1 #ロック復権

みのミュージックと田中宗一郎が語る「2023年、ロックは復権するのか」

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「2023年、ロックは復権するのか?」。このシンプルかつ巨大なテーマを語り合ってもらうのは、新旧かつ国内外問わずのロックを中心とした情報発信を続けるYouTubeチャンネル「みのミュージック」の「みの」さんと、FUZEではお馴染みの音楽評論家・田中宗一郎さん。

ロック不遇の時代と言われた2010年代の振り返りから、現状の認識、そしてこれからロックはどうなっていくのか? みのさんが経営する新宿・歌舞伎町にあるレコードバー「烏龍倶楽部」で語り合いました。

「日本=ロック大陸」という構図と、コールドプレイ&マルーン5という“王者”

──おふたりは、2010年代を通してロック音楽はどういう状況にあったと捉えていますか?

みの:世界的な視野ではロックが不遇の時代だったかもしれないんですけど、邦楽シーンにおいては一番売れていたのがロックだったと思います。

田中:そうですよね。日本はずっとロック大国だった。90年代から2010年代にかけてロックサウンド、あるいは生バンドの音楽が廃れなかった唯一の国が日本かもしれない。ガラパゴスであることというのは当然良い面と悪い面があるんですけど、この20年間は日本の文化的風土の特異性が際立つ時代だったのは間違いないですね。

ただ、僕は英語圏――特にアメリカとイギリスの音楽を中心に聴いてきた人間なので、2010年代を通してロックバンドやそのサウンドは、文化的にも経済的にも明らかにインパクトを失った時代だったと思っています。

──田中さんは2011年までは音楽雑誌『snoozer』の編集長をしていましたが「ロックが力を失いはじめた」と感じたタイミングは?

田中:まず、2010年代前半にロックを定義したバンドは、コールドプレイとマルーン5だと思うんです。ここで重要なのは、彼らが00年代に隆盛を極めたインディーロックとどういう関係にあったか。コールドプレイはいわゆるインディーロック村からは二番煎じの柳の下のドジョウだとずっと言われてきた。マルーン5の前身バンド――グリーンデイやウィーザーをロールモデルにしていたカーラズ・フラワーズもやはりインディーロック界隈からは受け入れられず、ジャミロクワイを最大のロールモデルとするマルーン5として再出発するという経緯があります。

みの:確かに、マルーン5はちょっとR&B系っぽい感じでシーンに出てきましたよね。

田中:そう。それが2002年のことですね。ロックのコミュニティに受け入れられなかったから、その外側のサウンドを取り込むことで再生を図り、その結果エスタブリッシュされた。要するにコールドプレイとマルーン5の勝因は、ロックコミュニティの外側にいたことこそにある。だからこそ、彼らは「ロックバンド」を定義することができた。そんな風に彼ら2組が完全にロックの覇権を掌握したその後の時代が、2010年代だったわけです。

田中:マルーン5は2010年に「Moves Like Jagger」という曲を出すんですけど、それはミック・ジャガーというロックのアイコンが“ネタ化”したことを意味していて、ロックがカルチャーの中心ではなくなりつつあったことの象徴だとも言えると思います。

ロックが対応できなかった、2010年代のサウンドフォルム

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YouTubeチャンネル「みのミュージック」の「みの」さん

みの:マルーン5とかコールドプレイのアプローチには、サウンドのフォルムの流行も影響している気がしますね。2010年代はジェイムス・ブレイクみたいな、すごく低いところまで低域が出ていて、逆に中音域がスカスカで声がリッチに聞こえるサウンドが流行って、それが主流になりましたよね。

田中:2010年代前半から隆盛を極めたジャンルはEDMとトラップですよね。EDMには中域がしっかりあったけど、トラップは何よりも重低音のサブベースと、3連で刻む808っぽい音色のハット。つまり、中域がすっぽり抜け落ちているんです。

Video: Migos ATL / YouTube

田中:2010年代半ばぐらいから、ケイティ・ペリーやベックのようなポップミュージシャンでさえそのフォルムに接近しようとします。その完成系がビリー・アイリッシュであり、彼女が2010年代の終わりに世界最大のスターの一人になったのは音楽的にも必然だと言える。と同時に、2010年代というディケイドは全世界的にストリーミングが浸透した時代でもあるわけじゃないですか。この中域が抜けて、音の定位がクリアなサウンドは、その再生環境にとても適していたんですね。

