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ゲームきっかけで大学院へ 『三国志』好き会社員、研究に没頭

「会社員が研究をしている理由を聞かれたら、『好きだから』と答えればいい」

大学院文学研究科 修士課程 2年 佐藤 大朗(さとう・ひろお)

戸山キャンパスにて

会社員として経理業務に携わりながら、古代中国の歴史書『三国志』を研究している大学院文学研究科の佐藤大朗さん。『三国志』に出合ったきっかけは、学部生の頃、就活中に没頭したアクションゲームだったと言います。学部卒業後、独学で論文を執筆し学会発表なども行ってきた佐藤さんに、『三国志』の面白さから、大学院進学を決めた理由、そして大学院生と会社員の両立まで、話を聞きました。

――まず『三国志』とはどういうものなのか、教えてください。

『三国志』は3世紀の中国で書かれた歴史書です。当時の中国は、全土を統一していた漢帝国が倒れ、魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)という三つの国が競い合っている動乱の時代でした。『三国志』はそのうちの蜀に仕えていた陳寿という人物によって書かれました。陳寿は、蜀の滅亡に立ち会い、その後、晋(しん)という新しい国に仕えて『三国志』を著したのですが、そこには国々が立て続けに滅んでいく様子と次の時代を模索しようとする陳寿自身の思いが書き留められています。

そんな『三国志』は、なんと65巻に及びます。私も中国語の原文や日本語の全訳を買って手元に置いているのですが、本棚は『三国志』で埋め尽くされてしまっています(笑)。

――歴史書としての『三国志』を研究しているのですね。

『三国志』関連の書籍が並ぶ自宅の本棚。書庫として部屋一つを丸ごと使っている

そうです。『三国志』に関する研究には大きく2種類あると考えています。一つは、発掘調査の出土物や文字資料などから『三国志』に描かれた時代が実際にはどうであったかを研究する、いわば「歴史学」的な分野です。そしてもう一つが、『三国志』という歴史書がどのように読まれてきたかを研究する「歴史哲学」的な分野になります。私は後者を研究しています。

最近では新しい出土物などもあって、歴史学的な研究に勢いがあります。ただ、出土物を資料として扱う研究は、日本ではなかなか難しいんです。発掘調査は中国で行われるので、その結果を知るまでにタイムラグが生じてしまいます。それに対して歴史哲学的な研究だと、すでに公開されている書物を主に扱うので、日本でも最先端の研究を進めることができるんです。

――そもそもどのようにして『三国志』に出合ったのですか?

『三国志』の舞台にも足を運んだ。写真は中国・安徽省「合肥の戦い」合戦場跡

実は、出合いはゲームでした。歴史や文学は昔から好きだったのですが、学部生の頃は日本史を専攻していました。『三国志』に出合ったのは就活がきっかけです。学部3年のとき、面接に落ち続けてしまい、現実逃避のためにアクションゲームを始めました。最初は『戦国無双』という日本の戦国時代が舞台のシリーズをプレイしていたのですが、やり込みすぎてしまって…(笑)。そんなときに、もっとキャラクターやシリーズの数が多い『真・三國無双』の存在を知ったんです。そこから、ゲームだけでなくそのモチーフである『三国志』の世界に、どんどんハマっていきました。

その後、営業職に就くことはできたのですがあまり仕事になじめず、そのつらさを忘れるために、昼休みになると『三国志』関連の本を片っ端から読んでいました。『真・三國無双』のキャラクターについてもっと知りたいという思いから、まずは漫画や雑誌、さらにムックや解説書を読むようになりました。次第に論文や専門書にも手を伸ばすようになり、そして好きだった歴史の勉強にもう一度取り組むようになったんです。

――「好き」と「研究」にも少し距離がありますよね。好きという気持ちで終わらず、研究をしようと思った理由は何だったのでしょうか。

直接の理由は、現在の大学院の指導教員である、渡邉義浩先生(文学学術院教授)の存在でした。『三国志』に関する本を読んでいく中で、精力的に執筆されている渡邉先生のことを知り、「この人に会いたい!」と感じたんです。ただ、突然何もなしに会いに行っても迷惑なだけだと思い、研究者だけでなく一般人にも開かれている「三國志学会」に参加することにしました。そして渡邉先生に「論文を投稿したい」と伝えたところ、初対面にもかかわらず「大歓迎ですよ、待っています」と応えてくださり、その言葉に背中を押されました。それが28、9歳のことでした。

ちょうど経理の仕事に転職して、少し余裕も生まれてきた頃でした。だから、会社勤めを続けながら、独学で論文を執筆することにしたんです。当時は、夕方に会社から帰宅したら夕食を取り、夜の9時か10時には就寝。そして朝の3時から4時に起きて、出社まで『三国志』の勉強に集中する、こんな感じの生活をしていました。こうすると、会社員でも1日に4時間くらいは研究時間を取ることができたんです。

佐藤さんのTwitterアカウント。研究の進捗(しんちょく)や『三国志』に関することなどを投稿している

――仕事と研究の両立は大変ではありませんか?

