人も街も温かい、漫画「それ町」の舞台“下丸子”

東京ウォーカー

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【連載】聖地巡礼さんぽ~あの作品の街を歩く~Vol.14


漫画や映画、ドラマなど、人気作品の舞台となった街を散策し、“住みたい街”としての魅力を深堀していく本連載。ここからみんなの“住みたい街”が見つかるかも?

第14回は、ヤングキングアワーズ(少年画報社)で連載中、2010年にはテレビアニメ化もされた漫画「それでも町は廻っている」、通称“それ町”をピックアップ。

下町の“丸子商店街”にあるメイド喫茶“シーサイド”で働く、女子高生探偵に憧れる少女・嵐山歩鳥(あらしやまほとり)の日常が、時系列通りでなく一話完結スタイルで描かれる本作。個性の強いキャラクターたちが織り成すコメディでありながら、時に下町商店街ならではの人情にホロリ、登場人物がふと漏らすセリフにハッとさせられる、多面的な魅力を持つ。

歩鳥の“壮大な悩み”として語る内容が商店街愛にあふれていてグッとくる(7巻・第55話より)(C)石黒正数/少年画報社


そんな“それ町”の舞台・丸子商店街のモデルとなっているのが大田区の下丸子周辺。この地を選んだ理由を、作者・石黒正数さんは「上京した当時、町の雰囲気が気に入り下丸子周辺に住処を探していた所、地元の不動産屋さんが、漫画家を目指す収入が不安定な若造であった僕に『面会して信用できそうだった』という理由だけで部屋を貸してくれた恩義もあり、とにかく下丸子が好きだったからです」と語る。また、「ここを漫画の舞台にすれば資料写真を手に入れるのが楽だろうと思ったからです」という実用的な理由も。

既刊コミック1~15巻の中からのカットを織り込みつつ、作品に登場するお店やスポット、そして下丸子の街の魅力を紹介する。

【写真を見る】「それでも町は廻っている 第15巻」石黒正数/少年画報社/621円(C)石黒正数/少年画報社


「下丸子駅」


作中では、待ち合わせや見送りのシーンで、“丸子駅”という名前で描かれる「下丸子駅」。

歩鳥と共にメイド喫茶「シーサイド」でバイトをする辰野俊子。思いを寄せる真田も来ると思い、歩鳥と丸子駅で待ち合わせるが…(3巻・第24話より)(C)石黒正数/少年画報社


歩鳥の親友・紺双葉が、イギリスで働く両親と丸子駅で別れるシーン(5巻・第38話より)(C)石黒正数/少年画報社


多摩川から蒲田まで、すべて大田区内の7つの駅を結ぶ東急多摩川線の駅で、こじんまりとしていながらも、大手メーカー本社の最寄り駅になっていることから通勤客の利用が多い。週末は多摩川河川敷を訪れる人たちによる利用も。

また駅前の商店街は街路が舗装され、歩きやすく清潔感のある街並みが広がっている。

下丸子駅の多摩川方面改札。通勤時間帯以外はゆったりとした空気が流れている


「鮮魚 魚清」


幼いころから主人公・歩鳥に思いを寄せるも、空回りし続けている男子・真田広章の家が、商店街にある魚屋の“鮮魚 真田”。

「鮮魚 真田」の店先にいるのは、真田広章の父・勇司。坊主頭とヒゲがトレードマーク(1巻・第5話より)(C)石黒正数/少年画報社


モデルとなったのは、1952(昭和27)年からこの地で営業を続ける「鮮魚 魚清」。近海の魚をはじめ、スーパーでは手に入らないような種類の魚を取りそろえているという。また、刺身のおいしさにも自信ありだ。

看板のデザインまで忠実に再現されているのがよくわかる(「鮮魚 魚清」)


「下丸子は、坂が少ないので暮らす上では楽です。多摩川の桜がきれいですし、多摩川に架かるガス橋からは富士山も見えます。店の裏のけやき通りの景観もいいですよ」と笑顔で語ってくれたのは、生まれも育ちも下丸子という2代目店主・島田清治さん。

作業中にお邪魔したにも関わらず、快く撮影に応じてくれた店主・島田清治さん。「ピースとかした方がいいの?」と笑う気さくさがステキ(「鮮魚 魚清」)


「八百菊」


下丸子商店会にある「八百菊」は、1950年頃から家族で経営する青果店。現在の社長は2代目で、2人の息子さんが仕入れや営業といった実務を行っている。さらにご兄弟2人の叔母さんも常に店に立っており、店内の雰囲気はアットホームで温かい。また、「いい商品を手ごろに提供できるよう心掛けている」といい、店内にはところ狭しと商品が並ぶ。

マンションの1階にある「八百菊」。店頭に新鮮な野菜や果物が並ぶ


ご兄弟はもちろん生まれてからずっと下丸子在住。

「下丸子は開発の手が入っておらず、いい意味で昔の情緒が今なお残っている街。最近は若いご夫婦が増えているように感じるので、住みやすいのではないかと思います」(兄の松原茂樹さん、左)。

