著者も担当編集者も全く予想していなかった売れ方をしている本がある。古代メソポタミアや古代ローマなど、はるか遠くの時代で食べられていた料理を再現する歴史料理レシピ本「歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる」(柏書房)だ。
柏書房は1970年に創立された人文書系の出版社。普段は歴史関係の専門書や翻訳書、歴史史料の復刻版などを主に刊行している。お堅いイメージのあるこの版元が「歴メシ!」を発売したのは7月のこと。するとSNSを中心に大きな反響があり、想定以上の初動に。発売1週間で「これでは足りなくなってしまう」と判断し、急きょ重版を決定した。
「想定外の重版の大きな原因になったのは、スマートフォン向けゲーム『Fate/Grand Order(FGO)』のユーザーでした」――そう語るのは、「歴メシ!」担当編集者の竹田純さんだ。
15年夏にリリースした「FGO」は、累計900万ダウンロードを突破した人気RPG。セールスランキングでも何度も1位を獲得している。歴史上の偉人や神話の登場人物たちとともに戦い世界を救う物語で、ゲームメーカーTYPE-MOONによる「Fate」シリーズの中の1作だ。
「Fate」シリーズは04年発売のPCゲーム「Fate/stay night」から始まっており、現在は続編やスピンオフ作品などをマルチメディア展開している。「FGO」はシリーズのオールスター的作品で、キャラクターやストーリーの魅力が支持されて人気を博している。
「FGO」ユーザーと「歴メシ!」に、いったいどんな関係があったのか。そもそも「歴メシ!」はどのような経緯で生まれたのか。「FGO」ユーザーからの支持を予想できなかったのはなぜなのか。竹田さんにとことん聞いた。
――「歴メシ!」が生まれた経緯について教えてください。柏書房はもう少し堅めの本を出す出版社というイメージがありました。
正直レシピ本を出す会社ではありません。柏書房は、歴史を中心にした人文書、レファレンス、資料集などを多く出している出版社です。「公共図書館や大学図書館で出版社名を見たことがある」という方が多いのではないでしょうか。営業も一般書店よりも大学を回っていることが多いです。
ですが、どんどん大学の予算が縮小し、特に人文系が厳しい状況になってきたために、今のままの方針では立ち行かなくなるのではという危惧が生まれてきた。そこで未来への投資として、会社のカラーは生かしつつも、もう少しやわらかい本も出す挑戦を始めたんです。僕は16年11月に転職してきて、やわらかい本を中心に企画を出していくことになりました。何かいい企画がないかと探している時に、「歴メシ!」著者となる遠藤雅司さんを知りました。
――遠藤さんは今回が初の著書になります。どういう出会いだったのでしょうか?
遠藤さんは普段は普通の会社員なのですが、歴史好きが高じて13年から週末に歴史料理を作るオフ会「音食紀行」を定期的に開催していました。世界の歴史料理を文献などから読み解いてレシピ化し、紹介しながら参加者にふるまうイベントです。4年間で50回くらい開催していて、多い時には70人、平均すると15〜25人が集まっている。ネット上でよく話題になっていて気になっていて、一度参加してみることにしました。
僕は歴史にそこまで詳しいわけではないですが、料理という入り口から歴史をひもといていくのは非常に面白いだろうと思っていました。また、こうした欧米世界の歴史料理を取り上げたレシピ本はあまり前例がなかったので、出す価値があるだろうとも。「おいしかったら声をかけよう」と決意してイベントに参加して、遠藤さんの歴史料理を食べてみたら、すごくおいしかったんです。そこでお声がけし一緒に本を作っていくことに。僕も遠藤さんも書籍を出すのは初めてなので、手探りで作り上げていきました。
――企画段階での想定ターゲットはどういった層だったのでしょうか。
遠藤さんのイベントに参加している方や、参加したいと思っている方をターゲットにしていました。30〜40代女性が中心ですね。参加者の目的を聞くと、「各時代や国にまつわるエンタメ作品のファンで、その世界をもっと知りたいと思った」という方が多かった。例えば「Axis powers ヘタリア」「ベルサイユのばら」「レ・ミゼラブル」などの作品ファンの方々です。実は「FGOが好きでイベントに来ました」という声もあったのですが、この段階ではそれほど目を向けていませんでした。
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