みの:そうした方法論にとって、エレキギターってすごく邪魔な存在なんですよ。

田中:中域をドカンと出す楽器だから。

みの:そう。最近では、ビリー・アイリッシュのプロデュースも務めるフィニアスが、サウンドの位相をおかしくすることで歪んだ音を今のフォルムに取り込もうとチャレンジしている気がしますけど、ロックバンドはそうしたサウンドの流行との折り合いを10年間つけられなかった。

Video: Billie Eilish / YouTube

みの:そして、ロックの衰退にはリズムの影響もあると思いますね。もともとロックはリズムの揺らぎがストロングポイントだったけど、ProTools以降の主流となったグリッドにリズムを合わせるデジタルレコーディングと相性が悪かった。とはいえ、一方でヒップホップはJ Dilla再評価の影響もあって、リズムが揺らぐ方向に向かっていっていた部分もあるんですけどね。だからロックが周回遅れになっちゃった感じがありました。

ロックバンドとSNSは相性が悪かった? リアルとファンタジーのバランス

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音楽評論家・田中宗一郎さん

──ChatGPTに「ロックが衰退した理由」を質問してみたところ、その回答の中に「ラップやポップのミュージシャンと比べ、ロックミュージシャンはSNSを活用できなかった」というものがあり、これはおもしろい視点だと思いました。

田中:たしかにそれはあると思いますね。例えば、パンクの場合、オルタナティヴなエコシステムを自分たちで作りあげようとしたわけだけど、元々ロックバンドのカルチャーって「自分たちのエコノミーを作る」という発想じゃなく「搾取されることで搾取し返す」というものだと思うんですよね。だから、ソーシャルメディア以降のクリエイターエコノミーという発想とは無縁。だからこそ、ソーシャルメディアを有効活用できなかった。それに対して、それまでは被写体として好き勝手にイメージを操作されていたポップはソーシャルメディアを活用することで諸々の実権を奪い返し、その結果、巨大なファンダムエコノミーを生み出していったわけだし、やはりひたすら搾取され続けてきたラップには自分たち独自のエコノミーを生み出そうというアイデアが明らかにあった。

みの:「リアルであること」を一番良しとするラップのカルチャーやストーリー性って、SNSとの親和性がすごく高いと思うんですよね。ラップにはSNS上の行動や発言を楽曲で伏線回収する楽しさがあるけど、ロックバンドにそういう期待を持つ人はいない。

田中:ファンタジーを提供するのがロックのカルチャーだから。例えば、フレディ・マーキュリーやデヴィッド・ボウイは、現実にはありえないようなファンタジーをナラティヴ化させることで現実を変えていくことを目論んだわけです。

みの:でも、一方で「リアルの追求」には限界があるとも思うんですよね。

田中:僕もそう感じた事件が2017年にありました。Tay-Kというアメリカのラッパーの「The Race」って曲が2017年に大ヒットしたんですけど、それ以前はほぼ無名だったラッパーが、実際に強盗殺人に関わった時のことやその後の逃走中のエピソードを描いた曲なんです。逃げてる最中にMVも撮影して、それがバズりまくった。でも、その年の終わりに『COMPLEX』みたいなヒップホップメディアがこの曲をベストソングに挙げた時には「これはどん詰まりだな」と思いましたね。ここ数年も詐欺を働いた犯人がその顛末をライムするスキャムラップが流行ってますけど、やっぱりこれも文化的な袋小路だと感じます。

Video: ALL BUT 6 / YouTube

──日本だと一昔前なら迷惑系YouTuber、最近なら醤油ペロペロみたいなもんですよね。

田中:ただ、その反動として、今の東海岸アンダーグラウンドのラッパー辺りは、リアルさというよりも酩酊した時の妄想や、内面で巻き起こる感情やイメージをリリックにしたりしている。メインストリームのラップカルチャーに対するオルタナティブがコミュニティの内側から生まれてくるのはラップの文化としての強いところだと思いますね。