「畑があったりして、東京の割に静かな街。過ごしやすいと感じています」(弟の松原順一さん、右)。

「八百菊」の松原さん兄弟。左が兄・茂樹さん、右が弟・順一さん。一見怖そうに見えて、とても物腰の柔らかいお2人


作中でも、同じ「八百菊」の名前で登場する。魚屋の真田勇司、クリーニング屋の荒井和豊と合わせた“商店街3バカトリオ”の筆頭・菊池貴則が店主を務めるお店だ。

メイド長・ウキに頼まれ「八百菊」におつかいにやって来た歩鳥(1巻・第3話)(C)石黒正数/少年画報社


歩鳥の子供時代を描いたエピソードなので、「八百菊」の菊池も「鮮魚 真田」のオヤジも若い(3巻・第26話より)(C)石黒正数/少年画報社


「新田神社」


初詣やフリーマーケットの会場として、あるいは登場人物たちが何気なく会話をする場面など、地域に欠かせない場所として作中に何度も描かれる神社。下丸子の隣駅にある武蔵新田商店街内の「新田神社」がモデルになっている。

神社の神主・八代辰巳にまつわるエピソード。ご神木も描かれている(5巻・第35話より)(C)石黒正数/少年画報社


家で年越しを迎えてすぐ、神社に初詣にやって来た歩鳥(12巻・第91話より)(C)石黒正数/少年画報社


様子のおかしい妹・ユキコを連れ、神社で話を聞き出す歩鳥(15巻・第118話より)(C)石黒正数/少年画報社


室町時代に名をはせた武将・新田義興公を新田大明神としてあがめる「新田神社」は、1358年に創祀。江戸時代に、蘭学者・平賀源内が境内の不思議な篠竹で破魔矢の元祖となる“矢守”を作ったことから“破魔矢発祥の地”とされている。また最近では、日本を代表するグラフィックデザイナー・浅葉克己による石の彫刻「LOVE 神社」が奉納され、“LOVE神社”としても有名。

武蔵新田商店街に面して鳥居が立つ(「新田神社」)


大きな破魔矢オブジェや、健康長寿、病気平癒、若返りのご利益を授かるというご神木など、見どころが多い(「新田神社」)


柔らかい笑顔で迎えてくれた宮司の品川宗久さんは、「武蔵新田は下町っぽさが残っている街で、町内のイベントなどもよく行っています。交通の便も申し分なく、駅から歩いて3分の場所でも静かなのがいいですね」という。

テレビ番組にも何度か出演している宮司の品川宗久さん(「新田神社」)


多摩川駅からは東横線と目黒線に連絡、蒲田駅からは池上線やJR京浜東北線に乗り換えができ、都心へも好アクセスな下丸子。多摩川も徒歩圏内にあり、環境や雰囲気も抜群。

住む上で重要な静けさも文句なしで、作者の石黒さんも「上京して実際に住んでいた町ですが、東京の都会的な喧騒のイメージとは違って落ち着いた雰囲気で、夜も静かで『人が住む町』だと思います。現在、夜間工事の騒音が響く観光地という、人が住むのに適さない所に住んでいるので下丸子が恋しいです」と太鼓判を押す。

今回取材した方々に対して感じたのは、とにかくみなさん穏やかで優しい。突撃取材にも「どうぞどうぞ」と笑顔を向けてくれて、“それ町”の名前を出すと、「アニメが放送された時、写真を撮りに来る人がたくさんいたよー」と楽しそうに懐かしそうに話してくれた。

作品とは関係がないが、武蔵新田で出会った“研屋(とぎや)”の武田三雄さんも、突然声をかけたにも関わらず、快く撮影と取材に応じてくれた。武田さんは横浜で約35年間ふぐとまぐろのお店を営んでいたが、ご両親の病気によって、「好きな時に好きなように働ける仕事を」ということで5年前に“研屋”を始めたそう。

川崎を地元に、いろいろな場所を巡り、武蔵新田には年に3回ほどしか来ないというので、見つけたら声をかけてみて。

自転車や車で移動する研屋(とぎや)の武田三雄さん。「使えなくなったものを使えるようにするのが好き!」と語ってくれた


話は戻り、“それ町”の重要なスポットであるメイド喫茶“シーサイド”も、下丸子に実在する喫茶店がモデルだったが、その店はもうない。作中に登場したスポットで閉店してしまったお店はほかにもちらほら…。歩鳥の「私が大人になってもあるといいのに…」というセリフがより切なく胸に響く。

閉店してしまうラーメン店のエピソード。歩鳥のセリフが胸に迫る(8巻・第65話より)(C)石黒正数/少年画報社


とはいえ、それでも町は廻っているし、今回紹介した八百屋さんも魚屋さんも神社の宮司さんも、みなさん元気で楽しそうに活躍中。ぜひ一度、訪れてみては。【東京ウォーカー】

第15弾は7月中旬配信予定

最終回説が流れたというエピソード。歩鳥が考える未来のように、下丸子の商店街も元気であってほしい(12巻・第98話より)(C)石黒正数/少年画報社

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