仕事をスムーズに進め、より「ハカどる」ためにはどうすればいいのか。今話題のハカどっているヒトを発見し、「ハカどーる認定」していく「噛みしめて読みたい。ハカどーるヒトたち。 powered by lifehacker<」。
「クロレッツ」「リカルデント」「ストライド」といったガムで知られるお菓子メーカー「モンデリーズ・ジャパン」の「ガムならハカどーる」委員会と一緒に立ち上げたこの企画。第二弾はアラブの富豪が1000万円で購入予約したという未来型電動バイクをデザインした「znug design(ツナグデザイン)」代表の根津孝太さんの登場です。
ぜひガムを噛みながら読んでみてください。根津さんは、トヨタ自動車のデザイナーとして2005年の愛知万博で発表された未来型パーソナルモビリティ「i-UNIT」の開発に携わり、独立後は、アニメ『AKIRA』の世界観を彷彿とさせるバイク「zecOO(ゼクー)」などを手がけました。その一方で、食を楽しむランチボックスやミニ四駆など、幅広いジャンルのプロダクトを生み出しています。
根津さんの作品に共通するのは消費者の感性にタッチすること。「i-UNIT」や「zecOO」は未来の乗り物を、ランチボックスは生活をより豊かにするデザインを追求した結果導き出されたひとつの答えです。さまざまな異なるジャンルにおいて、消費者につねに喜ばれるプロダクトを生み出し続けることができる秘訣は、プロダクト製作における根津さんの思考プロセスにありました。どの分野で働く人にも参考になる「ハカどるためのヒント」があると思いますので、ぜひ参考にしてみてください。
まずは、生活雑貨のブランド「アフタヌーンティー」とコラボレーションして作られたランチボックスが、どのように生まれたのかのお話から。
デザインに大切なのは、スタッフの中にある無限のアイデアを発掘するコミュニケーション
根津:デザイナーはアイデアをカタチにできるけど、ひとりで生み出せるアイデアには限りがあります。でも、商品を深く知るスタッフと対話をすると、アイデアは無限に出てくるんですよね。デザインとは、スタッフの中にあるアイデアを発掘する作業だと思っています。そのため、スタッフとのコミュニケーションを一番大事にしています。「ランチまわりの商品を一緒に考えてほしい」という依頼から始まったこのプロジェクト。1回目の打ち合わせで、根津さんはA4の紙を使って、X軸に『機能』、Y軸に『感性』というチャートを描くことで、新商品がどうあるべきかを打ち合わせに参加する皆がよくわかるカタチで共有した、といいます。実際に使われたチャートを見ると、「感性を大切にする」という大枠を決めて、「機能と感性の両立」、「感性に特化する」の2つに方向性を絞っていったことがわかります。
誰もが臆することなくアイデアを発表できる会議をつくることこそ重要
機能と感性がリンクする箇所は、線でつなげて視角的にわかりやすくなっている。
また別の紙には、「機能面」と「感性面」のアイデアを箇条書きにしていました。機能面では「温かいものは温かく(保温性)」、「スタッキングしやすい」、感性面では「LEGOのように容器を重ねる」など。根津さんはスタッフから丁寧に言葉を引き出し、1センテンス程度の短いワードとイラストでメモしていくそうです。中には「プッチンプリンみたいにひっくり返せるお弁当」なんていう案もあったとか。一見、冗談半分に思えることでも、イラストに描くと打ち合わせにユーモアが生まれるそうです。これは、誰もがアイデアの種を臆することなく発表できる場所を用意するための根津さんの工夫です。
3~4枚のアイデアシートができたら、次は考えを整理していく行程です。ここで「食べるものによって最適な容器」というランチボックスの機能と、「食べるときの楽しさ」という人間にわき上がる感性です。ここで出たキーワードは「諦めないお弁当」。機能と楽しさの両方を併せ持つランチボックスをつくろうということです。根津さんのイラストには、ランチョンマットの上に、大きさの違う器が並ぶシーンが描かれていました。
2回目の打ち合わせでは、イメージを具体的に決定する。
簡単なイラストだけの状態からCG制作を開始する場合もある。
2回目の打ち合わせで根津さんは、イメージをブラッシュアップしたイラストとCGデザインを提案しました。サイズや細かい仕様なども追加されています。
CGにおこすと、色や素材感が伝わるとともに、製品が急に現実感を増すのだなと感じました。「スタッフは盛り上がったでしょうね」と聞くと、「みんなが嬉しそうにしてくれる瞬間こそ、自分がデザイナーで良かったなと思うんですよね」と根津さんは話してくれました。
自分の提案はすぐに通らない方がいい。反対意見こそが商品をより良くする
このように、良いプロダクトは有益な打ち合わせから生まれますが、密度の濃い話し合いをするには、どうすれば良いのでしょうか?
