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大学生からの「おたく」的因子の
抽出と、それを元にした分類
-おたく、リア充、非おたく-
芝浦工業大学
五十嵐輝 小山友介
1
目次
I. 研究背景と研究目的
1. 研究目的
2. 「おたく」の誕生
3. 「おたくステレオタイプ」の構造
4. 「おたくステレオタイプ」の変遷の整理
II. アンケート調査結果、考察
1. アンケート調査概要
2. 現代の「おたく」自認
3. 「おたく」についての探索的因子分析
4. 「おたく」尺度を用いたクラスター分析
III. 結論
IV. 引用文献
2
研究目的と研究背景
3
研究目的
• 疑問:「おたく」を自認する人の増加傾向
• 背景:「おたく」の定義、「おたく」への態度の変化
• 「おたく」を自認させる種々の因子の存在
• 現代では、多様な「おたく」のあり方が存在する
• 課題:実用に足る「おたく」尺度は存在せず
4
「おたく」に関連する因子を標本調査から抽出し、
「おたく」を含む現代の若者の分類を行うことで、
新たな「おたく」像を提示する
問題
意識
研究目的
「おたく」という言葉と概念の誕生
中森明夫が提唱(1983)
• 美少女コミック雑誌『漫画ブリッコ』のエッセイ記事
• コミックマーケットに詰めかけ、言動や見た目(服装、身
体的特徴)がダサい少年少女に対し、批判的に用いた
• 彼らが互いを呼ぶときの二人称「おたく(お宅)」から
5
• 松谷(2008)の議論から整理した「おたくステレオタイプ」
上位特徴 下位特徴
「おたくステレオタイプ」
マニア性
対象への熱中
蒐集家
嗜好の対象
社会性のなさ
外見的特徴
内向性
共同性志向
画像引用元 http://www.cosp.jp/view_photo.aspx?id=1266711&m=5345
「おたくステレオタイプ」の構造
• 「おたくステレオタイプ」の2つの軸
• マニア性:何らかの対象への熱中と偏愛
• 対象(趣味)への熱中、蒐集家、嗜好の対象(分析対象外)
 「嗜好の対象」は、その範囲の定義が困難なため本研究では分析対象外
• 社会性のなさ:社会で望まれている振る舞いの未獲得
• 外見的特徴、内向性、共同性志向、(対人場面能力(KISS-18))
 「おたく」の社会性を測るため、KISS-18(社会的スキル尺度)を用いる
6
上位特徴 下位特徴
「おたくステレオタイプ」
マニア性
対象への熱中
蒐集家
嗜好の対象(分析対象外)
社会性のなさ
外見的特徴
内向性
共同性志向
「おたくステレオタイプ」の変遷
1. 連続幼女誘拐殺人事件(1989)による「おたく」バッシング
• 「おたく」というカテゴリーのスティグマ化
この事件によって「おたく」という言葉が急速に一般化
2. 『電車男』(2004)の登場と好意的なイメージの一般化
3. アキバ系による「おたくステレオタイプ」の再構成
• 電車男(2004)以降、アキバ系のイメージが流入
• アキバ系:秋葉原でよく見られるファッション、文化的な傾向、「萌え」
• 現在の「おたく」の定義:マニア性への認識が強い
• 『個人の趣味に没頭し、異常な執着を見せる人物やふるまいを指す。
1980年代前半に生まれた言葉で元はマンガやアニメなど特定の趣味
について使われたが、普及の過程で意味が拡大・変容し、現在では
「マニア」とほぼ同じくらい、さまざまな趣味について「○○オタク」と使
われることも』
• 『現代用語の基礎知識』(2010)
7
「おたく」概念の変遷まとめ
8
鉄道
カメラ
など
切手
コイン
骨董
など
パソコン
ゲーム
など
アニメ
マンガ
以前より、「マニア」、「ファン」、「コレクター」は存在
1980年代 1990年代 2000年代
「おたく」とい
う言葉の誕生
人物像の重な
りによる適用
範囲の拡張
対象への熱中
を表す言葉と
して幅広く定義
「萌え」ブームに
よる<オタク>
像の再構成
アニメ、SFなどの分野に
限定され、その外見的
特徴や行動様式(社会
性)も定義に含意
ファン層の重なりが
大きい分野にも用い
られるようになるが、
人物像は踏襲
分野によっては<オタク>、
「マニア」、「ファン」、「コレ
クター」はほぼ同義
野村総合研究所オタク市場予測チーム(2008),『オタク市場の研究』を参考に作成
定義が積み
重なった状態
現在
アンケート調査
9
調査概要
• 調査日:2015年10月27日~12月2日
• 調査場所:都内私立大学、関西私立大学(計5大学)
• 回収:男性有効回答458人
女性有効回答223人(男女とも海外出身者は除外)
• 平均年齢:20.43歳
• 調査内容:プレ調査(菊池聡(2000)[2]、野村総合研究所
オタク市場予測チーム(2008)[3] を参考に実施)より得た
質問項目、KISS-18(社会的スキル尺度)[4]
10
「おたく」についての自己認識
<質問>あなたは一般に言われる「おたく」的特徴があてはまると思
いますか?