「渡邉義浩を追い越したい」という一心でした。20代後半の若さゆえの気持ちとでもいうのでしょうか(笑)。ちょうど『三国志』を描いた映画『レッドクリフ』の公開時で渡邉先生は頻繁にテレビなどに出演されていて、「この人を追い越せたら何とかなる」と思ったんです。そして論文を書き上げ、2011年に三國志学会の論文誌である『三國志研究』に投稿しました。ただ、この論文は査読者に「まだ学術論文のレベルではない」と言われてしまい、そこで独学の限界に行き当たったんです。

そこから渡邉先生の研究室などに顔を出すようになり、さらには『全譯三國志』(汲古書院、2019年〜)という歴史書『三国志』の新しい日本語訳を刊行するプロジェクトにも参加することができました。会社員なのに編者の一員に加えてもらえたということで、朝日が昇っていく4時間を使って必死に翻訳を頑張りました。この経験を経て、さらに学問として『三国志』を研究することへの意識が強まりました。

YouTubeなどを通じて『三国志』の魅力を発信することにも力を入れている

――そして大学院に進学されたのですね。

大学院進学の契機となったのは、新型コロナウイルス感染症の拡大でした。コロナ禍でリモートワークになったことで、「学問を究めたい」という自分の中の思いに向き合う時間が増えたんです。そこで思い切って会社に「研究に専念するために退職したい」と告げると、ちょうど社員の柔軟な働き方を応援しようと検討していたらしく、休職して進学することを許可されました。大学院入試の締め切りを過ぎていたので、1年間は科目等履修生として通うことにし、2022年春に39歳で晴れて大学院文学研究科の修士課程に進学しました。

修士課程は多くの単位を取らないといけないカリキュラムになっているので、最初はやりたい勉強に集中できずつらいこともありました。でも、乗り越えてみると、先生の厳しさや課題の多さには意味があったと感じます。大学院で学んでいると、研究者が実際に抱いている葛藤やもどかしさに触れられることもあります。これは本を読むだけでは分からないことなので、進学して本当に良かったと感じます。

渡邉先生(右)の研究室にて

修士2年となった今年の春からは職場に復帰しています。大学院と仕事の両立は簡単ではないですが、大学や職場の皆さんに支えられているといつも感じます。会社も働き方改革として週4日勤務の正社員制度を導入してくれました。それを利用して、今はゼミの曜日だけキャンパスに通学しています。私が週4日勤務になることで職場には負担を掛けているはずなので、同僚にはいつも感謝しています。

――これからの意気込みを教えてください。

まず、研究者として研究書を出したいです。会社員であるとか年齢が高いとか、そういった留保なしに評価されるようになりたいと考えています。また、社会人院生のモデルケースになりたいという思いもあります。

ただ、葛藤もあります。特に歴史研究と経理の仕事が直接結びつくところは少なく、研究と仕事の間で引き裂かれるような思いになることもあります。でも、仕事を続けているとやっぱり経済的な安心感がありますし、大学院に進学すると独学だけでは見えなかった世界が広がります。だから、社会人の人たちも物おじせずに、研究や進学に挑戦してみてほしいです。そして、もし会社員が仕事とつながりの薄い分野の研究をしている理由を聞かれたら、「好きだからやっています」と答えればいいのではないでしょうか。

三國志学会で発表する佐藤さん(2022年9月)

第849回

取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
大学院法学研究科 修士課程 2年 植田 将暉

【プロフィール】
愛知県出身。大阪大学文学部卒業後、転職を経て、製造業系の企業で経理職に就く。独学の頃から更新を続けてきたWebサイト「いつか書きたい『三国志』」など、『三国志』関連の情報発信にも力を入れる。発信の原動力は、研究成果のアウトプットだけでなく、実は「未来の自分に見せたい」という気持ちなのだという。研究に行き詰まるとヒントをもらいに過去の自分の投稿を見に行くのだとか。発信の副次的な効果として知り合いが増えていくのも楽しいと語る。

Webサイト:いつか書きたい『三国志』
Twitter : @Hiro_Satoh
YouTube : いつか書きたい三国志

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