2010年代のロックを定義した、ロック外のミュージシャンたち

Video: Beyoncé / YouTube

田中:みのさんが言ってくれたように、ロックバンドがリズム面でもサウンドのフォルムの面でも時代に適応できなくなっていったのが2010年代なわけですが、2016~2017年に「これは今のロックサウンドだな」と感じずにはいられなかった曲がいくつかありました。具体的には、リアーナとビヨンセ、ハリー・スタイルズの曲なんだけど。

みの:なるほど。

田中:ビヨンセの『レモネード』にはロックソングと呼んでいい楽曲が2曲入っていて、その一つがジャック・ホワイトがプロデュースした「Don’t Hurt Yourself」。2016年と言えば、J・ディラ的なビートが日本でも流行した時代ですよね。この曲のビートって揺れまくっているんですけど、ジャック・ホワイトはそれをループさせた。乱暴に言うなら、この曲はJ・ディラとレッド・ツェッペリンの融合なんです。もう一曲はジャスト・ブレイズがプロデュース、ケンドリック・ラマーが客演した「Freedom」。この曲はソウルともR&Bとも呼べるけど、ジミ・ヘンドリックスが60年代後半にやったことを再定義するような曲。そして、リアーナも当時ロックバンドとしては例外的に人気絶頂中だったテーム・インパラの「Same Ol’ Mistakes」をカバーした。

Video: Vox / YouTube

田中:要は、ロックバンドじゃない人たちが、60年代や70年代の伝統に連なりながら、2010年代という時代にも最適化したロックソングを書いていたわけです。でも、パニック!アット・ザ・ディスコみたいなエモバンドや、21パイロッツみたいなバンドは、ポップやラップに最適化していくことに必死だった。そういう意味からすると、アークティック・モンキーズの『AM』なんて例外中の例外ですよね。

Video: Tame Impala / YouTube

みの:まさにテーム・インパラの話もしたいと思ってました。彼らは2015年の『Currents』以降の作品ではクラブ的な考え方にやや寄りましたけど、前作『Lonerism』あたりまではロックの特殊解みたいなものを作っていたと思うんです。彼ら周辺のオーストラリアのバンドも含め、北米のロックとは違う回答を出したことで、ラップを含むいろんなミュージシャンから声がかけられるようになったのかなと。

田中:これはロックの定義とも関わってくるんですけど、やはり「ロックにとってもっとも重要なのは外部性だ」ということだと思うんです。コールドプレイにしろマルーン5みたいなある種ロックコミュニティから疎外されていた人たちが、むしろロックを再定義したように、オーストラリアもまだ2010年代にはかろうじてポップ音楽の中心地たりえていた北米からしたら、明らかに外部ですから。やはり外部性こそがロックを更新するという構造が公理に近いのは間違いない。64年にロックンロールを復活させたビートルズにしたって、ロックンロールの本場アメリカの外部から出てきたわけだし。あるいは、リズム&ブルーズ/ロックンロールを「ロック」に進化させた最大の功労者はやはりジミ・ヘンドリックスだと思うんですけど、彼とて本国アメリカでは当時彼がバックバンドの一員だったアイズレー・ブラザースやリトル・リチャードみたいな先輩ブラック作家たちからはまったく認められず、すっかり燻っていたところを、66年に英国に渡ってきたことで、一躍脚光を浴びることになるわけですから。ロックンロールの本場アメリカでは辺境に追いやられていた彼が、ロックンロールの外部である英国という地に渡ることで、ロックは生まれたわけです。

Video: Harry Styles / YouTube

──そして最後はハリー・スタイルズですか。

田中:ソロになって最初のシングル「Sign of the Times」には驚かされましたね。当時こんなごく普通の8ビートの曲なんてメインストリームにはほぼ存在しなかった。ただしサウンドはスカスカで、テンポも遅い。何の変哲もない、ただ中域がスコンと抜けたミドルテンポのビートを敷くことで、バックビートを復活させてしまったわけです。当時は「そうか、これでいいんだ!」と、とても驚きました。彼もワン・ダイレクションというボーイバンド出身だから、ロックからすると外部のアーティストですよね。