<質問>あなたは自分のことをおたくだと思いますか?
11
63
143
160
315
0% 20% 40% 60% 80% 100%
女性
男性
おたく 非おたく
 男女とも約3割が「おたく」を自認
13
52
49
91
43
94
52
119
66
102
0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%
女性
男性
あてはまる ややあてはまる どちらともいえない あまりあてはまらない あてはまらない
先行研究との比較:「おたく」のポジティブ化
• <質問>おたくと言われて、自分に思い当たるフシがありますか?
• <質問>親しい人からおたく的と言われるとしたら、あなたはどう感じますか?
12
 先行研究(2000)  本研究(2015)
 先行研究:菊池聡(2000),「「おたく」ステレオタイプと社会スキルに関する分析」
28
82
78
175
58
117
59
84
0% 20% 40% 60% 80% 100%
女性
男性
非常にある 多少はある ほとんどない 全く無い
12
37
46
85
151
311
11
17
3
8
0% 20% 40% 60% 80% 100%
女性
男性
非常に不愉快 やや不愉快 なんとも思わない
やや嬉しい 非常に嬉しい
探索的因子分析
• 用いた標本
• 男性標本のみ
• 男女比の違い、男女間の回答傾向の違いから
• 用いた調査項目
• 下記を参考に行ったプレ調査より作成した41項目
• 菊池聡(2000)、「「おたく」ステレオタイプと社会スキルに関する分析」、信州
大学人文科学論集、人間情報科学編、34、63-77[2]
• 野村総合研究所オタク市場予測チーム(2008)、『オタク市場の研究』、東洋
経済新報社[3]
• 用いた分析方法
• 使用統計ソフト:JMP
• 因子分析:最尤法
• 回転:斜交回転(Quartimin)
13
探索的因子分析結果(採用項目)
14
F1 F2 F3 F4
自己肯定的な
趣味への熱中
趣味に対してかなり深い知識を持っている 0.78 0.03 -0.05 0.01
趣味に対して何らかのこだわりがある 0.76 0.00 -0.01 0.01
特定の分野・物事に熱中している 0.69 0.09 0.02 0.11
自分の得意な分野について話し始めると止まらない 0.61 0.09 0.11 0.04
趣味に熱中する自分が好きだ 0.53 0.07 0.12 -0.02
α=0.830 他人に自信を持って自分の趣味を話すことが出来る 0.46 -0.07 0.06 -0.17
蒐集家 こだわりのある対象に関するモノはすべて集めないと気がすまない -0.05 0.83 0.01 0.00
他の人のコレクションを見て対抗心が湧いたことがある -0.20 0.73 0.11 -0.10
現在、強いこだわりを持って蒐集しているものがある 0.14 0.69 -0.09 0.03
気に入ったものをつい集めてしまう 0.16 0.60 -0.04 0.02
今までつぎ込んできたお金や時間を考えると趣味をやめられない 0.07 0.54 0.07 0.00
α=0.827 蒐集したコレクションを眺めるのが好きだ 0.14 0.45 0.10 0.07
趣味を通じた
共感
こだわりのある対象の良さを他の人に知ってもらいたい -0.09 0.05 0.95 -0.04
自分の気に入った作品、モノを他人に勧めたことがある 0.07 0.03 0.60 0.02
α=0.722 趣味の話題で盛り上がれる友人を欲しいと思ったことがある 0.17 0.01 0.42 0.08
服装への
意識のなさ
ファッションにはあまり関心がない -0.03 0.00 0.07 0.78
おしゃれだとよく言われる(反転項目) 0.00 0.15 -0.02 -0.68
流行のファッションはくだらない 0.06 0.17 -0.08 0.42
α=0.623 異性の友達が多い(反転項目) 0.05 0.02 -0.02 -0.35
固有値 5.27 2.11 1.86 1.41
累積寄与率 27.7 38.8 48.6 56.0
「おたく」尺度、「おたく」自認の相関
