カナダにパナマ グリーンランドも?トランプ氏発言のねらいは

カナダにパナマ グリーンランドも?トランプ氏発言のねらいは
「メキシコ湾はアメリカ湾に変更しよう。とても美しい名前だ」
「カナダは51番目の州に」「アメリカにはグリーンランドが必要だ」

中国、ロシアだけでなく、隣国や同盟国への発言が波紋を呼んでいるトランプ次期大統領。

なぜトランプ氏は大統領就任前からさまざまな発言を繰り返すのか。そのねらいはどこにあるのか。アメリカの政治に詳しい上智大学の前嶋和弘教授に聞きました。

(国際部記者 光成壮)

※以下、前嶋教授の話(インタビューは1月8日に行いました)

なぜグリーンランドが必要?

理由は2つあります。

1つは、ロシア、そして中国にとっても、交通の要所であり軍事安全保障の要所ということで、グリーンランドがとても重要になってきたところがあります。

グリーンランドに対しては、中国がいろんな形で今アクセスをしようとしていて、例えば、衛星通信施設や空港の改良工事なども申し入れている状況です。これを止めたい。
もう1つの理由は、欧州への圧力です。

トランプ氏は、NATO(=北大西洋条約機構)加盟国の国防費はGDPの5%が必要だと言っています。アメリカが3%強なので、5%というのは非常に高いわけですが、欧州には2%にもいっていない国があります。

欧州はNATOに対する軍事負担が少ないので、これを増やさないといけない。その一環として、デンマークに対してプレッシャーをかけたのではないかと思います。

トランプ氏は、1期目の政権のときにも「グリーンランドはアメリカにとって必要だ」と言っていたことがあります。今回の発言は、1期目よりも踏み込んでいると思います。2期目がこれからスタートしますが、1期目のときにやれなかったことをやっていくことが大きなポイントになるとみられています。

グリーンランド より重要になっている?

米中対立がより鮮明化してきたことによってグリーンランドの安全保障上の価値がとても高くなってしまいました。

また、ウクライナ戦争でアメリカとロシアの対立が先鋭化する中、ロシアに対してにらみを利かせるためにやはりグリーンランドの戦略的な価値が大きく上がってしまったところがあります。
グリーンランドには経済的な価値もあります。豊富な地下資源があって、その地下資源へのアクセスが非常に簡単になってきました。

温暖化で氷がとけて北極海航路が整備され、中国、そしてロシアがいろんな形で安全保障、資源開発でもグリーンランドにアクセスするようになってきました。

ですので、このグリーンランドの経済的な重要性、さらには安全保障上の重要性もこの数年間非常に上がっていて、それを背景にトランプ氏の「グリーンランドを購入したい」という発言になってきたわけです。

中国とロシアがグリーンランドを狙っているのだということを明確にすることによって、世界の人々にここが今問題なんだと争点化したいというところも恐らくあると思います。

また、グリーンランドはデンマーク領ですので、西側でしっかりとグリーンランドを管理しろというメッセージでもあります。

グリーンランドめぐる発言も“ディール=取り引き”?

今回、改めてそ上に載せることによって、取り引き材料の1つにしたいとこういうことだと思います。

そもそも欧州諸国がずっと考えていたのは、2期目のトランプ政権がスタートしたらアメリカがNATOから離脱するかもしれないと、その恐れすらありました。

実は2023年の12月にアメリカで法改正をして、大統領の一存ではNATOを離脱できず、上院の3分の2の同意が必要だということを決めています。ですので、NATOを離脱することはできません。

離脱できないのであれば、どういう形で欧州諸国を揺さぶることができるのか、そこをトランプ氏は考えていると思います。
ただ、大統領というのは三軍の長ですので、NATOの中の米軍部分を止めて、NATOを骨抜きにすることはできます。

最近の記者会見や去年末のいろいろな発言の中でも、「NATO離脱」ということばは消えていません。法的には不可能であっても、NATOを離脱するんだということは、トランプ氏からは出てきています。

このあたりを考えたり、あるいは今回のグリーンランドの話を考えたりしても、やはり欧州に対して本格的に軍事負担をしろというメッセージを出していると考えられます。

“ディール”の影響は?

