レポート企業経営者の感覚による産業別倒産傾向の予測と分析(2024年10月)

アフターコロナの経済状況を学習期間に含めた倒産件数予測 ~一部の業種で、倒産傾向の把握における有効性を示唆~

2024/12/20
倒産・休廃業  景気動向

青山学院大学理工学研究科
森川颯胡
株式会社帝国データバンク プロダクトデザイン部 プロダクトデザイン課
大里隆也

【要約】

  1. 新型コロナウイルスが5類感染症に移行された2023年5月以降のデータを学習期間に含めた予測モデルを構築した。RMSEを用いた精度比較で、建設・不動産業を除いた4産業では、従来手法より提案手法のRMSEが小さく、提案手法の方が高精度であることが明らかになった。
  2. 各産業の2024年11月以降における倒産件数を予測し、今後の倒産傾向について言及した。卸売業、製造業は予測とかけ離れた推移をする可能性は低い。残りの3産業は依然として倒産件数が多い傾向にあり、予測を上回る倒産を観測すると推測される。

【数理モデルを用いて推定した月次倒産件数の予測(卸売業)】

1.本レポートの背景と目的

金融検査マニュアルが2019年12月に廃止され、金融庁は将来の情報を引当に反映する、いわゆる「フォワードルッキングな引当」を実施することを評価するとしている。そのような背景の下に、我々は、数理モデルを用いた定量的な倒産件数の予測手法の開発を進めてきた。

これまで行われてきた研究では、マクロ経済指標や経営者へのアンケート調査によって得られた景況感を示すTDB景気動向指数(TDB景気DI[1])を用いて、経済環境を反映させ、倒産件数を予測してきた。過去のレポートでは、新型コロナウイルスが経済に影響を与える前の経済状況を対象に、モデルの学習期間は2019年以前としていたため、新型コロナウイルスが5類感染症に移行された2023年5月以降において、実績と予測の乖離が発生していた。

そのため、本レポートでは、従来手法による倒産件数の予測に加えて、帝国データバンク・経済分析レポート「経営者感覚による業種別の倒産件数予測と予測結果に大きな影響を与えた共変量の考察」にて今後の方針として言及した「新型コロナウイルスが5類感染症に移行された2023年5月以降のデータを学習期間に含めた数理モデル」を用いた倒産件数予測を行い、2つのモデルの予測精度や特徴について比較する。引き続き、過去のTDB景気DI・TDB景気DI内訳指標および倒産件数のデータを用いる。

2.新たな予測モデルの提案

本章では学習期間の異なる2つのモデル(従来手法・提案手法)を構築し、それぞれの精度をRMSEによって比較した。従来手法・提案手法の学習期間は表1の通りである。

モデルの構築にあたって、コロナ禍(2020年1月~2023年4月)での倒産を、学習期間から取り除いた。これは、経営者が新型コロナウイルスの影響が甚大であると実感しており、TDB景気DIが大きく悪化していたが、実際には政策の効果によって2000年代で最低の水準で倒産企業数が推移し、感覚との乖離が大きく発生したためである。提案手法では、これまでの予測において上記の理由で学習期間から除いてきた2019年6月以降のTDB景気DI・TDB景気DI内訳指標、2020年1月以降の倒産件数を、それぞれ2022年11月,2023年5月以降は再び学習期間に含めることにした。2023年5月に新型コロナウイルスは5類感染症に移行されたこと、ゼロゼロ融資政策によって低水準で推移していた倒産件数が政策終了を機に上昇傾向に転じたこと、そして従来手法ではコロナ禍後の予測精度が高いとは言えないこと、これら3点が新たな予測モデルの提案に至った主な理由である。

【表1 従来手法と提案手法での学習期間】

【図1 卸売業における倒産件数の実現値と提案手法・従来手法による予測値(2024年1月以降)】

図1は卸売業における倒産の実績と提案手法・従来手法による予測結果を示している。図の黒線は倒産件数の実績を示している。図の赤の実線は提案手法による予測の中央値を、図の赤の点線は、上の点線が上側5%点、下の点線が下側5%点をそれぞれ示している。図の青の実線は従来手法による予測の中央値を、図の青の点線は、先ほどと同様に上側5%点、下側5%点をそれぞれ示している。以下では、図の黒線を実現値、赤の実線を提案手法での予測値、青の実線を従来手法での予測値とし、これらを用いて比較や倒産件数予測の傾向について分析をする。

産業別に、実現値と提案手法・従来手法の予測値の精度をRMSEによって比較した結果を図2に示す。RMSEは二乗平均平方根誤差のことで、モデルの精度が高くなるにつれて、RMSEの値は小さくなる。

【図2 各産業の実現値と従来手法・提案手法の予測値の精度比較(RMSE)】

建設・不動産業を除く4つの産業では、従来手法より提案手法のRMSEが小さいことから、提案手法が従来手法よりも高精度であることが示された。特に、卸売業に関しては、学習期間を追加することで誤差が1/3程度にまで低減し、製造業についてもおよそ半分まで値が小さくなることが明らかになった。この結果を踏まえて本レポートを含む今後の予測には、提案手法を用いて構築したモデルを採用することとする。

提案手法によってモデルを構築した際に、採択された特徴量は表2の通りである。

【表2 提案手法にて採択された特徴量】

3.各産業の倒産件数予測

以降では、産業ごとに提案手法を用いて2024年11月から2025年4月までの倒産件数を予測し、各産業の今後の倒産傾向について言及する。

3.1 卸売業

はじめに、卸売業における予測結果を図3に示す。

図の黒点は、2024年10月の実測値を表している。図の赤の実線、点線は先述の通り。2024年11月から2025年4月までの予測値は100〜109件の間に収まっていることから、倒産傾向に大きな変化は起こらないと推測される。直近の5ヶ月の予測値と実現値の乖離は全て10件以内であることを踏まえると、なおさら急激な増減が起こるとは考えにくい。

【図3 卸売業における倒産件数予測(2024年11月以降)】

3.2 製造業

以降の産業についても、同様に今後の倒産傾向に関して言及する。

製造業における予測結果を図4に示す。2024年11月以降の倒産件数は、89〜107件 の間を推移すると予測している。2024年10月までの傾向を見る限りでは、予測が大きく外れる可能性は低いと考えられる。実現値と予測値の大小は頻繁に入れ替わるため、6ヶ月や1年の累積で考えれば、実現値と予測値が大きく乖離するような事態はほとんど起こり得ないと言える。

【図4 製造業における倒産件数予測(2024年11月以降)】

3.3 サービス・小売業の倒産件数予測

サービス・小売業における予測結果を図5に示す。2024年11月以降の予測値は、280〜340件の間を推移している。しかし、この10ヶ月の実現値は350〜450を記録していることから、当面は予測値を上回る倒産件数を観測し続けると考えられる。毎月の変動は激しいものの、実現値は微かに減少傾向にあると言える。一方で、予測値も緩やかな上昇傾向が観測できるため、時間の経過につれて、予測値と実現値の乖離は小さくなると推測する。

【図5 サービス・小売業における倒産件数予測(2024年11月以降)】

実現値と予測値の乖離には、医療・福祉・保健衛生:融資姿勢DI差分系列6ヶ月平均と専門商品小売:仕入単価DI差分系列6ヶ月標準偏差が影響していると考えられる。

まず、前者については、10月から11月にかけて急激に値が0に近づき、その後も0付近を推移している。これは、差分系列が0に近づいたためであり、すなわち原系列が直近で54前後の安定した値を示していることに帰着する。医療・福祉・保健衛生業の経営者が「金融機関の融資姿勢が積極的だ」と感じていることを指している。融資姿勢が積極的であることは、金融機関が医療・福祉・保健衛生業に融資しても貸倒れのリスクは少ないと判断していることと結びつく。

また、後者に関しては、10月から11月にかけて標準偏差が著しく小さくなっており、その後も10月までと比較するとかなり小さい値となっている。こちらも差分系列の値が小さくなったためであり、原系列の変動が小さくなったことに帰着する。原系列の値が緩やかに低下していることから、仕入単価の高騰度合いは一時期に比べると収まったと言える。そのため、専門商品小売業の仕入れコストが低下し、業界の経済状況が好転すると考えられる。

倒産リスクが高くないと金融機関が判断したこと、専門商品小売業の景況が好転に向かうと予想できることが、倒産件数を少なく予測した要因であると推測する。

3.4 建設・不動産業の倒産件数予測

建設・不動産業における予測結果を図6に示す。2024年11月以降の予測値は、120〜140件の間を推移している。しかし、2023年1月以降で実測値が150件を下回ったことはないため、今後も150件以上の倒産を観測し続けると考えられる。サービス・小売業と違い、実現値に減少トレンドは見られないため、実現値と予測値はマッチするようになるにはかなりの年月を要すると推測する。そのため、特徴量採択の過程の変更などを通じて、モデルの改良を試みる。

