(月刊「正論」4月号より)
虐待などの被害を受けた若年女性らに対する東京都の支援事業を巡り、昨年来、「暇空茜」を名乗る男性の住民監査請求に端を発した、いわゆる「Colabo(以下、コラボ)問題」が、いまなおくすぶっている。今年一月四日、東京都監査委員が都に再調査を命じる「認容」判断を公表して以降、ネット上だけでなく新聞・雑誌でも報じられるようになった。
「中高生世代を中心とする十代女性を支える活動」を行っているコラボは平成二十三年に仁藤夢乃氏が発足させた学生団体が母体だ。二十五年には一般社団法人化し、仁藤氏は当初から代表理事を務める。新宿・歌舞伎町などで居場所のない少女たちへの宿泊場所提供や、就労や生活保護受給の支援などを展開し、その活動は新聞やテレビなどメディアでもたびたび取り上げられている。平成三十年度以降、東京都から「若年被害女性等支援(令和二年度まではモデル)事業」の委託を受けている。
令和三年度はこの業務委託費として、都はコラボに二千六百万円を支出していた。住民監査請求ではその会計報告をもとに、暇空氏が「食費や人件費、ホテル宿泊費などが不自然」などと指摘。監査委は税理士らへの不適切な報酬や領収書のない経費が存在するなどとして再調査を指示した。二月二十八日には結果の公表期限を迎える。「大幅な返金などは命じられないだろう」(都関係者)との観測もあり、結果次第だが、さらなる紛糾も予想される。
さらには本誌三月号で川崎市の浅野文直市議が指摘した、コラボによる公金の「二重取り疑惑」をはじめ、疑問点は広範囲にわたる。三月七日からの都議会予算特別委員会での質疑では、本誌三月号でコラボ問題を論じた自民党の川松真一朗都議が、同党議員らとともに関連する諸問題を追及する考えを示している。
コラボを巡る問題はなかなか全容がつかみにくい。本稿では、特定の個人・団体が、自分が個別に抱く問題意識に公共性をまとわせ、公金の支出を受けるスキームを築いたことの是非という点に的をしぼって検証してみたい。
〝利益相反〟を行政が助長
コラボに関する一連の指摘の中に、SNS上で「公金チューチュー」などと称されているものがある。これはコラボをはじめ事業者側の動きへの疑問だが、さらに「全体の奉仕者」たる行政機関がこうした動きを助長していると見える側面についても疑問の声が上がっている。
そもそも今回、監査を受けた都の事業は平成三十年度、国が児童虐待やDV対策などの支援を進める中で「若年被害女性等支援モデル事業(以下、モデル事業)」として始まったものだ。
それとともに厚生労働省は三十年七月に「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会(以下、検討会)」を発足させた。検討会は令和元年十月、「新たな制度構築に向け、具体的な制度設計等が進められ、できるだけ早く実現することを強く期待」するなどとした中間まとめを公表している。
これをもとに、令和四年、議員立法による「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律(以下、困難女性支援法)」が成立。厚労省は「困難な問題を抱える女性への支援に係る基本方針等に関する有識者会議(以下、有識者会議)」を設置し、令和六年の完全施行に向けた準備を進めている。
今回、渦中の人となっているコラボの仁藤夢乃代表は、モデル事業の受託事業者としてだけでなく、検討会および有識者会議の構成員として、一連の流れの中で、大きな存在感を示している。
中でも、モデル事業開始直後の検討会で仁藤氏が訴えた内容は、コラボ問題が孕む本質的な根深さを象徴するものと言える。平成三十年十月二十四日、検討会の第四回会合で仁藤氏は以下のように発言していた。
「たった一千万円では、人二人雇って、シェルターをどこか借りたらなくなってしまうような金額で、とても二人でできるようなことではないのにと思います。全国に広げるためにも、ちゃんと予算を付けてほしいと思っているんです」
