アダルトが、変わる。
AIによって、私たちの生活のありとあらゆることが変わろうとしている。その中でもアダルトコンテンツは、生成AIによる変革の波をいち早く取り入れ、体験と業界構造を大きく変えようとしている分野の1つである。
生成AIの進化がアダルトコンテンツにもたらす影響について、現状を整理するとともに、その内側に潜む人間の心理を考察してみたい。
成長を続けるアダルトコンテンツ産業
Bedbible.comによると、世界で1000億ドルの規模(2022年時点)をもつアダルトコンテンツ市場は、今後もさらに成長していくと見積もられている。市場のうち85%は、インターネットでの消費だ。さらに、GITNUX MARKETDATA REPORT 2024のPornography Industry Statisticsによれば、検索エンジンのリクエストにおける約25%はポルノ関連であるとのデータもある。アダルトコンテンツがテクノロジーの発展とともに進化を遂げ、もはやオンライン生活の一部にまでなっていることがうかがえる。
かつて主なアダルトコンテンツの接触媒体であったDVDやVHSの市場規模は、現在全体の5%ほどしかない。インターネットにおけるアダルトサイトの登場で、アダルトコンテンツへのアクセスは容易になり、アクセスできるコンテンツの数も飛躍的に増えた。コンテンツは多様化し、消費者は自らの性的嗜好を満たせるようになっている。かつてパブリックな場での購入が前提とされたアダルト雑誌やアダルトDVDは、いつしか配達で受け取れるようになり、今ではインターネット経由という、プライバシーを保てる環境で入手できるようになったのも、消費を加速させている一因と言えるだろう。
近年では、VRでアダルトコンテンツを楽しむ習慣も一般化しつつある。高品質のVR映像を観られるデバイスだけでなく、スマートフォンを挟むだけで楽しめる安価なデバイスも登場し、その間口を広げている。アダルトVR動画は、コンテンツへの没入感を高め、消費者の体験を次なる次元へと進めていった。
生成AIが変える、アダルトコンテンツ消費
そのような文脈の中で近年新たに登場し注目を集めているのが生成AIである。このテクノロジーは、消費者の体験だけでなく、業界構造にも大きな変革をもたらそうとしている。
これらの生成AIを使えば、任意のテキスト入力や、いくつかのキーワードを選択することにより、簡単にアダルト画像や動画を生成できるようになると考えられる。今後技術が洗練されていくことで、消費者の要求により一層近く、質の高い画像や動画を提供できるようになるだろう。これまでは、メーカーが消費者の需要に即したコンテンツを制作してきた。消費者も、有限の選択肢の中で、自らの嗜好に最も近いと思われるコンテンツを探し、消費してきた。これが、消費者自らが、自らの嗜好に合わせたコンテンツを生成し、消費する時代になる。
たとえば、自分好みの容姿、体型をした人物を理想のシチュエーションの中に投影し、嗜好に合った行動を取らせることができる。AIがもたらす消費行動の変革は、エンターテインメント領域全般に言えることだが、個々人の細分化された嗜好が消費に強く紐づくアダルトコンテンツにおいて、その需要は大きく高まっていくだろう。
FANZAが発表しているFANZA REPORT 2018によると、人気検索ワードの1位は「熟女」、2位「巨乳」、3位「痴漢」、4位「人妻」である。Pornhubは2023 Year in Reviewの中で、2023年に最も検索されたワードの1位に「hentai(アダルトアニメキャラクターの動画」、2位に「milf(熟女)」を発表している。アダルトコンテンツ消費において、細分化された個人的嗜好が重要視される傾向は世界的に存在するようだ。
変わろうとしている、業界構造
アダルトコンテンツにおける生成AIの登場は、消費行動だけでなく、業界構造にも大きな変化をもたらそうとしている。Toolify.aiでは、人間の俳優を使うよりもはるかに低いコスト、早いスピードでコンテンツを生産できる点が指摘されている。生成されるキャラクターは、実際の人間よりも”理想的”(主観的、時代的な判断にはなるが)な容姿、体型を持ち、そのバリエーションも無限である。
AI画像コンテスト結果発表–AI uehara project|上原亜衣 https://t.co/HCyeraS0Op
— 上原亜衣 (@ai_uehara_ex) May 16, 2023
2023年3月、元セクシー女優の上原亜衣氏は「AI uehara project」を発表した。上原亜衣氏の画像を画像生成AI「Stable Diffusion」に追加学習させるファイルが公開され、上原亜衣氏をテーマにしたAI生成画像作品を公募するコンテストが行なわれた。1,671作品が集まり、大きな話題を呼んだのは記憶に新しい。10月には、セクシー女優、星乃莉子氏の写真を自由なポーズ、シチュエーションで生成できる「SODAI feat.星乃莉子」の使用権がNFTで発売され、15分で完売した。本ツールを手がけたソフト・オン・デマンドは今後も、アダルトコンテンツの生成AIの開発を行なっていくという。メンズサイゾーの記事より、ソフト・オン・デマンド未来事業部長、府内成憲氏の言葉を引用する。
ChatGPTなどのAIはアダルト内容がでないように制限がかかっており、別に新しいAIの開発をする方向で考えている。様々なアダルトコンテンツを生成できるAIを開発し、いずれはAIロボットなどによる性サービスのAI化といった、いままでにないものを実現してユーザーに届けられるようにすることを目指したいと考えている。
