ブラウジングやゲームなど、基本的に「消費」的な使い方をするデバイスだと思われがちなiPad。しかし現在、多くのクリエイティブなユーザーたちによって、iPadは制作活動にも利用されるようになっています。
人々のクリエイティビティに訴えかけるアプリも多く開発されています。例えばiPhoneで作られた雑誌『The New Yorker』の表紙や、イギリスのカートゥーン・バンド、GorillazのiPadで制作されたアルバムなども話題となりました。
しかし「目新しさ」という要素を除いても、タブレットによる制作活動には本当にメリットがあるのでしょうか? 今回はそれを探るため、米Lifehackerは、米・シカゴのゲーム開発スタジオ「Phosphor Games」のデザイナーであるSteve Bowler氏、iOS用ゲーム『Superbrothers: Sword &Sworcery EP』で音楽を担当したJim Guthrie氏、そして米・ジョージア州の映像制作会社「Remedy Films」のオーナー兼プロデューサーであるChase Andrews氏の3人に、iPadを「どのように」使っているか、そして「なぜ」使っているのか、お話を伺ってきました。■最初にiPadが「使える」と感じた瞬間
iTunes App Storeが始まって以降、ペイント、執筆、音楽制作などのアプリがリリースされるようになりました。当初、そうしたアプリを使用していたのは一部のユーザーでした。しかし徐々にアプリは進化し、日常的に使う人々も増えていきました。ところで、こうしたアプリを使うようになるきっかけは、どのようなものなのでしょうか。筆者の場合は、ノートPCのバッテリーが切れ、仕方なくiPadを代用した時だったそうです。
デザイナーのBowler氏の場合、そのきっかけはiPadを手に入れて割とすぐに訪れました。最初の数週間は、メールチェックやブラウジングなどをしていたそうです。ところがある日、iPadの使い方を決定的に変えるひとつのアプリケーションと出会ったのです。
(iOS用ゲーム)『Dark Meadow』のリリース後のことです。新しいプロジェクトが進行する中で、アートディレクターにスケッチを提出する機会が訪れました。最初は「夜に自宅のペンタブレットで描きます」と言ったのですが、ふと思いついて『Sketchbook Pro』をiPadにダウンロードして使って、スケッチをメールですぐに送ってみたのです。その時に気がついたのです。「これは役に立つな」と。
わが社のレベルデザインリーダーであるロブも、ほぼ同時期に、同様のことに気づいたようです。現在、レベルデザインの会議は、ホワイトボードよりもiPadを囲んで行われることが多くなりました。描いたものをコピー&ペーストできるiPadは、ホワイトボードよりも便利なのです。
次にGuthrie氏の話を聞いてみましょう。彼の場合、すでにあった音楽制作環境にiPadをうまく融合できる状況の到来がターニング・ポイントとなったようです。
「CoreMidiのサポート」と「シンセサイザーやサンプラー系のアプリが昨年続々とリリースされたこと」、この2つが大きかったと言えます(iPadでMIDIを扱うことについてはライフハッカーのこちらの記事もどうぞ)。ただ、すでに持っている機材にiPadが取って代わったわけではありません。そうではなく、iPadによって選択肢が増えて、よりクリエイティブになれたのです。ライブで使うにはあと少し試行錯誤がいるのですが、うまい方法が見つかったらとてもエキサイティングだと思います。
一方、映像制作ではどうでしょう。Andrews氏は箱を開けてすぐに「これだ!」と思ったそうです。
iPadは購入後すぐに活用するようになりました。最初はメモ取り、予算の勘定、それからオンラインのスタッフとすぐにやり取りするためのツールとして利用していました。現在はCanonのデジタルシネマカメラ「C300」と組み合わせ、手頃な価格のテレプロンプターとしてクライアントのために使ったりすることもあります。■モバイル機器がラップトップ/デスクトップPCに勝る時
仕事の流れの中にiPadを取り込むと、メリットがはっきりわかってきます(デメリットに関しては次のセクションで)。では、これほど小さいiPadがPCに勝るケースはあるのでしょうか。
わかりやすいメリットとして「どこにでも持ち運びできる」という点があります。軽くて扱いやすく、ラップトップよりバッテリーが持ちますし、アイデアをすぐに書き留めるのにも便利。Bowler氏はこう話しています。
まず気に入ったのは、その携帯性です。オフィス、打ち合わせの場、自宅、どこへ行くにも一緒です。小型メモリーやクラウドに頼る機会もあまりありません。「ちょっとしたスケッチが必要なら、いまここでiPadを使ってやってしまいますよ」といった具合に、仕事上で必要なことがいつでもすぐにできます。インスピレーションが湧いたら、その場でメモを書き留めてメールで送れます。
