賃貸トラブルの現場に20年もいると、ひしひしと感じることはたくさんある。そのひとつが、『家主の財産(物件)は、家主でしか守れない』ということだ。
物件は我が子と一緒で、目を離せばグレるし、問題を起こす。しっかりと愛情もって見守り続けることは、健全な賃貸経営の上で必要不可欠であると考えている。
家主から相談を受けたのは、今年2月も終わりのこと。貸した物件でトラブルがあり、昨年から自分で対処してきたが、いよいよ厳しいので対応してくれないかという依頼だった。
状況を把握するために写真を見せてもらうと、戸建て賃貸の屋根にアマチュア無線のアンテナが立っているではないか。しかもそれは、決して小さくない。写真で見る限りは6メートルくらいの高さがある。
さらにその設置を自分でしたらしく、屋根の上には無数のケーブルが無造作に置かれ、倒れた別のアンテナまで放置され、台風でも来ようものなら吹き飛ばされそうだ。
そして何よりも極めつけなのが、室内からアンテナに繋ぐケーブルを通すため、壁には大きな穴すら開けられていた。
借りた物件の壁に、自分の趣味のために大きな穴を開ける、その状況に思わず私は目を疑った。
家主はこの現状を、数年もの間、知らなかった。2016年に貸した後、一度も見に来たことはなかったと言う。昨年の11月、たまたま隣接する別の賃貸物件から不具合の連絡があり、業者が現地に行ったところ、このアンテナの存在が発覚したという訳だ。ここから約4ヶ月、家主はこの困った賃借人と闘った。
アマチュア無線が命なんです! 生きがいを奪わないでください!
家主としての不安は、次のとおり。
① 台風等の強風で6メートルほどのアンテナが倒れる可能性がある
② これだけの重量物が屋根に載っていると建物の構造体にも歪みが出る
③ 素人工事なので雨漏りやアンテナの倒壊も怖い
④ 無数のケーブルが屋根の上に置かれ、漏電等からの火災も心配
⑤ (倒壊等で)近隣に迷惑をかける可能性がある
これらを踏まえ、家主は賃借人に、まずアンテナタワーの重量計算書とアンテナ保険の証書を出してもらうよう依頼した。ところが賃借人は紛失したと言う。調べたら、そもそもアンテナ保険には入っておらず、重量等の計算も何もせず、ただ屋根に直に取り付けたということが発覚。(おそらく室内の雨漏り等は酷いのでは?)
そこで上記の5つの不安と、そもそも許可なく勝手に取り付けたものなので、撤去するよう家主は依頼した(撤去しなければ修繕もできない)。
そして特筆すべきは、この賃借人が生活保護受給者だと言うこと。これだけの物を購入しようと思うと、100万円は優に超えるとのこと。生活保護の受給額からコツコツ貯めたとしても、常識的に考えれば到底及ばない出費のはずだ。
この賃借人は毎月の安定収入(生活保護)で生活に不安はなく、これだけ趣味に没頭できるなら、悪くない人生なのだろう。
さて話を戻そう。家主は「とりあえず業者に依頼して撤去してもらってください!」と言うと、賃借人は「これが生きがいなんです」「アマチュア無線ができないなら死にます」「撤去はできません」とさめざめと涙を流して嘆願する、これがこの間、繰り返されていた。
さすがにこれでは先に進まないということになり、私のところに相談があったという訳だ。
「アンテナ撤去されたら死ぬって言うんですけど、事故物件になるのが怖いんです」と家主は言う。少なくとも「死ぬ」だの何だのと何百人もの困った賃借人が私に言ってきたが、そのうち亡くなった人はひとりもいない。
アンテナ撤去されたら生きて行けません!
今回のように賃借人に勝手に設置されても、家主の立場では法的に「撤去してください」という請求権しか持ち合わせていない。つまり家主側が、一方的に撤去することはできない。それをしてしまえば、鍵を勝手に換えるといった自救行為と同様だ。
しかも相手は、生活保護受給者。趣味にかけるお金はあっても、撤去する費用までは持ち合わせてないだろう。賃借人の費用で撤去してもらうとなれば、延々と今の状況が続いてしまうことになる。そうであるならば、本人が撤去に同意をし、家主の費用で一旦撤去する、そして後日、撤去費用を請求する、という流れしか現実的ではない。
幸い契約書には
① 賃借人は家主の同意を得ず物件に工作物を設置してはならない
② 建物の保全や管理上必要ある場合には家主側は本物件へ立ち入ることができ、必要な処理を講ずることができる
これらの条文が入っていたので、賃借人に対し、期限を区切って撤去の依頼をし、それができない場合には家主側で撤去する旨の内容証明郵便を送った。
賃借人は受け取ってすぐに、私にも泣きの電話をしてきた。
「アンテナは下ろせません、下ろされたら生きていけません。お願いです……」
いくら嘆願されても、事務的に塩対応するしかない。電話を切っても、しつこいほどに電話がかかってくる。連日のようにかかってきたが、ここで態度を軟化させてはいけない。私と賃借人の闘いが始まった。
〈後編へ続く〉
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執筆:
(おおたがきあやこ)