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チターチェリ
レビュアー:
過ぎ去った人生の日々、そして変わりゆく生活の光景は、やさしすぎもせず、また残酷すぎもしない。そこにはただそれぞれの生き方があり、そういった人生に対するそれぞれの見方があるだけなのである。
イギリスの格式ある大屋敷でアメリカ人の主に仕える老執事スティーブンスは、その主人ファラディの好意を受けて休暇を取り、以前邸で女中頭をしていたミス・ケイトンとの再会を目的にした小旅行に出る。
美しいイギリスの田園風景を眺め、イギリスの平民階級に属する人々と触れ合い、時に回り道もするその旅はしかし、スティーブンスにとって、いまは亡きかつての邸の主人ダーリントン卿に仕えていた長年の輝かしき思い出の日々を遡る旅ともなるのであった。
偉大なる人物に仕えたというその矜持、父に対する憧れ、執事という仕事に全力を注いできたがゆえに押し殺してきた自らの想いといったものに触れる旅はやがて、長年執事服に身を包んできたスティーブンスを、執事の仕事から離れた素の自分のもとへといざなっていく。

カズオ・イシグロ著の本書には、かつての色を失って変わりゆくイギリス社会を背景に、過ぎた盛りに思いを馳せるひとりの執事の人生が描かれている。
「品格」を人生のテーマに据え生きてきたスティーブンスはいかにも紳士然とした老人で、その旅路にも大きな波乱などは見られないのだが、ゆったり静かに流れていくイギリスの風景、物悲しさに浸りきり溺れることなく淡々としたリズムで語られていく過去の生活の明暗は、胸の奥底に沈澱していたものをいま一度浮き上がらせ、ひと口には言い表し得ない深く複雑な感銘を呼び起こさせる。
いま現在の出来事から近い過去の出来事、さらに遠い過去の出来事、再びいま現在の出来事へと場面を行きつ戻りつさせるその物語構成、そしてまた日本生まれのイギリス育ちという著者の生い立ちがうまく作用して、こうした独特の距離感を持つ物語が生み出されるに至ったのだろう。

タイトルどおり日が沈む前のあのひと時を想起させられもするし、沼地に足を取られてどうしようもなく、ただあらゆることに対して情けなくなって父や母を大声で呼びたくなるような、そんな不安定だが不思議と心地のよいイメージを頭に湧き起こさせられもする一冊であった。
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チターチェリ
チターチェリ さん本が好き!1級(書評数:154 件)

小説を読んだり書いたり。
日本やロシアの純文学を中心として、童話やミステリ小説にも手を出しています。そしてその何倍もの漫画を読んでいます。
本が好きなのです。

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