。白人テロリズムの誕生ですよね。

FUZE:マクベイも共犯者のテリー・ニコルスも1993年のテキサス州ウェーコで起きたカルト教団とATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)との銃撃戦に影響されたと当時報じられました。

佐久間:マクベイはもともと軍人ですよね。白人の自警団ともつながりがあって、反政府の過激な思想を募らせていったという人生を送ってきた。そういうタイプの人たちがトランプ人気の一翼になった。

さらに言えば、民主党は若者に支持されていたバーニー・サンダースを落としてヒラリー・クリントンを候補者にしてしまった。だから、民主党支持者やリベラル寄りな層からも離反者が出たし、投票率の低さを招いた。つまり、トランプの人気が2016年のすべての答えじゃなかったんです。いまだに「アメリカ人はトランプを好きなんですよね?」って聞かれたりするんですけど、背景はとても複雑なんです。

2020年の大統領選の話題は盛り上がっているか

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Photo by Getty Images

FUZE:中間選挙後、2020年の大統領選の話題は盛り上がっています?例えば、共和党への対抗馬は誰ですか?

佐久間:民主党からは、エリザベス・ウォーレンやカマラ・ハリスなどの女性候補たちが名乗りを上げています。バーニーも出るんでしょうね。大穴としては、テキサス州の元下院議員ベト・オルーク。

FUZEオルークはメキシコ国境沿いのテキサス州エルパソ出身、「オバマの再来」とも言われた人ですね。

佐久間:とにかく演説が上手くて、カリスマ性が高い。そしてオバマのエンドースメントのオファーを断ったという話も良い。今まで共和党に投票してきた人も、バーニー・サンダースを支持してきた人たちも取り込める可能性がある。いろいろな要素がそろっています。

例えばテキサス州は、1996年から一度も民主党候補が上院選挙に勝ったことがない保守州ですが、ダラスやオースティンなど都市部は民主党支持率が高い。今回も、誰もが絶対勝てないと思っていた選挙戦で、テキサスの共和党議員テッド・クルーズに対して接戦になった。この意味はとても大きい。そしてオルークが負けた瞬間から「2020」という言葉が出てきました。

FUZE:現代アメリカ人の政治に対する認識はどう見ていますか?

佐久間:アメリカ人という国民は政治が大好きです。でも他人にあれこれ言われたくない、という開拓時代の精神は根強いので、有名人の政治的発言にはある程度の反感が噴出します。例えば、元NFL選手のコリン・キャパニックが警察の暴力に抗議して、国歌斉唱中に膝をついたことや、ナイキの広告で反感を買った大きな理由は、スポーツ選手はスポーツだけやって楽しませればいい、という上から目線が今でもはびこっているから。スポーツ選手は試合だけやって、ミュージシャンは音楽だけやっていればいい、という上から目線に、いまだに奴隷扱いなのかと思います。

でも、スポーツかエンタテインメントか政治ではなく、私は誰もが自分の立場を表明するべき時代が来たのだと思っています。そこを攻撃する人は今でも多いけれど。発言できる環境作りが大事。そしてオンラインや実生活で、嫌がらせなどに遭う人たちの救済処置が大切です。

いまだに仕事の現場で「これ、セクハラだよ」と思うことありますよ。今なら #metoo があったから「それ、NGですよ」と言える。 発言できるようになったことが進歩なのだと思います。

FUZE既存概念に縛られた人からの反感で対立が生まれたり、社会に対して無関心な人が増えているのは、日本も変わらないように感じます。

佐久間:日本でもアメリカでも、政治や社会の問題を他人事だと思っている人が多すぎますね。無関心の理由には「どうせ変わらない」という諦めや「自分に関係ない」という誤解があります。 例えば自分には性問題は関係ないと思っている人は多い。けれどそれでは社会は前に進まない。いつまでも多数派のための社会になってしまうと思うんですね。メディアやジャーナリストは、みんなが自分事として社会問題を考えられるようになるために、どういう伝え方ができるかを常に考えていかないといけないと思います。

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佐久間裕美子sakumag.com ライター)1996年に渡米し、1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。著書に「My Little New York Times」(NUMABOOKS)、「ピンヒールははかない」(幻冬舎)、「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、翻訳書に「世界を動かすプレゼン力」(NHK出版)、「テロリストの息子」(朝日出版社) 。慶應大学卒業。イェール大学修士号を取得。

撮影/野澤朋代

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