「白人男性の音楽」として追いやられた2010年代のロック

Video: PERIMETRON / YouTube

──おふたりが考える「2010年代のロックを代表するアーティストとアルバム」を教えてください。

みの:日本ならKing Gnuとそのデビューアルバム『Tokyo Rendez-Vous』ですね。Suchmosの成功や米津玄師のデビューをきっかけとして、Jポップの中心がオルタナ寄りになったと思うのですが、その真打がKing Gnuじゃないでしょうか。他のミュージシャンたちはラップやファンク、ジャズのイメージを打ち出していたところに、King Gnuはパッケージとしてロックスター的な演出をして、それが当たっているのが特徴ですね。

──たしかにKing Gnuは音楽性的にはそこまでロックではないけど、イメージの打ち出しは非常にロックバンド的ですよね。

田中:2016~2017年ぐらいの、日本国内のオルタナティブな位置に属する音楽家たちがリファレンスにした海外の音楽がトラップではなかったことはとても興味深いと思います。

Video: WONK / YouTube

田中:彼らは音楽的な教育を受けた人たちでもあることも関係してると思うんですけど、日本のマーケットに最適化する為にはトラップよりディラビートの方が適しているという判断もあったんじゃないか。WONKなどのKing Gnu周辺アーティストは、J・ディラの揺れるビートをアカデミックに解釈して、それをメインストリームに持っていこうとしていたとも言える。ただ、まずJロックのフィールドに侵食するためにはロック的な意匠が不可欠だった、ということじゃないんでしょうか。

──では、2010年代における英語圏の重要アルバムは?

田中:アークティック・モンキーズの『AM』ですね。2013年の作品ですけど、今でも米ビルボードのランキングに入り続けています。今週も50位前後にいたんじゃないかな。だから、今もし仮に「ロックの復権」というものがあるとしたら、あのアルバムが一つのロールモデルとなっているんじゃないか。

Video: Official Arctic Monkeys / YouTube

田中:サウンドをざっくり言えば、Gファンクとブラック・サバスの融合。ビートファットな90年代前半のGファンクに、70年代ブラック・サバスのトニー・アイオミのリフが乗っている感じ。このアイデア自体、明らかにヒップホップが持つファットさやヘヴィさへの解答ですよね。また、このレコードのリリースされたのは、Black Lives Matterと第4波フェミニズムの年なんですけど、リリック面では「有害な男性らしさ」にどう向き合うかをテーマとしていた。だからサウンドフォルムの面でも、歌詞の面でも、時代を象徴するレコードになったんですね。こうしたいくつもの先見性が現在の人気と高い評価に繋がってると思います。

Video: Official Arctic Monkeys / YouTube

──先日行なわれたアークティック・モンキーズの来日公演でも『AM』収録曲は特にリアクションが大きかったですね。

田中:後々『AM』が勝ち得た評価とも併せて「ロックの衰退」を考えると、そこには社会的な必然もあった気がします。つまり、2010年代はアイデンティティー・ポリティクスの時代なので、「白人男性の音楽」という誤解を含んだイメージによってもロックは傍流に押しやられていったんじゃないか。そういう視点も成り立つと思いますね。

2023年、ロックはすでに復権している?

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──2023年、ロックは復権に向かっていると思いますか?

田中:そもそも「復権」というのは「再び権威を勝ち得る」ってことですよね。権威なんて獲得しなくていいじゃんと思うんですけど(笑)。まあ、それはともかく「復活」はあると思いますね。現実としてロックのフォルム、サウンド、イメージというものは、2010年代に比べて明らかに勢いを増している

というのも、ストリーミングの視聴環境が影響して発展したトラップのサウンドフォルムがロックを衰退させた一方、北米や日本以外に目を向ければ、ストリーミングサービスによって南米やアジア圏にまでポップミュージックの裾野が爆発的に広がった。これは本当に大きな変化だと思う。その結果、ロラパルーザのようなアメリカのフェスが、2010年代にはチリやアルゼンチンなど南米にシンジケーションされて、彼らがより直接的にロックに出会うきっかけになった。レッド・ホット・チリ・ペッパーズなんて明らかに10年前より勢いを増してますよね。これは彼らの南米圏での活躍が一番の理由だと思います。