Andrews氏もまた、携帯性のメリットに関して同意見のようです。
iPhoneやiPadのハイクオリティなカメラは、 ロケーションハンティング(撮影前の下見)の時に便利です。同時にメモを取ったり、予算を計算したり、テスト・ショットを撮影したりと、さまざまなことに使えます。また、機材環境を合わせれば、映像をその場でチェックすることもできます。CanonのC300のような新しいカメラなら、iPadとダイレクトに連動させられます。ハイエンド・プロダクションにおいて、こうしたデバイスがいよいよ使われるようになったのです。
Guthrie氏の場合、iPadの「制約」により、かえってこれまでとは違ったアイデアが浮かぶことが多いそうです。
アプリがまずまずの水準に達したものであれば(そうでなくても)、時も場所も選ばずに何かを作ることができます。アプリには無限ともいえる可能性があると思います。iPadは昔からある問題に対する新しいアプローチを提供してくれるので、デスクトップ環境では思いもよらなかったアイデアが浮かぶことがあります。
さて、メリットはこのようにさまざまありますが、iPadは万能というわけでもありません。
■iPadの弱点と、それを克服する方法iPadにはたくさんの弱点もあります。クローズドなシステムのため、プログラマーの自由度は高くありませんし、タッチスクリーンは場合によって正確性を欠くことにもつながります。また、ヘッドフォンジャックとDockコネクタの2つしかポートを備えておらず、別のハードウェアと組み合わせにくいことも弱点と言えるでしょう。
Bowler氏に、この先期待していることを聞いてみました。
『Sketchbook Pro』より使いやすいイラスト用のアプリがあれば良いと思っていたのですが、先週『Paper』がリリースされ、その点は解決しました。あとはとっぴな考えかもしれませんが、Unreal Kismetツールが使えるようになったり、iPadだけでiOSの開発がフルにできるようになったりすれば良いと思います。それと、もっとマーカーペンに近い先端を持ったスタイラスが作られたらありがたいです。
Guthrie氏にとっての最大の問題は「音楽制作に使いやすいインターフェースを作ること」だそうです。と言うのも、iPadには十分なポートがないからです。
シグナルの入出力が最も厄介な問題です。現状ではiOSデバイスでの楽曲のエクスポート(出力)やミックス作業にフラストレーションを感じています。こうした点を解決するものも徐々に出てきてはいますが、全体としてはまだまだです。
iPad対応のギター用インターフェースをこれまでにいくつか買いましたが、Alesisの「IO Dock」が一番でした。MIDI入出力に加えてXLR入力端子があり、ファンタム電源も付いているのです。軽くて動作も良好です。例えば、お風呂場の反響を使ったような音が欲しい時は、iPad用の『Garageband』とこのポータブルで使いやすいIO Dockさえ持ち込んでしまえば、ラップトップなんて必要ありません。実際に録音したデータを、あとでMac版『Garageband』で開けば良いのです。iPadのおかげで作業が解放的になりました。
片や、Andrews氏はほとんど不満が無いようです。
iPadやiPhoneを「こうやって使うべき」という枠の外でどれだけ使えるか、とあえて考えることが面白いのです。この新しいタイプのデバイスを本当に活用する方法はまだまだこれから生まれるでしょう。楽しみです。■クリエイティブな仕事にiPadを導入する
iPadをクリエイティブな仕事にどう組み込むか。上記のセクションではたくさんのヒントをもらうことができましたが、すべての可能性が語られたわけではありません。例えばライターの仕事であれば、iPadは注意散漫になることを防いでくれるという点でメリットがあります。筆者を含めた米Lifehackerのライターも、PCと同期できるメモ帳アプリ『Simplenote』や『iA Writer』などを使っています。何でもできるわけではありませんが、ネットにアクセスせずにただ座って何かを書きたい時、iPadは筆者にとってメインの道具となっているそうです。
今回インタビューした方々のコメントに共通しているのは、「とにかくちゃんと動く」というスティーブ・ジョブズのお決まりのセリフではありません。iPadをクリエイティブなツールにする方法は、購入してすぐに生まれるものではなく、そのための工夫が必要なのです。「iPadをどうクリエイティブに使うか」と考えること自体にクリエイティブな要素があるとも言えるでしょう。
今回の記事ではiPadを扱いましたが、他のタブレットやスマートフォンでも話は同じことです。「ほかにもこんなクリエイティブな使い方がある」、「このアプリが創作に使える」といった情報をお持ちの方がいましたら、ぜひコメントやFacebookページで共有してください。
Thorin Klosowski(原文/訳:河西良太)