一千万円とは、コラボが都と結んだ同年度モデル事業の委託契約額(正確には一千五十一万九千円)だ。契約相手は都だが、同年度の事業経費は国が全額を負担している。
また、この発言に続けて、仁藤氏は「どこからお金を採(ママ)ってくるのかとか、制度や法律、法改正のことも必要だし…(中略)…今すぐにでも変えられることは何なのかをはっきりして検討していかないといけない」とも述べている。
検討会の開催要綱には「婦人保護事業のあり方を見直すべきとの問題提起がなされている」ことを踏まえ「今後の困難な問題を抱える女性への支援のあり方について検討する」とある。検討事項のトップには「対象とする『女性』の範囲・支援内容について」とあって、具体策にまで踏み込んだ議論を求めていた。
実務家としてヒアリングを受けたのではなく、検討内容を方向付けることについて、責任と能力を持つ構成員として、現状の予算額では不足だとして、増額を求め、財源探しを求めている。
繰り返すが、仁藤氏はこの時点から「支援モデル事業」を受託した事業者、コラボの代表だ。
公金を「受け取る側」でありながら、「配る側」としても振る舞っているわけで、こうした構図は一般的には、「利益誘導」と指摘できるだろう。
実際、日本維新の会の音喜多駿参院議員は今年一月二十三日に提出した質問主意書で、先の仁藤氏発言に利益誘導性を認め、政府の見解を求めていた。
二月三日に閣議決定された答弁書では「(検討会は)個々の関連する予算や事業の詳細等を決定する性質の場ではない」ため「指摘は当たらない」との考えを示している。
しかし、現実として委託費は増額されている。正式事業に「格上げ」された令和三年度のコラボとの契約額は約二千六百万円、四年度は約四千五百万円だ。
音喜多氏への答弁書では、国が経費を負担した都モデル事業などに対し、個別の政策評価を実施する予定はなく、定量的な成果目標も設定していないとの考えも示している。
そもそも、「モデル事業」とは何か。内閣府が平成十六年度の概算要求に関連してまとめた資料では、「予算編成を改革するための試行事例」とした上で▽予算を使って何を達成するのか、政策目標を定量的に示す▽目標達成のために、事業の性格に応じ弾力的な予算執行を行う▽目標が達成されたかどうか事後評価を厳しく行い、効率化のために次の予算編成に反映させる―の三点をポイントとして挙げている。
答弁書からは、当初の一千万円についてはさておき、その後の増額については「モデル事業」でありながら、評価などが行われず、具体的な根拠なく事業拡大が行われていったとしか読み取れない。
もっとも、答弁書では児童虐待やDV対策などの総合支援事業全体では、評価を行っているとしている。また、都は厚労省に対し毎年、実施報告を行っている。とはいえ、その内容は相談件数などの数字の羅列で、増額の根拠になり得るか疑わしい。
はっきりしていることは、事業受託の当事者であり、かつ検討委構成員でもある仁藤氏が「ちゃんと予算を付けてほしい」と発言しており、後に実際に予算が増額されていたということだ。
仁藤氏は公金をどう配るかについて自分の意見を述べて、自分も受け取る立場にある。利益誘導となりかねない案件だろう。しかし実際、仁藤氏のような立場に立てば、誰しも「我田引水」したくなりそうだ。そもそも、事業者による制度設計への関与については、行政側が明確に一線を引くべきではなかったのか。
かつて経済産業省官僚として、さまざまな実務に携わった経験を持つ宇佐美典也氏は「活動実績や専門性から仁藤氏に意見聴取することは理解できるが、委員などへの起用はおかしい。オブザーバーなど決定権のない立場で参画させるべきだろう」と指摘する。
実際、政府組織では予算などを「求める側」と「配る側」を通常、明確に区別している。それが当然の振る舞いであろう。〝利益相反〟を避けることは、「全体の奉仕者」たる行政機関にとって、不可欠なものだ。