Video: RHCP Live / YouTube

──そこからレゲエみたいな新しい音楽が生まれるかもしれない、と。

田中:そうです。そもそもレゲエにしたって、北米のリズム&ブルースがブルービートやスカになり、レゲエになったわけですから。そして、20世紀の後半にはロックよりもレゲエの方がグローバルなビートになっていたという歴史もあるわけです。ラテン語圏とロックの接続によって、また大きな変化が生まれる可能性は多分にあると思います。

みの:ロックの特徴として、フォークミュージック的な音楽と結びつきやすいというのはあるのかもしれないですね。その国のルーツミュージックをシンプルにエレキ化すれば、新しい形のロックになるみたいな。

Video: Led Zeppelin / YouTube

田中:俺もそう思います。それってまさにレッド・ツェッペリンのことですからね。彼らはそもそもスキッフルというか、フォークバンドだったわけだし。レッド・ツェッペリンはブルーズバンドとしては三流だけど(笑)、フォークバンドとしては超一流じゃないですか。一本のギターでリズミカルな音楽を作るフォークミュージックの伝統を拡大解釈し、そこにファットなビートを組み合わせることで新たなロックを生み出した。

ロックは復活するが、“ロックバンド”は復活しない?

Video: Måneskin Official / YouTube

──その一方で、この記事を読んでいる方々がイメージする「ロックの復権/復活」というのは、00年代のようにロックバンドがたくさんデビューしてシーンを形成する流れかと思いますが、そういったムーブメントは起こると思いますか?

田中:例えば、イタリアのマネスキンがグローバルで成功しましたが、同じようなバンドがこれからたくさん出てくるかっていうと、そこは疑問ですね。バックビートや歪んだギターといったロックのフォルムがオールジャンルに浸透していくことの方が現実的じゃないかと思います。今年の年明け3ヶ月の間だけでも、リル・ヨッティ、スロウタイ、イヴ・トゥモアといった外部の人たちが、ロックのフォルムを取り込んだレコードをリリースしていますし。

Video: slowthai / YouTube

──ロックはある種のパレットの上の絵の具の一つというか、「ロック的な気分」「ロック的なサウンド」みたいなものを取り入れたい時にクローゼットから引っ張ってくる洋服の一つになったような気もします。

田中:イメージや気分、ムードとしてのロックですよね。かつてのようにロックという文化が決して経済的にも文化的にも裕福ではない市井の人々の生活から出てきたものではなくなってしまった。となると、やっぱりパレットの絵の具の一つでしかなくなってしまう。ここ最近、ロックのイメージを使った国内の若手ファッションデザイナーが散見できるようになりましたが、彼らはそこにブーツを合わせるんですよね。つまり、少なくとも国内ではロックはもはやストリートとは無関係のものになったということです。

それと、本来、50年代から60年代にかけてロックがジャズやクラシックを追い越した最大のアドバンテージって新しい音色を取り込むことだったはずなんです。音楽にとっては、和声やリズム以上に、音色こそが重要だということを証明したイノベーターだったんです、ロックは。でも、それが70年代から80年代にかけて、様式化されて音色が固定化されちゃった。例えば、「ロックと言えば、歪んだギター」なんて、歴史について無知な人たちによる勘違いの最たるものです。そういった音色やスタイルの様式化こそがロック衰退の始まりだと思います。ロック最大のアドバンテージは、誰も聴いたことのないソニックを生み出すことでもあったんだから。

みの:それは大事ですよね。結局「この音が格好良いからこの曲を聴く」というシンプルな快楽原則に結びついているから。

田中:ここ5年ぐらいの作品から最高のギターの音が鳴っている曲を挙げるとしたら、僕ならアール・スウェットシャツのアルバム『Some Rap Songs』の最後に入っているインスト「Riot!」を選びます。

Video: Earl Sweatshirt / YouTube

田中:これはサンプリングではあるんだけど、現代的なプロダクションの中で「こんな気持ちのいい音、聴いたことない!」と思わず叫ばずにはいられない最高のギターの音が鳴っている。でも、ロックコミュニティの内側にいると自認している人たちがそういった更新を成し遂げるというのは非常に難しいと思う。

みの:ロックにそういった更新があるとしたら、まだロック化したことがないフォークミュージックから、新たな根源的なエネルギーをもらってきて、新しい様式が出てくるというのはまだ可能性があるんじゃないでしょうか。

これから再評価されるロックのアーカイブは、歌謡と速弾き?