尺度名
自己肯定的な
趣味への熱中
蒐集家
趣味を
通じた共感
服装への
意識のなさ
KISS
-18
思い当たる
フシがある
自己肯定的な趣味への熱中 1
蒐集家 0.414** 1
趣味を通じた共感欲求 0.419** 0.355** 1
服装への意識のなさ 0.008 0.102* 0.041 1
KISS-18 0.321** -0.046 0.118* -0.247** 1
「おたく」と言われて
思い当たるフシがある 0.271** 0.309** 0.290** 0.218** -0.039 1
一般的「おたく」的特徴が
あてはまる 0.223** 0.307** 0.308** 0.286** -0.120* 0.748**
15
• 「おたく」へのあてはまり度を聞いた質問に対し、正の相関
4つの「おたく」尺度は「おたく」の自認と強い関係がある
緑色で示した部分
「おたく」自認者と非自認者の比較
• 「おたく」自認者と非自認者の比較
 「おたく」因子採用項目の評価値を合計した「おたく」尺度を比較
• 水色で示した「おたく」尺度では有意に「おたく」自認者の方が得点高い
• KISS-18においては明確に有意な差は得られなかった
 4つの「おたく」尺度は「おたく」的態度を測れている
 「おたく」自認者の対人場面能力の自認は低くない
 「おたく」自認と対人場面能力は無関係であり、「おたく」には
対人場面能力が低い人から高い人までいる可能性
16
**は1%,*は5%で有意
n
自己肯定的な
趣味への熱中
蒐集家
趣味を
通じた共感
服装への
意識のなさ
KISS-18
「おたく」
自認者 143 22.87** 17.93** 11.88** 13.34** 58.79
非自認者
315 20.08 14.69 10.32 11.60 58.50
「おたくステレオタイプ」の構造の検証①
17
上位特徴 下位特徴 調査で得られた因子
マニア性
対象への熱中 自己肯定的な趣味への熱中
蒐集家 蒐集家
嗜好の対象(分析対象外)
社会性のなさ
外見的特徴 服装への意識のなさ
内向性 (服装への意識のなさに包含)
共同性志向 趣味を通じた共感(関連)
下位特徴への因子の当てはめ
• 服装への意識のなさ ⇒ 内向性を内包している可能性
• 「異性の友人の多さ」(反転項目)を聞く質問項目を含むことから、
内向性(性的コミュニケーションからの退行)を内包している可能性
• 趣味を通じた共感 ⇒ 共同性志向を育む
• 「マニア性」の高さが孤独な状況を作り、趣味を通じた共感欲求を
強める。これが仲間意識を育み、共同性志向へ繋がる
• 「同じ趣味の人を馬鹿にされるのは不快」と強い正の相関
「おたくステレオタイプ」の構造の検証②
18
上位特徴 下位特徴 調査で得られた因子
マニア性
対象への熱中 自己肯定的な趣味への熱中
蒐集家 蒐集家
嗜好の対象(分析対象外)
社会性のなさ
外見的特徴 服装への意識のなさ
内向性 (服装への意識のなさに包含)
共同性志向 趣味を通じた共感(関連)
下位特徴に当てはまる因子がそれぞれ抽出できた
「おたく」自認者の方が有意に得点が高い
「おたく」へのあてはまり度を聞いた質問と正の相関
今後の課題
内部一貫性の低い尺度の存在(服装への意識のなさ)
抽出できなかった因子の存在 ⇒ 内向性(異性と関係性)
「おたく」尺度を用いたクラスター分析
n
自己肯定的な
趣味への熱中
蒐集家
趣味を
通じた共感
服装への
意識のなさ
KISS
-18
おたく
自認率
典型的おたく 47 25.77** 23.87** 13.04** 16.04** 56.79 68%
受身的おたく 98 20.89 14.64** 11.74** 15.43** 57.03 46%
マニア的趣味人 99 24.69** 20.16** 11.18 9.83** 62.24** 33%
リア充層 98 21.21 10.86** 11.69** 9.51** 62.78** 18%
一般中間層 75 15.76** 15.41 9.63** 11.76 53.68** 17%
無趣味層 41 15.44** 10.20** 5.20** 12.39 54.54* 5%