しかし、こと厚労行政、少なくとも今回の「若年被害女性等支援」や困難女性支援法については、そうした当然なされるべき配慮がすっぽりと抜け落ちているように思えてならない。
立民議員が手柄を誇示
この「我田引水」問題は仁藤氏に限らない。一連の事業や困難女性支援法を巡る厚労省の会議体には、利害関係者や、特定の政治的傾向を抱いている人物が目立つ。
例えば、コラボとともに令和三年度の都事業を受託しているBONDプロジェクトの橘ジュン代表、若草プロジェクトの大谷恭子代表理事、ぱっぷすの横田千代子理事の三氏がともに、検討会、有識者会議で構成員に選ばれているのだ。
無論、構成員は四氏だけではないが、それにしても利害関係者が目立ちすぎる。音喜多氏への答弁書によれば、こうした民間団体からの起用について、政府は「総合的な判断」に加え、困難女性支援法で「民間の団体との協働による支援」(第十三条)を掲げていることを理由に挙げている。「我田引水」に国がお墨付きを与えていると言わざるを得ない。
同法は超党派の議員が提出者となり、令和四年の通常国会で成立した議員立法だ。その成立を受け〝手柄〟を強く誇っていたのは、立憲民主党だ。
昨年六月二十三日、同党ホームページで「若年女性などへの支援を充実させます」との特集記事を掲載。コラボの元監事だった打越さく良参院議員が「痛めつけられた女性たちの尊厳を回復するための大きな第一歩」と強調。また、お茶の水女子大学名誉教授の戒能民江氏が「女性支援新法制定を促進する会・会長」の肩書で成立を評価する声を寄せている。曰く「超党派の議員、公的機関、民間団体の方々のチームワークで達成された。支援する人員の増員や予算措置、公共と民間との共同支援体制の整備、社会における意識向上などの課題に、一緒に取り組んでいきたいです」という。
そもそも戒能氏は検討会では構成員を務め、後に有識者会議では座長に就いており、立憲民主党はその公職者との距離の近さをアピールしているかのようだ。ちなみに、戒能氏は過去には共産党が「科学者の人民戦線」と位置付けていた「民主主義科学者協会」(民科)の法律部会で理事を務めた経歴もある。もともとリベラルな思想の持ち主らしい。
他にも若草プロジェクトの大谷氏は群馬県の地方紙「上毛新聞」のインタビューで新左翼党派の一つ、共産主義者同盟(ブント)の活動家だった早大在学時を振り返り「授業はほとんど出ていない。運動しに行った」とし、読売新聞の取材にも「暴力もやむなしとヘルメットかぶって」と述べていた。なかなかの経歴である。
こうしたメンバーによる有識者会議で議論される基本方針案には、首を傾けざるを得ない記述が目立つ。
今年一月十六日の第五回会合で議論された方針案は、狙いとして「女性への支援に取り組む民間団体も現れてきているが、活動への公的支援が十分でなく、活動基盤が脆弱な状況が見られる」と明記。また、民間団体との連携体制では、「性暴力や性的虐待、性的搾取等の構造から離れて生活することが出来るよう支援することの重要性を十分に理解し、これらの性暴力や性的虐待、性的搾取等の構造に再度取り込まれないように支援を行う意向のある民間団体との連携となるよう留意する」などと示された。
要は、民間団体への公金投入は進めるべきだとしながら、その対象は特定の立場に立つものに限定されるべき、というものだ。
これに対し、婦人相談所長全国連絡会議の会長である高岸聡子氏は真っ向から反論している。提出書類では、方針案が掲げる狙いについて「女性支援の分野に限らず、法に基づかない多くの事業が民間団体によって実施されており、これらについて必ずしも公的支援は行われていない。公的事業ではない以上、公的支援がないことは当然のことであり、『活動への公的支援が十分ではない』という指摘を行うことは適当ではない」と一刀両断した。