──これまでのお話を総括すると、従来のロックはアーカイブとしての価値を増し、新しいロックと呼べるものはロックの外側から生まれ始めている流れが2023年現在であると言えると思います。実際2010年代にもフリートウッド・マックが再評価されて大ヒットを記録しているわけですが、これから再評価が予想されるロックのアーカイブがあれば教えてください。

Video: Fleetwood Mac / YouTube

田中:大きな話としては、Y2Kリバイバルと言われてもう10年経っているし、80年代リバイバルも90年代もずっと続いていますよね(笑)。だから、これからはもう全部が最大公約数にならないまま、どれもが並行してリバイバルしている状況になるんじゃないか。あらゆるロックのフォルムが同時に存在するし、ありとあらゆるところにロックの興奮は存在するけれども、どれも中心ではない状況。ここ4~5年で、2010年代にあれだけ全ての中心にいたラップミュージックすら明らかに陰り始めている。これからは中心を欠いたまますべてが存在する、その1プレーヤーとしてロックが存在する感じになるんじゃないでしょうか。

みの:僕からは国内の話になりますが、シティーポップが世界で再評価されている一方で、まだ歌謡曲の臭みには海外の人たちも対応できていない状況にあると思います。だから今後、海外の人が沢田研二「勝手にしやがれ」のイントロなんかにロックを感じる日が来ると思います。海外の人たちが「中森明菜の『少女A』のギター、臭いんだけど、でもいいよね」って言う(笑)。僕はそんな日がいつか来ると思っています。

田中:70年代中盤から80年代初頭辺りの歌謡曲ですよね。

みの:そう。シティポップではないあたり。C-C-Bの「普通そんな鳴り方しないよね」っていう爆音で鳴ってるシンセとか、結構ロックだと思うんですよね。

田中:あはは(笑)。

みの:少年隊の「仮面舞踏会」とか。

田中:いやー、筒美京平が作曲はするんだけど、編曲は手放すことになった80年代前半の音楽って確かにとんでもなく異形ですからね。

みの:異形ですよね(笑)。確かに今僕が挙げたのは筒美京平の作品ですね。

田中:筒美京平が自分で編曲もやってた70年代後半までは、英語圏のAORやその元ネタであるソウルやリズム&ブルーズを引用していた。でも、フェアライトやリン・ドラム、DX7が生まれた80年代英語圏のサウンドプロダクションに対応できなくなったのか、編曲は他の人に任せるようになる。そこで生まれたのが、80年代のテクノロジーで作られたサウンドと、70年代の楽曲やサウンドの融合。あんな奇妙な音楽って、海外には存在しないと思う。うん、それが最後の辺境として再評価されるという流れは、あるかも(笑)。

Video: SynthMania / YouTube

みの:良い意味で相当変な音楽ですからね。日本にしかない音。

田中:シティーポップって、和声やリズムプロダクションの面からすると明らかに英語圏のソウル、ニューソウル、AORがリファレンスなんだけど、構成が英語圏に比べて複雑なんですよね。そういう複雑さこそが日本独自のシグネチャーなんですけど、今みのさんが挙げてくれた音楽は、それと比べても奇天烈(笑)

みの:ここまで話してきた文脈で言えば、あれも拡大解釈すればフォークロックかもしれない。あれをロックとして捉えるというのも…

田中:あると思います(笑)。例えば、アフリカのいろんなエリア、特にエチオピアのファンクやポップの再評価が2000年代の英語圏でありましたけど、それと同じようにいまだ世界から発見されたことのない最後の辺境で、なおかつ膨大なアーカイブがあるのはやはり日本だけかも。

みの:しかもすごいのは、その奇天烈な音楽を、めっちゃお金をかけてレコーディングしているから、品質も高い。

田中:そうそう(笑)、そうなんですよね。日本語圏のポップ音楽の最大の特徴はマキシマムだってことなんだけど、80年初頭の歌謡曲はあらゆる意味でマキシマムの極みなんですよね。ただ、ここ数年、そもそもミニマリズムが当たり前だった英語圏でも、ハイパーポップみたいな何でもかんでも詰め込みすぎのマキシマリズム音楽が人気を博すようなった。だから、その先駆者とも言える80年代初頭の歌謡曲が英語圏のロックサウンド、あるいはポップミュージック全体に新たな刺激を及ぼす可能性はありますね。もはや2020年代は何が起こってもおかしくない時代なので。