全体平均 458 20.95 15.70 10.81 12.14 58.59 31%
19
• 「おたく」から「非おたく」への連続的なグループに分類
• 「おたく」的グループ:「典型的おたく」、「受身的おたく」
• 対人スキル高グループ:「マニア的趣味人」、「リア充層」*
• 対人スキル低グループ:「一般的中間層」、「無趣味層」
*リア充:現実生活が充実している人を指すネットスラング
**は全体平均と比較した時に1%で有意、*は同じく5%で有意
「おたく」的グループ
• 「典型的おたく」
• 「おたく」自認率の非常に高いグループ(6割以上)
• 「おたく」尺度の値が全て高い
• アクティブに趣味に生き、趣味を介したコミュニケーションを指向
中森が問題視した典型的な「おたく」
• 「マニア性」と「社会性のなさ」の両方の自覚から「おたく」を自認
• 「受け身おたく」
• そこそこ「おたく」が存在するグループ(4割)
• 「典型的おたく」と比較するとアクティブ度が低く、受け身
• 服装への意識は非常に低い ⇒ 見た目は「おたく」っぽい
外見的特徴という部分での「社会性のなさ」を自覚し、受身的に
「おたく」を自認
20
対人スキル高グループ
• 「マニア的趣味人」
• 「おたく」自認率一定以上(3割)
• 趣味への熱中度、蒐集家度も高く、マニア的
• しかし、服装への意識、対人場面能力(社会人並)ともに高い
社会性の高い「おたく」を含む層(リア充おたく、隠れおたく)
「マニア性」から「おたく」を自認
• 「リア充層」
• 趣味への熱中は平均的(「おたく」自認率低)
• 服装への意識、対人場面能力(社会人並)ともに高い
• ファッションは流行を重視し、自身の趣味嗜好は大衆的と自認
主導的な価値観に迎合する傾向
21
 総合的な社会性が非常に高い
対人スキル低グループ
• 「一般中間層」
• 「趣味への熱中」以外の「おたく」尺度に対しては平均的
• 自己判断意志が弱い(「なるべく自分の考えで判断したい」低)
• 対人場面能力が低め(高校生レベル)
• 「無趣味層」
• 「おたく」尺度が全項目で低い(また、「おたく」自認率最低)
• 当然、「マニア性」、趣味を通じた共感ともに低く、非アクティブ
• 自己判断意志が弱い(「なるべく自分の考えで判断したい」低)
• 対人場面能力が低め(高校生レベル)
22
 「マニア性」という軸で見れば、「おたく」の反対は
無趣味かつ、「無気力」で「対人スキルの低い」層
グループ間の関係
23
服装への意識のなさ
マ
ニ
ア
性
典型的
おたく
受け身的
おたく
マニア的
趣味人
リア充層
一般
中間層
無趣味層
社会的スキル高
社会的スキル低
社会的スキル中
「おたく的グループ」
結論
• 「おたくステレオタイプ」の検証と「おたく」尺度
• 結果:「おたくステレオタイプ」に沿った因子を抽出、支持する結果
• 課題:内部一貫性の向上、「内向性」を問う質問の追加
• 大学生の分類と新たな「おたく」像と「非おたく」像の提示
「おたく」像
• 「典型的おたく」、「受身的おたく」、「マニア的趣味人(一部)」
「非おたく」像
• 「リア充層」、「無趣味層」
• 「リア充層」は主導的な価値観を持つ、社会性の高い層
• 新たな発見:「マニア性」という軸で見た「おたく」の反対
無趣味かつ、「無気力」で「対人スキル」の低い層
恐らくは、自己に自信がない可能性が高い(今後の検証が必要)
24
引用文献
[1]松谷創一郎(2008)、「<オタク問題>の四半世紀ー<オタク>は
どのように<問題視>されてきたのか」、『どこか〈問題化〉される若者
たち』、113-140、恒星者厚生閣。
[2]菊池聡(2000)、「「おたく」ステレオタイプと社会スキルに関する分
析」、信州大学人文科学論集、人間情報科学編、34、63-77。
[3]野村総合研究所オタク市場予測チーム(2008)、『オタク市場の研
究』、東洋経済新報社。
[4]菊池章夫(2004)、「KISS-18研究ノート」、岩手県立大学社会福祉学
部紀要、第6巻第2号、41-51。
25
ご清聴
ありがとうございました
26

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