さらに、官民の連携体制についても「特定の活動を行う団体のみを優遇するような記述は避けるべきである」などとして該当部分の削除を求めた。会議中には「貧困ビジネスのような活動を行う団体については除外されるべき」とまで言い切った。左派勢力による、いわゆる「貧困ビジネス」に公金が投入されかねないことへの懸念を示したものといえそうだ。
もちろん、多様性を増した社会のニーズを満たす、或いは公の手が回りきらない分野への救済策は必要だろう。しかし、それらを推進する上で、公共性については十二分に検討される必要がある。原資はわれわれの血税、すなわち公金であるからだ。現状では特定の民間団体との協働に公金を投じなければならない、という根拠は薄弱だと言わざるを得ない。
そもそも、一連の事業、団体は公金を得るに足るものなのだろうか。憲法八十九条は以下のように定めている。
《公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない》
この条文はしばしば、私学助成金との関連で論じられているものだ。政府は学校教育法などの規定を根拠に、「公の支配がある」と整理している。
困難女性支援法では国や地方自治体に「必要な施策を講じる責務」(第四条)があるとする。つまり、民間と協働するものの、あくまで行政機関が主体となる事業との立て付けだ。
ただ、平成三十年以降のモデル事業開始以降、東京都は「会計検査は本来不要」などとする立場をとる。そのような管理体制の下で「公の支配」が及んでいると言えるのかは、非常に疑問だ。そしてそのような都のモデル事業を全国へと拡大させて本当に良いのか、検証が必要だろう。
革新行政の名残り
ところで、一連の都の事業や、困難女性支援法を巡る動きについて、SNS上などでは特定の人物名を挙げた上で影響力の行使を指摘する分析などがなされている。
これに対し、現時点で明確な解は持ち合わせておらず、具体的な言及は避けたい。ただ、一般論として、政・官の強力な協調関係の下でなければ、こうした制度の整備は不可能だっただろう。
過去にも政・官のもたれ合い、共犯関係が、公金の使途を歪ませた問題がクローズアップされたことがある。産経新聞が過去に展開した「行政改革キャンペーン」はその一つだ。
主に地方自治体を対象にしたこのキャンペーンは、東京都武蔵野市で現業職員に四千万円もの退職金が支給されていたスクープから始まった。それは単なる無駄撲滅を求めたものではなかった。
本来、公共が担うべき課題なのか。或いは、公金を費やすに足るものなのか否か。支出するにしても、どのような水準が適切なのか―。そうした問題意識から、さまざまな地方自治体の現状を報道したものだ。
背景には、美濃部亮吉東京都知事、黒田了一大阪府知事、蜷川虎三京都府知事、飛鳥田一雄横浜市長、屋良朝苗沖縄県知事のいわゆる「TOKYO」とも称された革新自治体の存在もあった。
一連の革新行政は、住民福祉の向上など光の部分があったことは確かだ。しかし同時に、職員組合の馴れ合いや、組合のバックにある革新政党とのもたれあいの中で進んだ、極めて身びいきな施策という大きな影も存在した。
こうした革新自治体の振る舞いは首長の落選とともにメスが入り、異様な手当てなどは過去のものとなった。しかし、〝病巣〟は今もなお残っている。ぬえのようにつかみどころのない形だが、確実に行政への浸透を続けていた。
人権や平和、環境に始まり子供政策、男女共同参画やLGBT問題、そして脱炭素など、特定の政治的立場からの影響を疑わざるを得ない政策テーマは数多ある。
そんな中、露呈した「コラボ問題」に対しては、一団体のずさんな会計処理への追及にとどまることなく、背景にある構造にまで切り込むべきだ。それはまさに「令和の行革キャンペーン」とも称すべきものになるだろう。
(月刊「正論」4月号より)
なかむら・まさかず 産経新聞社会部記者。昭和六十年生まれ。早稲田大政治経済学部を卒業後、平成二十四年、産経新聞社入社。姫路支局、九州総局などを経て、令和四年から東京本社社会部記者。