生成AIによるアダルト習慣を、エロスとタナトスから紐解く
さて、アダルトコンテンツの進化がテクノロジーによって押し広げられていることをみてきたが、それを楽しむ消費者の心理には、どのような変化があるのだろうか。
心理学者のジークムント・フロイトは、人間の欲動の1つに、生きようとする欲動「エロス」があると説いた。生物である我々人間にとって、生きていようとする欲動は、実感として理解できる。そしてフロイトは、その生の欲動は、性欲のエネルギーを源泉としていると考えた。
フロイトの考えに基づいて、アダルトコンテンツの消費を考えてみる。これは、性的興奮を覚える対象が、生身の人間から、画像や映像に変わっただけで、実際の生殖が可能かどうかに関わらず性欲を源泉とした活動である。そして生成AIによって作り出されるアダルトコンテンツの消費は、これ以上ない理想の相手を求めるようとする性的な欲求に起因する。テクノロジーの発展とともに、人類は生きようとする欲望に裏打ちされて、より理想的な生殖活動を実現するために、アダルトコンテンツ産業を発展させてきたのではないだろうか。
一方でフロイトは、エロスと表裏一体の欲動として、「タナトス」についても説明している。タナトスとは、人が死に向かおうとする欲動のことで、人間は自らを滅ぼそうとする欲求をもっていると考える。フランスの哲学者、ジョルジュ・バタイユはさらにこうした考えを発展させて、死を求めることで快楽が生まれると考えた。この快楽を得るために、人間は絶えず死を体感できる状況を作り出しており、たとえば、消費するために過剰にものを生産したり、ルールを破ったりすることで、快楽を感じていると考えた。
こうした言説に則ってアダルトコンテンツの消費を考察してみよう。生殖というゴールを達成できないにも関わらず性欲の発散を繰り返す行為は、まるで自らの性的エネルギーを精神的にも物質的にも無に返す行為ともとれる。特に、生成AIを用い理想の性的対象を生み出していく過程はエロス的でありながら、そこに生命を繁栄させる事実は存在しないことを理解したうえで、ただ過剰なまでに生み出したものを消費する過程はタナトス的な行為であるようにみえる。
フロイトたちの考えに基づいて、これらの事象を理解しようとすると、理想の生殖体験を達成しながら、結果的に生殖が叶わない生成AIを用いる性的な行為は、エロスとタナトスを同時に高いレベルで味わえる、究極の快楽体験だとも言えるのではないだろうか。
つまり、AIによるアダルトコンテンツ産業の変革は、単に資本主義的利点だけでなく、人間の本質的な快楽によって推し進められるものなのではないかと考察する。
快楽と倫理観の狭間を見つけられるのか
上記の通り、生成AIの登場によるアダルトコンテンツ市場の発展は、今後より加速していくと予想される。しかし、社会的には、それが簡単に受け入れられるものではない。Christianity.comによると、キリスト教では、聖書に自慰行為についての直接的な言及はないものの、そこに至るまでの心理について肯定的な立場ではないと説明されている。また、一般社会の中で、アダルトコンテンツについてオープンに語ることが敬遠されることは、多くの人の共通認識としてあるのではないだろうか。
特に、すでに起きている問題も指摘しておかなければならない。ディープフェイクポルノは、頻繁に議論に上がる問題の1つだ。ディープフェイクは、AI技術を活用し、複数の画像や映像を合成して、あたかも事実であるように見せかける。
最近では世界的アーティスト、テイラー・スウィフトの、生成AIを用いて作られた性的なディープフェイク画像と映像が、Xで拡散された。動画の1つは4500万回以上再生されている。ディープフェイクの被害は、そのほか多くの有名人でも起きており、一般の女子高生が対象になったケースもあった。
また、生成AIによって作られた児童の性的画像も議論を呼んでいる。児童ポルノ禁止法では、18歳未満の性的画像を製造、公開し、性的好奇心を満たす目的で所持することが禁止されているが、児童が実在することが要件のため、生成AIによって作られたものは対象外となる。しかし、こうした画像が出回ることで、児童ポルノを助長するとの見方もあり、海外では法規制の対象となっている国も多い。副次的な問題として、実際に被害にあっている児童の画像が埋もれ、発覚や摘発に遅れが生じることも指摘されている。
無限にアダルトコンテンツを生み出すことができる体験は、性的対象に対する消費感覚を、より軽薄なものにするだろう。自らの嗜好を限りなく追求できることは素晴らしい反面、性的対象の尊厳を無視し、欲望のために生産と消費を繰り返す自体に陥りかねない。
人間の三大欲求の1つと言われる性欲がテクノロジーの力によってその可能性を広げようとしている今、それを止めることが容易でないことは想像できる。倫理的な判断に基づく法律のもと、より健全な環境が整備されることは急務である。また、被害を防ぐために、コンテンツを掲載できるプラットフォーム側がどのような手を講じるかと、予防策としてのテクノロジーの発展がさらに期待される。そうした時代の変化に対応しながら、人間の性生活が向かう先を、注意深く見守りたい。
Top Illustration: yuse
Source: Bedbible.com, Gitnux, Fanza, Pornhub, Toolify.ai, note, Opensea, Men's cyzo, Christianity.com, Theverge, CNN, Yomiuri
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