「反対意見を聞いてその理由を理解すること」と、「企画者だけでなく設計者や製造担当者など、様々な立場の人たちと話をすること」が大切だそうです。
根津:反対意見には、消費者からのクレームを予見するものや、設計や製造に関する技術的な要因も多い。それって、商品がより良くなる可能性があるということなんですよね。だから僕は内心、自分の提案がすぐに通らなければいいとも思っているんです。各担当者が同じ場にいると、問題があっても一緒に解決策を探れるんですよね。それぞれが専門知識を活かして、商品をより良くするために話し合うのが、良い打ち合わせだと思います。互いの意見をぶつけ合う際には、その理由を1センテンスで述べられるといいそうです。例えば、ランチボックスの色を決める際には、「料理がおいしそうに見えるから暖色系がいい」「赤、青、2色はブランドカラーなので、店頭が華やぐ」という意見交換が行われたそうです。
根津さんのプロダクトが多くの人の心に届くのは、スタッフみんなで意見を言い合える環境を整えてアイデアを生み出すから。みんなと話をするとアイデアは無限に広がるという意味が、少しわかる気がしました。
"俺が欲しいプロダクト"は、コアなファンの心を掴む。
では次に、近未来型バイク「zecOO」の思考プロセスを見ていきましょう。ランチボックスが多くの消費者をターゲットにしたアイテムに対して、「zecOO」は、根津さん自身が欲しいバイクをデザインしたものです。
その開発の背景には、バイクショップ「オートスタッフ末広」のオーナー、中村正樹さんとの出会いがあったといいます。「zecOO」の製作は、中村さんから「俺がカミさんと2人で旅するためのトライク(三輪バイク)をデザインして欲しい」と依頼されたことに端は発していたのでした。
ここでも根津さんは対話からアイデアを広げていきます。「誰かが欲しいものではなく、自分が欲しいものを」。「重力を感じるのがいいんだよ」。「視線を感じるのがいいんだよ」。そんな中村さんの言葉を拾っていくと、自然とデザインが浮かんできたといいます。
中村さんとのコミュニケーションを繰り返して生み出されたトライク「Ouroboros(ウロボロス)」は、フロント部分が開閉式になっていて、荷物を積み込める仕様。自動車と比べてしまうと、積載能力は118リットルと少ないですが、そうなったのにもちゃんと理由がありました。中村さんからの「俺たち2人が1泊2日の旅をするならこれで足りるよ」という一言があったのです。「Ouroboros」のような斬新なデザインの背景には、プロダクトを愛する人の生活スタイルや人生に必ずヒントがあるのです。
情報収集は仕事が始まってからでは遅い。普段から補給しておく
根津さんが日々蒐集している数々の画像資料。車の画像資料だけでも約500のフォルダがあり、車種ごとに整理されている。根津さんが人の言葉に注意深く耳を傾け、深いコミュニケーションを通してデザインを生み出すことができるのは日々のインプットに余念がないからでもあります。
根津:情報収集は、仕事が始まってからするのでは遅いんですよね。普段から補給しておくもの。そのためには、日頃から、いろんなことに興味を持つことが大事です。世の中に対する解像度を上げる感覚ですかね。僕は、興味が出ると、どこまでもとことん掘っていく性格なんですよね。近未来型バイク「zecOO」は、町工場の高度な技術がデザインソース。
中村さんと出会う前から、根津さんは心の中で自分のための電動バイクを作りたいと思っていました。その想いは、オートスタッフ末広のものづくり技術を身近で見ることで、加速します。
根津:末広さんのスイングアームを取り付けるフレームの制作方法を見て、なるほど、と思ったんですよね。タイヤを支えるスイングアームの根元を支えている部分で、アルミの削り出しで作っているんですよ。中村さんから、巨大な設備がない工場でも精密で頑強なものが作れるという話を聞いて、すごいと思ったんです。この制作方法を活かして、フレーム全体に拡大したのが「zecOO」で、黒色や金色の板状の部分です。ですから、もし中村さんがいなかったら、あるいは先にOuroborosをデザインしていなかったら、zecOOはこのようなデザインにはなっていなかったんですよね。「zecOO」は、アニメの世界に登場しそうな近未来デザインで注目されていますが、実は町工場の高度な技術からインスピレーションを得てカタチになったのです。
理のあるデザインは、人々に雄弁に語りかける。
さらに興味深いことに、「zecOO」は、人が座ることで完成されるデザインになっているそうなのです。
根津:ボディは弧を描くラインになっていて、それは人が座ることで完成するんですよ。僕は"理"のあるデザインが好きなんです。シートの真下に中心点をおいて弧を描くと、人間がキレイに収まるんじゃないかなという仮説なんですけどね。だから「zecOO」は人が乗っていないと何かが欠けている感じがするんです。乗車する人間のサイズは、「俺が欲しいバイク」だから、自分に合わせたんですけど、テストでもっと背の高い人が乗っても違和感なかったので悔しいなと思いました(笑)。「zecOO」はプロトタイプ制作段階ですが、ドバイのショーに出展した時には、現地の富豪が1000万円で即決購入予約するなど、早くもバイクファンの心を掴んでいます。
プロジェクトがハカどる秘訣は、変わることに、前向きであること。
根津さんのデザインは、人々がワクワクする感性の部分を大切にしています。プロダクトごとにターゲットの層も数もまったく異なりますが、人々と対話することで、いいプロダクトが生まれるプロセスは共通なのだと思います。最後に根津さんに、プロジェクトを「ハカどらせる」ために大切なことは何かを聞いてみました。
根津:絶対条件として、前向きであること。そして、変わることを恐れないことですかね。コミュニケーションを恐れないと言いますか。それって結局は自分を変えていくこと。そこに前向きであるべきだと思うんですよね。専門知識を持った人々が、前向きに対話を重ね、変化を繰り返す。いいモノを作るためには当然のことですが、いざ実践できるかというと、なかなか難しいことでもあります。そう伝えると、根津さんは「自分の意見を言う前に、まずは相手の意見のいいところを伝えてあげることも大切なんですよね」と教えてくれました。
徹底的に深いコミュニケーションを突き詰め、相手の意見にアイデアのヒントを見つける。そして反対意見も飛躍へのジャンプ台にする。取材中も、僕らスタッフの質問に好意的なコメントをいれながら話をしてくれたその姿勢にこそ、「ハカどる」ヒントがあるのだと思います。
(文:奥畑瑞雪、松尾仁 写真:松本昇大)