ものすごく反発が起こっていますよね。

1期目の政権のときに、グリーンランドを購入する発言が出たあたりからそれまであった独立運動がさらに大きくなっていたと聞いています。

今回の発言でさらにグリーンランドの価値が上がっていきますし、グリーンランドとしては、自分たちは独立した方が安全保障でも経済でも大きなプレーヤーになれると考えます。

一方で、デンマークにとっても、グリーンランドの価値が上がっているので、よけいに独立をさせたくないということになります。このせめぎ合いというような感じに今回なってくるのだと思います。
基本的にトランプ氏が何を考えているかというと「アメリカファースト」です。アメリカがほかの国を守ることは徹底的に減らしていきたいんです。また、トランプ氏としてはもう1つの安全保障のスローガンとして「力による平和=Peace Through Strength」を出しています。

欧州からアメリカの負担を減らしたとしても、そこで欧州が不安定になってはいけません。その部分で「欧州は自分たちで自分たちを守れ」というメッセージなんですね。

ですので、「アメリカファースト」でアメリカ軍は基本的に縮小していく、アメリカの負担は縮小していく。一方で、そこは軍事的な空白にしてはいけない。これがトランプ氏の頭にあると思います。
これは欧州だけではなくて、アジアでも同じで、アジア諸国あるいは中東もそうですけれども、アメリカのプレゼンスをどんどん少なくして、ただそこは軍事的な空白になってはいけないので、各国に負担させるということになると思います。

アメリカが抜けていくことでその地域の国際秩序が崩れないように今はしています。とは言っても国際秩序の中心にずっとアメリカがいたわけです。国際秩序はやはり揺れてしまうところがあります。

急な軍事費の負担というのは、同盟国各国の大きな国内的な議論になってしまいます。国内的に大きく割れてしまって、結局政治がうまくいかないようなこともあります。

これはひと事ではなくて、国際秩序の中からアメリカが抜けてしまったらどうなるかということを本当にトランプ氏の行動から我々は考えないといけないと思います。

パナマ運河返還めぐる発言のねらいは?

パナマ運河をアメリカが返還したが、どうも通行料がとても高い。「アメリカが返還したのに、何でこんなに負担が大きいんだ」と。

要するに「アメリカファースト」はアメリカが負担をしないこと、アメリカにとってプラス、得なことは重要だけど、アメリカが負担をする、コストが高くなることは忌み嫌っていくということです。

その「アメリカファースト」の観点から、パナマ運河の通行料は許せないということになっているわけです。

「アメリカが作ったのに、おかしいじゃないか」というのは、一見いちゃもんのように見えますが、長期的なスパンで見たらアメリカが損しているというところがトランプ氏の頭にあると思います。
台湾あたりもそうです。トランプ氏は「台湾がアメリカに守ってもらおうなんて、おこがましいと思っている」というような発言を何回かしています。

「台湾はアメリカから半導体を盗んで、それで産業を大きくしてとても豊かになっている。なぜもっとそれを自分たちの軍事費に使わないんだ」というような発言を去年の夏からずっと続けています。

ただこの背景にあるのも、台湾を弱くするわけではなくて、「アメリカから武器を購入しろ」というメッセージでもあります。アメリカの軍需産業の製品を買ってもらうことによって台湾が強くなる、そしてアメリカも豊かになると。トランプ氏の取り引きがここにもあるということだと思います。

「メキシコ湾をアメリカ湾に」なぜ?

メキシコ湾を名称変更するとか、カナダについても「アメリカの51番目の州だ」みたいなことをつい先日トランプ氏が言ったことがありますが、アメリカのブラックジョークでよく言うことはあります。

ただ、わざわざ大統領になる人が言うことで「アメリカにとってカナダとメキシコはそういう扱いなんだ。だから『アメリカファースト』に同調しろよ、そうでなければさまざまなことを行うよ」と。

それは、本当に51番目の州にするとか、メキシコ湾という名称を変えるとかいうわけではないけれど、今後カナダとメキシコに対しても厳しく出ていくというメッセージだといえます。

就任前から発言繰り返すねらいは?

2期目のトランプ政権が1月20日からスタートしますが、いろいろな形で、政権発足前にトランプ氏が動いていて、トランプ氏の政権が始まったら世界が変わっていくんだという、さまざまな打ち上げ花火をしているわけです。

グリーンランドは、その打ち上げ花火の1つだと思います。

欧州に対して厳しく出て、同盟国であってもしっかり軍事負担をしなければ欧州を切ることがあるかもしれないと、ブラフかもしれませんけどそういうことを言っていく。

この圧力というのは欧州だけの話ではなくて、日本に対する圧力、あるいは韓国やフィリピン、さまざまなアメリカの同盟国、友好国に対するプレッシャーでもあります。

トランプ氏にとってみれば、グリーンランドを、そしてデンマークを揺さぶることによって同盟国はそれほど安泰ではないんだということを、それぞれ同盟国や友好国に伝えたかった、こういうメッセージもあると思います。
同盟国であっても関税をかけていくというのもトランプ氏のポイントです。

就任前に出しておいて、実際に政権がスタートしたら着々と1つ1つ実行する、あるいは精査して先送りにしていく。政権が始まる前のスタートダッシュを今しようと思ってさまざまな政策を打ち出している、こういうふうに見えます。

(1月8日「ニュース7」で放送)
国際部記者
光成 壮
2017年入局 盛岡局 大津局を経て現所属
アメリカやヨーロッパの政治・経済を取材