2024年8月中旬、とあるベンチャー企業の取締役のSNS投稿が話題となった。
なんでこいつベンチャーにいるの?って思う人
- お盆とかGWガチで休んでる人(脳みそお花畑でつらい)
- 何がしたいか分かりませんって人(逆に何しに来た?)
- 定時に帰る人(もうずっと寝ててください)
- 会議で何も話さない人(存在価値0)
熱狂している人と一緒に仕事がしたい
投稿されたのはまさに世間がお盆休みの真最中、金曜日の午後9時近く。
恐らく、現在進行形で成長中のベンチャー企業において、盆休みも返上して仕事に没入する中で、同じ温度感と価値観を共有できる仲間と働けることの楽しさと高揚感を伴って書かれたのかもしれない。
実際投稿には、同じような立場のスタートアップ経営者とみられる人たちから「本当にその通り!」「言いたくても言えなかったことをスカッと言っていただいて気持ちいいです」と、賛同する意見も多く寄せられていた。
しかし、本投稿への反響として圧倒的に多かったのは否定的意見だった。「炎上商法かな?」「ただのブラック企業にしか見えない」「『ベンチャー企業に入社すべきでない理由』が凝縮されている」などと批判され、炎上状態に。当該ポストは500万回以上閲覧されたが、コメントや引用リポストの9割程度は反対意見であった。
「自らの意志で創業期のベンチャー企業に入社したのであれば、寝食を忘れるほどに仕事に没入して当然」といった主旨の発言は、これまで数多の企業経営者が口にしてきた。
その度に、同じような経営者やスタートアップ界隈からは拍手喝采を受ける一方で、一般従業員の立場の人たちからは蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われる、という構図が繰り返されてきた。
筆者自身も、過去には創業間もないベンチャー企業に身を置き、株式公開まで見届けた経験を持つ。そして現在は小規模ながら経営者の端くれでもあるので、この種の主張も、冒頭の投稿をした取締役の気持ちもよく分かる。
しかし現代は、以前よりも法的規制が強化され、働く人の価値観やわれわれを取り巻く労働環境も大きく変化した。精神論は忌避され、より効率的な働き方が歓迎され、多様性を重視するようになった昨今において、経営陣が公に「ベンチャーに入ったなら休むな!」といった発言をしたり、積極的に賛同したりしてしまうとどうなるか。
「この会社は滅私奉公を強要するのか!?」「経営者がこんな旧態依然のマインドなら、発展は望めなさそう……」と警戒され、愛想を尽かされてしまうのがオチであろう。にもかかわらず、今日もどこかで経営者が「ベンチャーに入ったなら……」と叫んでいるのだ。
今回は「イケイケベンチャーの創業期」と「労働環境改善推進支援」、双方の立場を経験した筆者だからこそ語れる、「ベンチャー経営者が滅私奉公させたがる理由」と「今それがダメな理由」について、詳しく考察していきたい。
一言で表現するなら、良くも悪くもベンチャー経営者の「魂の叫び」といえよう。
カッコ良く言えば「経営者自身の信念と使命感」であるし、悪く言えば「ケツに火がついた状態」だ。この状態を「物理面」「実務面」「精神面」の3つの観点から説明していく。
創業期のベンチャー企業は、資金や人材などのリソースがごく限られた状態からスタートする。「短期間で成果を上げ、収入を確保しなければ、会社自体が潰れてしまう」という極度のハイリスク&ハイプレッシャー状況に置かれている。
そのため、通常の合法水準の労働時間だけでは足りず、「長時間労働や休日出勤をして初めて会社が成り立つ」「企業存続のためには全員一丸となり、私生活返上で労働に没入しなければならない」という感覚が存在していることは事実である。
往々にしてベンチャー企業は市場での競争が激しく、利益が見込める事業であれば即座に競合企業が参入してくるリスクもあるため、事業開発や市場開拓における圧倒的なスピードが求められる。
急成長を目指すためには、経営者が率先して「寝食を忘れて働く」状態となり、その姿勢を全社的に共有することで、企業としての一体感やスピード感を持たせようとする。うまくいけばそれは企業文化として定着するし、従業員が企業のミッション・ビジョンに共感できているかを測るモノサシの1つとしても機能することが期待できる。
経営者の多くは、自身が会社員時代、もしくは創業初期段階において、実際に長時間労働や休みを厭(いと)わない働き方を継続することで事業を成功させたり、会社を成長させたりした経験を保持しているものだ。
この個人的な成功体験が「寝食を忘れて働く=成長できる」との強い信念を生み、本来は立場の異なる従業員に対しても、あくまで「彼らの成長に資するため」との大義名分で、同じ姿勢を期待してしまう要因となっている。
「ベンチャーに入ったなら休むな!」「寝食を忘れて仕事に没入しろ!」といった主張は(合法か否かはここでは一旦置いて)、ベンチャー経営者にとっては、自分自身の成功体験や創業期の危機感、企業文化の醸成、そして従業員の成長を促す手段として「正しい」ものであり、同じ立場の経営陣であれば深く共感される考えであることは間違いない。
特に、経営者の個人保証まで求められ、失敗したら人生が終了するかもしれないというプレッシャーの中で、いわば「命がけ」で事業を進めている以上、従業員にも同じレベルの共感と献身を期待したくなるのは致し方ないことなのかもしれない。
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