2008年後半に日本円を除く各国通貨は大幅な減価を強いられ、為替相場の勢力図は大幅に変更された。世界中が注目していた1月20日オバマ大統領の就任を経て、為替相場の混乱も世界的な利下げとさまざまな金融市場救済策によって一段落したかのようにみえる。2009年に入ってから頻繁に報道される日本輸出企業の業績悪化は、今回の国際金融危機や急激な円高がもたらす実体経済への影響の深刻さを如実に表しており、今後どこまで世界経済が減速し、不況がどのくらい続くのかも読みきれない状況となっている。
拡大する域内通貨の乖離
今回の国際金融危機によるアジア為替の相場変動の特徴としては、増価する通貨(日本円)と減価する通貨(韓国ウォンなど)の差が激しいこと、その動きが急激であること、その反面一部のドルペッグ通貨(中国元など)はさほど変動していないことが指摘される。図1は、主要アジア通貨の対ドル相場(日次、2008年1月3日=100)2008年1月から2009年1月末までの動きを表している。これによると、2008年11月後半に対ドルで6割減価した韓国ウォンはその後1割ほど値を戻しているのがわかる。一方で、円高傾向の変わらない日本円と韓国ウォンの差は2009年1月末時点でもさほど縮まっていない。
経済サーベイランスの構築が重要
対米ドルレートの下落が一段落したアジア通貨については、2008年末に高まっていた通貨危機につながるのではないか、との不安は現時点では遠のいた。韓国ウォンの急落の安定化は、12月に日中韓が通貨スワップ協定の規模拡大で合意したことも大きな役割を果たしたと考えられる。アジア各国は、チェンマイ・イニシアチブの強化やアジア開発銀行の資本増強が必要との認識で一致している。このような状況下において必要なことは、アジア域内の金融協力をさらに推進すると共に、経済サーベイランスの枠組みを早急に構築することであろう。
その意味で、AMU乖離指数(図2)をみることは有益である。2009年1月末時点で、AMU乖離指標はプラスの国とマイナスの国で完全に二極化している。プラスの国は、日本、中国、タイ、およびシンガポールとブルネイであり、マイナスの国は韓国とその他のASEAN諸国となっている。
表1は、2008年12月のコラム記事を更新したものである。韓国ウォンの減価が最も顕著であった11月後半以降から2009年1月末までのアジア通貨の変動率をまとめている。日本円は相変わらずAMU乖離指標が上昇しており、ベンチマークからの乖離は11.11とAMU中最強の通貨となっている。これに対して、中国元は2008年末からの通貨安誘導により5.82とAMU乖離指標が下降し、日本円との差が広がっている。韓国ウォン、インドネシアルピアのAMU乖離指標はマイナス20台だが、昨年の最悪期よりは若干改善している。一方、マレーシアリンギット、ベトナムドン、カンボジアレアルのAMU乖離指標は低下傾向が続いている。
AMU乖離指標 (2009年1月30日) | 2008年11月20日から2009年1月30日への変化率(%) | |||
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2000-2001年ベンチマークからの乖離指標 | 2008年11月20日から2009年1月30日への変化 | 対ドル | 対AMU | |
日本円 | 11.11 | 2.74 | 4.54 | 2.19 |
中国元 | 5.82 | -2.35 | -0.05 | -2.32 |
韓国ウォン | -23.93 | 4.18 | 7.51 | 6.46 |
シンガポール・ドル | 1.76 | -0.79 | 1.37 | -0.79 |
マレーシア・リンギット | -7.96 | -1.59 | 0.43 | -1.61 |
タイ・バーツ | 5.46 | -1.73 | 0.51 | -1.57 |
インドネシア・ルピア | -29.51 | 1.76 | 4.57 | 3.16 |
フィリピン・ペソ | -11.57 | 3.80 | 6.32 | 4.46 |
ブルネイ・ドル | 1.71 | -0.85 | 1.30 | -0.54 |
カンボジア・レアル | -19.22 | -3.57 | -2.20 | -4.46 |
ミャンマー・キャット | -11.67 | -2.03 | -0.13 | -2.39 |
ラオス・キップ | -21.88 | -1.28 | 0.51 | -1.70 |
ベトナム・ドン | -27.62 | -3.79 | -3.01 | -5.31 |
データの出所:RIETI |
AMU乖離指標から見る域内通貨の安定
世界同時不況が深刻化する中、各国の保護主義的な動きも警戒されるようになってきた。不況時に自国の輸出産業を保護するためには、為替相場を安めに誘導する「競争的な利下げ」を行うインセンティブも高まっている。これまでアジア域内で拡大してきた生産ネットワークも世界的な不況により今後大規模な再編が行われる可能性が高まってきた。対ドル相場のみでなく、域内通貨間の大幅な為替変動はアジア各国にとって望ましいことではない。近年のアジア域内の貿易比率の上昇を踏まえると、為替レートの変動の経済へのインパクトを考えるためには、アジア内の通貨価値の変動が安定化して、対ドルや対ユーロでは変動するシステムへの移行も重要である。その意味から、アジア域内の相対的な価値を示すAMU乖離指標は重要な役割を果たす。