【引退】獅子党にこよなく愛された男・岡田雅利 球界で前例なし「骨切り術」秘話/前

ライオンズきっての〝愛される男〟、西武岡田雅利捕手(35)が、今季限りでの引退を決断しました。9月14日のロッテ戦(ベルーナドーム)で、引退セレモニーが行われます。

23年3月には球界でも前例がほとんどない「大腿(だいたい)骨・脛骨(けいこつ)骨切り術」を受け、長期間リハビリに励んできました。ムードメーカーとしてチームメートやファンに愛された11年間。引退発表時には、大阪桐蔭時代にバッテリーを組んだ中日中田翔内野手(35)もインスタグラムで「高校の時から最高の親友、ライバルだったすごい選手です! 同級生にあいつがいて誇りに思う!!」などメッセージを送りました。

復帰を目指し、リハビリ期間中だった1年前。術後の経過や苦しむチームメートへの思いを語ってくれました。前後編の前編です。

プロ野球

Lマークで笑顔の西武岡田雅利捕手=2023年9月

Lマークで笑顔の西武岡田雅利捕手=2023年9月

◆岡田雅利(おかだ・まさとし)1989年(平元)6月30日、奈良市生まれ。大阪桐蔭では正捕手として2年夏に甲子園出場。3年春のセンバツでは中田翔(現巨人)とバッテリーを組みベスト8進出。大阪ガスを経て13年ドラフト6位で西武入り。21年オフにFA権を行使し3年契約で西武残留。プロ通算325試合、6本塁打、40打点、打率2割1分7厘。173センチ、80キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1000万円。

「激痛…キャンプ帰って即決断」

――今年3月14日に左膝の手術を受け、もう半年が過ぎました。ここまでの回復経過はいかがですか?

岡田そうですね、今のところ私生活は全然大丈夫で、バッティングも今、ある程度しっかり振れるようになってきて。なんかまぁ、大きく変化はないんですけど、階段でいうと1歩1歩ちゃんと上れてる感じがあって、踏み外してることもなく来てるんで、そういう部分ではいいのかなとは思いますね。

――33歳での大きな手術の決断でした。そこに至るまでの葛藤などは?

岡田前の手術がどうしてもハマらなかったというか、私生活自体がちょっとできなかったので、これは野球どころじゃないなと思って。

それなら、うーん、正直こう、もう終わりかな…っていうのが頭にあって。いろんな方と相談して、もう1回、誰もやったことない手術をやって、最後どうかなというふうになったって感じですね。

――私生活でもダメ、というのは?

岡田ダメな時は歩くのがもう、痛すぎて。左足を1歩着くだけでなんかもう激痛だったんで。右足はめちゃくちゃ元気なのに。これは異常だなって。

――手術の提案はいつ頃に受けたんですか?

岡田今年の春のキャンプでもしかしたら良くなるかもしれないと思ってました。ソフトバンクの高谷さんも半月板を手術して、軟骨がない状態だと。

それでも野球でできることはできてたとおっしゃってたんで、そこを目指してやったんですが。キャンプやっても正直無理だったんで、キャンプ帰ってすぐ手術を決断って感じでしたね。

リハビリでキャッチボールを行う=2023年9月

リハビリでキャッチボールを行う=2023年9月

大腿骨・脛骨骨切り術「もうやりたくない」

――以前「野球界では珍しい手術」とおっしゃっていました

岡田はい、プロ野球界でも初めてくらいの手術なんで。一般的に70歳~80歳の方々が受けるケースが多い手術と聞きました。

――手術の名称は「大腿(だいたい)骨・脛骨(けいこつ)骨切り術」。確かに野球選手の手術としては聞き慣れない言葉です。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。