Video: Joe Hisaishi Official / YouTube

みの:しかも、アニメを通して歌謡要素の摂取量は世界的にどんどん増えてますからね。アニソンに限らず、久石譲の書くメロディーだって明らかに日本人的だし。

──他方、英語圏の音楽でまだ見過ごされているものは残っていると思いますか?

田中:自分が15歳の時、1978~79年ごろに聴いていたレコードを40枚ぐらい並べてみる機会があったんですけど、その中でまったくリバイバルしてないのはウェストコーストサウンド、いわゆるカントリーロックですね。ポコやジェシ・コリン・ヤング、リタ・クーリッジ、あとはリンダ・ロンシュタットとか、そういったものは全くリバイバルしていない。

Video: PocoVEVO / YouTube

みの:グラム・パーソンズが参加していた頃のザ・バーズとか。

田中:あとは、自分が70年代半ばには毛嫌いしていた、オリビア・ニュートン=ジョンを代表とするイージーリスニング的なロック。ああいう非常に甘ったるいメロディー重視の音楽って、リバイバルしてないですね。

Video: Olivia Newton-John / YouTube

みの:後世の人が“甘さ”を取り入れる時って、理由付けが欲しくなるんですよね。シティーポップだったら「バブルの表層的なところで浮かれている儚さ」みたいな。その説明をビジュアル面で行ったのがヴェイパーウェーブ。だから、後付けでもいいから、そういう説明ができればリバイバルもあり得ると思いますね。

田中:ここ10年ずっと、世間的にはアンクールだと思われているサウンドを取り込んで、それを再定義するという荒技を誰よりもやってきたのがザ・ウィークエンドだと思うんですね。80年代MTVニューウェーヴを再定義したり、シティーポップにも手を染めたのも彼だし。ただ一番驚いたのは、「In Your Eyes」。オリジナルは70年代後半のロキシーミュージックのほぼ完コピで、いかにもアンディ・マッケイ風のサックスソロが入るんだけど、「In Your Eyes (Remix)」では50年近くずっとアウトだとされていたケニー・Gにイージーリスニング風の甘ったるいソロを吹かせてるんですよ(笑)。それがまたアンビエントが大流行していた時代に妙にフィットしていたりもして(笑)。だから、カントリーロックやイージーリスニング的なロックのリバイバルも、ウィークエンドがやるかもしれない(笑)。

Video: The Weeknd / YouTube

みの:LAメタルはどうですか? 一度グランジに殺されて、今なお逆風が吹きまくっている。ギターの早弾きとかかなりダサいとされて久しいと思うんですけど。

田中:最も2010年代以降のポリティカルコレクトネス的な価値観から遠いものですよね。それがリバイバルするかどうか……(笑)。

──ラップ側が速弾きを取り入れるのはありそうな気もしますね。

みの:アフリカンアメリカンって白人文化をギミックとして面白がる部分ありますもんね。

田中:その流れで言えば、アル・ディ・メオラは?(笑)。スパニッシュギターの早弾きは、現在完璧に忘れ去られてていると思う。

みの:うわー、確かにありましたね。

Video: A6paM1 / YouTube

田中:ディスコ全盛時代の70年代後半にポール・マッカートニー&ウイングスがディスコのリズムとフラメンコギター、戦前のラウンジ音楽を合体させた“グッドナイト・トゥナイト”みたいな超奇天烈傑作曲を書いたり、90年代後半にある意味それを継承した“ランデヴー”みたいなハウストラックをベースメント・ジャックスが作ったりみたいなことはあったものの、ラテン圏の音楽が世界の中心となりつつあるここ10年の流れからすると、ディ・メオラのリバイバルも……あるのか?(笑)

みの:アル・ディ・ミオラのリバイバルはヤバいですね(笑)。

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Photo: Vitor Nomoto(METACRAFT)

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