「人が集まる」「人に直接会う」ことで稼いできた企業が、新型コロナを契機に自社戦略の見直しを迫られている。どのようにして「脱・3密」や「非接触」を実現し、ビジネスチャンスを生み出そうとしているのか。
記事一覧はこちらから。
新型コロナウイルスの影響によって、「3密を避ける」「非接触」が世の中のキーワードとなった。これは「人と人が直接出会う」ことを利用者の目的としたマッチングサービスの産業を根底から揺るがしている。
各社が経営戦略の見直しを迫られる中、あえてオンラインによるコミュニケーションに商機を見いだし、ビジネスの機会を生み出そうとしているのがソーシャル系マッチングアプリ 「Tinder」だ。Tinderは米Match Groupが運営するブランドの1つで、同社はこれまでも日本でサービスを提供していた。2019年に日本での事業拡大のため、日本法人を設立し、今夏からこの法人配下でTinder Japanの運営を開始している。
Tinderはプラスとゴールドという2種類の有料メンバーシップを提供し、アプリには有料メンバーのみが利用できる機能を搭載することで収益を得ている。その収益の95%が有料会員からの会費で占められ、広告収入は5%未満だという。いわばユーザーに支えられたビジネスモデルだ。メンバーは有料の機能を活用することで人とのつながりの機会を得やすくなるわけだが、これまでその大きな目的はアプリを通して実際に人と出会い、つながることだと想定されてきた。
だが、コロナ禍でその状況も変わった。「非接触」文化に対応するべく、同社はリアルで人をつなぐことだけにとどまらないアプリの展開を模索している。9月には同アプリ内で、メンバーが自らの選択によって物語を楽しめるドラマ『SWIPE NIGHT 』を3回にわたってリリースした。
ウィズコロナ時代の訪れを前に、今後のビジネスをどう展開していこうとしているのか。Tinder Japanの永田香澄カントリーマネージャー、Tinder米国本社のジェニー・マケイブCCO(チーフ・コミュニケーション・オフィサー)を直撃した。
ジェニー・マケイブCCOによれば、コロナ禍の中でもTinder内でのマッチ数や会話数は増え、会話の時間も長くなっているという。2月20日〜3月26日に集計した結果によると、「メッセージ量が世界中で平均20%増加し、メッセージのやりとりが続く時間も25%延びた。メッセージの内容も、ただのあいさつから始めるのではなく、お互いの状況を心配したり、励まし合うメッセージが増えている」(ジェニー・マケイブCCO)という。今後のウィズコロナの戦略に迫る。
Tinderは2012年に米国で誕生した。現在では190カ国、40言語に対応し、世界での総ダウンロード数は3億4000万回、利用者をつなげるマッチ成立件数は430億以上にのぼる。利用者の1週間のデート件数は150万件で、利用者の50%を占めているのがZ世代といわれる18〜25歳だ。
19年のTinder単体での収益は11.5億ドル(約1210億円)で、20年第二四半期の直接収益は前年比15%増、有料会員は620万人まで増えた。また、Tinderを含むMatch Group全体の総売上高は前年同期比12%増の5億5545万ドル(約585億円)、営業利益は同14%増の1億9559万ドル(約206億円)と、コロナ禍にもかかわらず増収増益を達成している。
さらにジェニー・マケイブCCOは筆者の取材に対し「23年までにアジアでの収益をグループ全体の25%にまで伸ばしていきたい」と戦略を語った。
9月に実施されたSWIPE NIGHTとは、全3話から構成される約8分間のインタラクティブドラマだ。9月12日から3週連続で、毎週土曜日の午前10時から土日限定で配信した。物語が展開する中で、メンバー自身が主人公の行動を選択する場面が表示。7秒以内に二者択一から行動を決める。その選択によって物語が変化し、異なる結末を迎える内容だ。同じ結末を迎えた他のメンバーが優先的にアプリの中で表示される仕組みになっている。
米ネットフリックスは、SFドラマ「ブラックミラー」の中で、こういったユーザーが行動を選択できるドラマをすでに配信していて、Tinderはその手法をマッチングアプリ流に応用したともいえる。19年に先行配信した米国では、デジタルネイティブであるZ世代を中心に日曜日のマッチ数が26%増加し、メッセージ数も12%増加した。Tinder, Inc.のジェニー・マケイブCCOはSWIPE NIGHTの戦略的な位置付けを語る。
「当社はZ世代にアピールするものを常に提供したいと考えています。彼らは生まれたときからデジタルの世界で生きてきました。ゲームの『フォートナイト』や『あつまれどうぶつの森』などを通じ、常にオンラインで誰かとつながっていますし、出会っています。刺激的で非日常的なコンテンツを求めているので、SWIPE NIGHTのように自分で結末を選べるコンテンツはZ世代に浸透すると考えたのです」
また、前述の「ブラックミラー」なども参考にしたようだ。
「SWIPE NIGHTのメインアイデアは双方向性で、フォートナイトやネットフリックスからはその部分で影響を受けました。加えて右スワイプ、左スワイプというTinderならではの要素をどう取り入れるかにも腐心しました。スワイプをすることで選択が強いられるわけですが、その選択がメンバーの出会いに影響します。その結果、マッチした相手とは『あの場面ではどっちを選択したのか?』という会話のネタにもなりますしね」
Tinderの日本と台湾事業を統括するのが19年に法人として登記されたMG Japan Servicesだ。これまでも日本の担当者は存在していたものの、法人登録をして今夏からこの法人配下でTinder Japanの運営を開始したことは、日本市場をより重視し始めたことの証左だろう。
Tinder Japan / Taiwanのトップを務めるのが永田香澄カントリーマネージャーだ。永田氏は新卒でリクルートに入社後、婚活サービスの「ゼクシィ縁結び」の前身を開発。その後GREEに転職して新規事業などを担当したあと、米シアトルにあるThe Pokemon Company Internationalに約6年間勤め、現地でポケモンのEコマースを立ち上げた手腕を持つ。19年8月に現職に就任し、日本法人の立ち上げを含め日本と台湾の事業を統括している。
「米国ですとTinderはFacebookのように身近な存在です。例えばタクシーに乗っているときにドライバーから『どんな仕事をしているの?』と聞かれ、前はポケモンで今はTinderの仕事だと答えると、『ものすごいカッコイイ仕事をしているね』と言われました。
リクルートに在籍中はゼクシィ縁結びのプロトタイプを作りました。人と人をつなげることになりますが、それは利用者にとって新しい人生を生むことにもつながります。私自身がそこに価値を覚えたのです」
人と人を結ぶ仕事が永田氏にとっては天職ということだろう。同氏はアプリを使ったビジネスモデルの強みについて語る。
「利益率が高いことがビジネスモデルとしての強みです。原価や固定費の割合が低く、その分を商品開発に力を入れられる構造です」
店舗などを構える従来型の飲食ビジネスなどは、店の数だけテナント料、材料費などの固定費が必要になる一方、SNSのビジネスではその必要性はほぼない。しかも、コロナ禍でリモートワークが進み、オフィス需要すらも減っている。同社のビジネスモデルはリモートワークへも対応しやすく、ウィズコロナの世界ではよりその強みを増す。
「時代は常に変わっていて、マッチングアプリに対する社会の考え方も変わってきています。10年以上前の話ですが、婚活アプリで異性と出会うことに対しては、今よりももっとネガティブに捉えられていました。その後、マッチングアプリという言葉が浸透し、次の恋愛のレイヤーに入ったと思います。その過渡期にTinderに入社できたのは私のキャリアにとって幸運だったと思っています」(永田氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング