「新しい表現にオープンであるということは、自分のアイデンティティになっている」
日本から海外へと活躍の場を広げるアーティストは少なくないが、その中でも近年稀な成功を収めているピアニストが角野隼斗だ。昨年ベースをNYに移してからは、各国でリサイタルを開催。シカゴ交響楽団など著名オーケストラからのラブコールが引きも切らず、この秋には名門レーベルから世界デビューを果たし(日本人としては4人目の快挙)、国際的に注目を集めている。そんな自分の現在地について、角野はこう語る。「世界を舞台にしたいと思ったとき、自分ならではの強みが何なのか考えさせられました。NYにはいろんなジャンルの最先端が集結しているので、やはり何かに突き抜けてスペシャライズしている人が活躍できるんだなということは実感しています。同時に、クラシックのフィールドにいながら即興をしたり、新しい表現にオープンであるということは、自分のアイデンティティになっているということも強く感じています」
角野は幼い頃からクラシックに親しみながらジャズもポップスも音ゲーも操り、シティポップバンドPENTHOUSEのメンバーとしても活躍するほどジャンルを自由に行き来する。卓越したテクニックもさることながら、もっとプリミティブな、音へのパッションが聴くものの魂を揺さぶるのだろう。「海外に出てだんだんわかってきたのが、クラシックの側も新しいものを求めているということ。もちろん伝統は大切にするしコアな部分は崩さないのですが、それを現代にアジャストして、少しモダンな変化を加えて提示する傾向が強まっているように感じます」
「NYに行ってから、音楽以外の芸術にもより興味を持つようになりました」
変化に触れてみたいと思うなら、角野とオーケストラの共演に足を運んでみればいい。ちょっとしたアレンジを加えて遊び心を表現する角野のことを、観客だけでなく指揮者も、オケのメンバーたちもワクワクしながら見守っている。そんなケミストリーが演奏をこの上なくモダンな、みずみずしいものにするのだ。
そんな角野の即興能力は、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのコンサートでも発揮された。繊細なピアノソロの只中に客席で携帯電話が鳴ると、角野は即座にその音に反応し、トリルで演奏の一部に取り入れたのだ(この様子は角野のインスタグラムで視聴可能)。ケミストリーを面白がった指揮者がそれをSNSに投稿し、瞬く間に世界に広がった。モーツァルトもかくやと思わせる茶目っ気とそれを可能にするヴィルトゥオーゾ(高度な技術を持つ演奏家)ぶりは、世界を夢中にさせるに十分だった。
「天体が音を発し、宇宙全体が調和と音楽を生み出すと信じていた、古代ギリシャ人の考え方が好き」
こういった音を奏でる楽しさとともに角野のドライブとなっているのが“美の探求”である。数学や物理学の美しさに惹かれて東大大学院で研究したという角野の作曲の着想は、夜空から宇宙といった自然から超ひも理論に至るまで途方もなく幅広い。「NYに行ってから、音楽以外の芸術にもより興味を持つようになりました。よくMoMAに行くのですが、昔から伝統的な絵画よりも20世紀以降の現代アートに惹かれることが多いです。モンドリアンのシンプルで幾何学的な構造の中にある調和のバランスがとても好きですし、カンディンスキーの作品には、構築と即興の絶妙なバランスがあり、演奏の面でも参考になります」
音楽と数学の接点を見つけたいと語る彼にとって、ジャンルの垣根は存在しないも同然なのだろう。その先にある大きなものを掴もうとする姿勢は、神の旋律を奏でたいと音楽を創り続けたバッハをも彷彿とさせる。「古代ギリシャ人は天体が音を発して宇宙全体が調和と音楽を生み出すと信じていたのですが、その考え方が私はとても好きで。自然的なもの、宇宙的なものを、自分の体を通じて表現していきたいですね」
Profile
角野隼斗
1995年、千葉県生まれ。2018年、東京大学大学院在学中にピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ受賞。2021年、ショパン国際ピアノコンクールセミファイナリスト。“Cateen(かてぃん)”名義のYouTubeチャンネルは登録者数140万人。2023年よりNYに移住し、世界各地でリサイタルを開催。シカゴ交響楽団など名門オーケストラとの共演多数。今秋、全世界デビュー・アルバム『HUMAN UNIVERSE』(ソニー・クラシカル)を発売。
問い合わせ先/クリスチャン ディオール 0120-02-1947
Photos: Genki Nishikawa Styling: Haruna Konno at foo Hair & Makeup: Maimi Text: Satoko Takamizawa Editors: Yaka Matsumoto, Rieko Shibazaki
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