【図6 建設・不動産業における倒産件数予測(2024年11月以降)】

実現値と予測値の乖離には、職別工事業:雇用過不足(正社員)DI差分系列6ヶ月標準偏差と不動産:雇用過不足(正社員)DI差分系列6ヶ月標準偏差が影響していると考えられる。双方10月から11月にかけて標準偏差が小さくなっており、その後も10月までと比較すると小さい値を取っている。

前者においてこの原因は、原系列の変動が小さくなったことに帰着するが、原系列の推移自体は徐々に一時期よりも増加傾向にある。特徴量採択の過程で原系列ではなくて差分系列6ヶ月標準偏差が採用されたことが原因でこのような予測になったと考えられる。原系列が採用されていれば、人手不足の兆候をキャッチして倒産件数を多く算出していた可能性があるが、差分系列6ヶ月標準偏差が採用されてしまったことで、人手不足の兆候を捉えられなくなってしまったのではないかと推測する。

一方で後者は、原系列の変動が小さくなっているが、原系列の推移自体は徐々に一時期よりも減少傾向にある。人手不足が解消傾向にあることが、倒産件数の過小評価に結びついたと考えられる。建設・不動産業は職別工事業、総合工事業、設備工事業、不動産業の4業種から構成されるが、不動産業以外は深刻な人手不足にあることが、雇用過不足DIの原系列から読み取れる。その中で他業種よりも人手不足ではない不動産業の原系列が採用されてしまったことが予測に大きな影響を与えたと言える。

3.5 その他の産業の倒産件数予測

その他の産業における予測結果を図7に示す。2024年11月以降の予測値は、55〜60件の間を推移している。実現値は、2024年の4月から、63→106→76→78→45→56→75と変動の激しい推移になっているため、今後の傾向を正確に予測するのは困難だが、予測値より多い倒産件数を記録する可能性は高いと考える。コロナ禍前は基本的に40〜60件で推移していたため、直近の実測値はそれと比較すると多い。先のレポートにて、その他の産業は未だコロナ禍以前の経済状況に戻ったとは言えないとしていたが、その状況に変化は無いと言える。裏を返せば、経済状況がコロナ禍前の水準に戻れば実現値は減少するはずで、モデルの予測精度はそれに伴って改善するはずである。

【図7 その他の産業における倒産件数予測(2024年11月以降)】

実現値と予測値の乖離には、農・林・水産:仕入単価DIが影響していると考えられる。

10月から11月にかけて原系列の値が大幅に小さくなり、その後も10月までと比較すると小さい値を取っている。仕入単価の高騰度合いが収束することで、農・林・水産業は経済状況が徐々に好転すると考えられ、倒産件数が少なくなるとの予測につながったと言える。

4. まとめ

本レポートでは、従来の予測モデル(従来手法)と、新型コロナウイルスが5類感染症に移行された2023年5月以降のデータを学習期間に追加した予測モデル(提案手法)をRMSEによって比較した。

建設・不動産業以外の4産業では、提案手法を用いることでRMSEの値が減少したため、提案手法は従来手法を上回る精度を有することが確認された。この結果より、以降の予測では提案手法で構築したモデルを採用するのが適当であると判断した。

2024年11月以降の産業別の倒産傾向については、卸売業・製造業に関してはモデルの予測値と変わらない推移になると考えられる。サービス・小売業、建設・不動産業、その他の産業は、予測値を上回る倒産件数を記録すると考えられるが、サービス・小売業とその他の産業は次第に予測値に近い推移に変化すると予想される。建設・不動産業に関しては、モデルの改良を行い、精度を向上させる必要がある。

今後の予測に向けては、まず追加する学習期間を検討する必要がある。本レポートにおいては、予測期間との兼ね合いから、新たに追加できた学習期間はわずか8ヶ月である。次回のレポートでは、学習期間を少なくとも1年分(2022/11〜2023/10)は追加してモデルを構築したいと考えている。それ以降については、データの増加に合わせて学習期間を随時延長していくこととする。また、予測に影響を与える特徴量の変動やその要因、それらがどのように倒産件数の予測に作用しているかについて考察することも検討している。


[1] TDB景気動向調査


(参考文献)
[1] 帝国データバンク・経済分析レポート「企業経営者の感覚から、倒産傾向を予測できるか」2021年1月26日

[2] 帝国データバンク・経済分析レポート「企業経営者の感覚による業種別倒産傾向の予測と実績の乖離から、企業倒産リスクの増加が顕著に」2022年12月22日

[3] 帝国データバンク・経済分析レポート「経営者感覚による業種別の倒産件数予測と予測結果に大きな影響を与えた共変量の考察」2024年6月27日

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