「空気」でお客様を動かす 商品の実力以上に売る技術』(横山信弘著、フォレスト出版)の「はじめに」に、気になるフレーズが登場します。

映画館のポップコーンは、なぜ高くても売れるのか。

著者によれば、それは「人の心理が生み出す『空気』をうまく使っているから。「『○○』へ行くと、『△△』をしたくなる心理」であり、マーケティングにおける「文脈効果」というものだそうです。商品が同じでも、見せ方や周囲の環境によって、商品の価値が変動する心理効果。

つまり人がなにかを購入するとき、空気によって、価値判断にバイアスがかかってしまうものだということ。本書を通じて著者が訴えたいのも、マーケティングにおける「空気」の影響力の大きさです。その点を踏まえたうえで、第1章「日常における、お客様を動かす『空気』」から要点を引き出してみますす。

『アナと雪の女王』があれほどヒットした理由

2014年にディズニー映画『アナと雪の女王』が大ヒットしましたが、著者によればその理由は、心理的な「空気」にあるのだとか。作品の人気が出てブームになると、その「空気」を察知して報道がどんどん加熱し、すると「『アナと雪の女王』を観ないと話についていけない」という「空気」ができあがるということ。

なお世間を動かす空気には、「世間の空気」「集団の空気」「個人の空気」の3つがあり、『アナと雪の女王』は「世間の空気」を使ってお客様を動かした好事例だといいます。つまり、このブームは予見されたものではなく、「世間の空気」によって生み出されたものだということです。

人を動かす空気をつくり上げるのは、「同調性バイアス」。他人の価値観や判断基準に影響を受け、「感化」されることによって動かされるということです。ただしこのバイアスは、状況によって常に変化するもの。こちらの意思決定によって相手が利する場合、「同調性バイアス」はダウンしますが、利害関係のない人からの影響だと、急激にアップするというわけです。商品を売る営業や販売員からよりも、友人や親族からのほうが影響を受けやすいのはそのせい。(22ページより)

楽しい場所だと「散財」してしまう理由

さらに注目すべきは、影響を与える人物が複数だと、「同調性バイアス」がかなり強くなるという点。これを「集団同調性バイアス」というそうです。たとえば人の少ない遊園地は楽しいと思えないけれど、たくさん人がいて華やかでにぎやかだと楽しさが倍増します。それが、「集団同調性バイアス」のかかった状態。

ただし、単に華やかな「空気」をつくればいいわけではなく、扱う商品・サービスにふさわしい「空気」をつくることが必要。また「集団同調性バイアス」は、人と人との「関係性」と「密度」によっても変化するそうです。身動きがとれないほど密集しているならともかく、適度に混み合っているとバイアスはかかりやすくなるということ。

一方、赤の他人が近くに20人いるよりも、関係の深い友人が3、4人いたほうが影響を受けるとか。頻繁に会う人から勧められると「その気」になりやすくなるわけです。

「世間の空気」と「集団の空気」は異なるもの。「集団の空気」が影響力を及ぼすのは、自分と関係性の強い人達が集まっているときだといいます。「集団の密度」が、大きな影響を与えるということです。(24ページより)

「ニーズ」は簡単に発生し、更新される

また、ここで考えたいのがお客様の「ニーズ」。

「ニーズ」は確固たる存在のように思えるものの、実はとても不明瞭なものだと著者は主張しています。「売れた」「売れなかった」はすべて過去形。「お客様のニーズを正しくとらえれば必ず売れる」というものではないということです。

そして注目すべきは、「ニーズは変化する」という事実。「牛丼を食べたくて探していたが、カレー屋さんがあったのでカレーにした」「ITの展示会に誘われて行ってみたところ、雰囲気に感化され、大型の情報システム導入を決めてしまった」など。

これを「ニーズの更新」「ニーズの発生」と呼ぶそうですが、なんらかのきっかけで「ニーズ」は簡単に更新されたり、発生したりするわけです。

重要なのは、そこに「明確な理由」はなく、ただ「なんとなく」であるということ。ところが人間は、たとえ「なんとなく」であっても、「一貫性の法則」の働きによって、自分がとった行動や意思決定を一貫して正当化したくなるものなのだとか。そして「なぜ牛丼ではなくカレーにしたの?」と聞かれた場合、「辛いものを食べてからだの代謝を上げたかったんだよね」という具合に、あたかも「前からカレーを食べようと思っていた」理由を見つけようとする。

「作話」と呼ばれるこの思考メカニズムを理解して、消費やサービスを販売する側はマーケティングを考えていかなければならないと著者は記しています。(30ページより)

気持ちよく買えることの重要性

注目すべきは、「作話」だったとしても、購買心理が「wants(ウォンツ)」のレベルで止まらないという点。購買動機は「必要性を感じたから」といった「needs(ニーズ)」のレベルで語ろうとするのを見逃してはなりません。

なにかの「同調圧力」を感じて断れなくなり、やむなく購入の意思決定をしたのなら、「wants(ウォンツ)」もなければ「needs(ニーズ)」もないということに。しかし重要なのは、「お客様を動かす空気」は「同調圧力によって断れなくする空気」とは違うということ。

その空気に触れる以前はなかったはずの「needs(ニーズ)」が、突如として現れたり、変化したりすることに注目しているわけです。買いたいという「wants(ウォンツ)」ではなく、買う必要があるという「needs(ニーズ)」そのものが変化するため、意思決定レベルよりもより強くなるのです。

映画館で食べるつもりもなかったポップコーンを買ってしまったのが「ニーズの発生」、牛丼を食べるつもりだったのにカレーライスを注文したのが「ニーズの更新」、そして、お土産屋でなにか買うつもりが、他に誰もお客様がいなかったので買わずに出てきてしまったのが「ニーズの消滅」だというわけです。(34ページより)

お客様が口にする「2つの不思議なことば」

お客様が口にする「2つの不思議なことば」は、「せっかくだから」と「そこまでいうなら」

多くの顧客は、熱心に情報提供されることで「せっかくだから、いただこうか」と買ってくれたり、押しの強さや情熱に負けて「そこまでいうなら、ひとつ頼むよ」となるということ。原因のひとつは、「サンクコスト(塹壕)効果」が働くからだといいます。

せっかく支出(投資)したのだから、無駄だとわかっていても計画を続行してしまう心理的傾向。「コストをかければかけるほど、もとを取りたくなる」心理だというわけです。いい例が、パチンコの際「これだけお金と時間を投資したのだから、もうひと粘りして回収しよう」と思わせる心理だとか。そして「売る側」は、お客様に時間や労力という名のコストを支払っていただくプロセスに意識を向けるべきだと著者は主張しています。

「せっかくだから」「そこまでいうなら」といわせるもうひとつの原因は、「好意の返報性」の原理(ミラーリング効果)。人は好意を受けると、それを返したくなるもの。営業や販売員がお互いの間柄を超えて親しくなると、お客様は気持ちよくお金を支払ったり、他の顧客を紹介してくれたりするようになるということ。

自分のことを気に入ってくれる人に対し、人間は好意を感じるものだからこそ、「好意の返報性」がわかりやすい指標になるということです。

このように、事例を絡めながらわかりやすく話が進んでいくため、「空気」でお客様を動かすために大切なものを確実に理解できるはず。営業マンやマーケッターにとっては、役立つ一冊となることでしょう。

(印南敦史)