3年後の2020年。大人(20歳以上)の「10人に8人」が40代以上になる。50代以上に絞っても、「10人に6人」だ。
要するに東京オリンピック開催時(予定どおり開かれれば…)、どこの職場も見渡す限りオッさんとオバさんだらけになるってこと。
いかにこれが深刻な状況かは、下のグラフをごらんいただけば一目瞭然である。
このグラフのように「0」を50歳に日本人口を二分割すると、すごくないですか? しかも、現在はまさしく“上下”が逆転する転換期で、50歳以上対策をどうにかしなきゃで悪戦苦闘する時期なのだ。
50歳を過ぎた社員をどうやって「会社の戦力にする」かで、会社の寿命が決まるといっても過言ではない。“追い出し部屋”だの、希望という名の“絶望退職”で、働かないオッさんをやっかいばらいしたがる会社は後を絶たないけど、使えるものを使わないことには、会社がつぶれることになりかねないのである。
大和証券は再雇用した営業職の年齢制限を撤廃
先々月、昭和のオッさんたちの常備品だった“仁丹”のアノ会社が、第四新卒を始めたことを取り上げたが(日本と仁丹を救うオッサンの「根拠なき確信」)、「第四新卒採用」には、なんと1800人の応募があったそうだ。
ふむ。世の中のオッさんも捨てたもんじゃない。というか、やっぱり「オッさんたちがこの国の“希望”なのかも」と思ったりもする。
と、そんな中、大和証券が「70歳まで」としていた営業職の再雇用の年齢制限を撤廃するとの方針を固めたとの報道があった。
「年齢を重ねて経験や知識が豊富で、この世代はバブル期に多額の収益を稼いだ社員が多い。顧客も高齢化していくので、営業も同世代の方が効果的だ。多くの顧客と信頼関係を築いてきた社員に長く勤め続けてもらうことで、業績向上につながると期待している」(朝日新聞より)
実に喜ばしい報道である。ちなみに現在の営業職最高齢は、67歳。後に続く“70歳営業マンの星”となるべくご活躍することを心から期待している。
でも、その一方で「ホントに企業にとってプラスになるのか」という心配もある。
いや、もちろんベテラン社員が若い人より稼ぎが悪いとか、50歳以上を雇用し続けることで企業の生産性が低下するといった証拠はないし、私自身「年齢を重ねることで得る経験や知識」はどんなに若手にお金を投資しようとも得られない企業の資産だと断言してきたので、「業績の向上につながる」と信じている。
だが、「ああ、自分たちの時代は終ったなぁ」と感じることも少なくないので、ちょっとばかり心配なのだ。
どんなに社員の長期雇用のメリットのひとつに、「彼ら彼女らに付いた顧客のロイヤリティーが向上することがある」とさまざまな研究から確かめられていて、担当者の変更は高齢者ほど嫌うばかりか、“乗り換え”の機会にもなりがちであるとしても、「オッさんたちがニッポンの希望だ!」ともっともっと強くアピールして、オッさん、オバさんたちと一緒に私もがんばりたい。
そこで今回は、「オッさんの価値」というテーマでアレコレ考えてみようと思う。
まずは「体力」について、「あ~やっぱりね~」という調査結果から紹介する。
東京都老人総合研究所が1992年と2002年に、約4000人を対象にふだんの歩行スピードを調べ、比較した結果がある(「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究―高齢者は若返っているか?―」)。
「歩行スピード」は年齢と共に低下するため、身体機能のレベルの総合的な測定に多く用いられるのだが、ごらんのとおり1992年から劇的に伸びていることがわかる。
1992年の64歳の歩行スピードは、2002年の75歳とほぼ同じ。
つまり、10年前にくらべ11歳も身体機能が若く、70歳は59歳、60歳は49歳。
身体的には、60歳定年はおろか65歳定年でも早過ぎる。
っというか、こんなにカラダが元気な人たちを、職場で放し飼いにしておくのはもったいないとしか言いようがない。
身体だけでなく、アタマも意外に劣化しない
「でもさ~、カラダだけ元気ってのが案外、部下には困るといかウザいというか……」
はい、そのお気持ちよ~くわかります。でも、安心してください。
なんと「日常問題を解決する能力や言語(語彙)能力は、年齢とともに磨かれ、向上している」ということが、いくつもの調査で確かめられているのである。
そもそも人間の知能は「流動性知能」と「結晶性知能」の2つの側面に分かれる。
流動性知能とは、「新しいことを学んだり、新しい環境へ適応したり、情報処理を効率的に行ったりするための問題解決能力」で、記憶力や暗記力、集中力などを指す。
結晶性知能とは、「学校で学んだことをや日常生活や仕事などを通じて積まれた知識や経験を生かした応用する能力」で、いわゆる経験知や判断力だ。
かねてから「身体能力のピークは20代であるのに対し、知力は発達し続ける」とされていたのだが、近年、経年データを使った分析(縦断研究)が行われるようになり、「どちらの能力も、60歳代前半までは大きく低下しない」ことがわかった。
具体的には……、流動性知能のうち、記憶力や暗記力は40歳代後半から急速に低下する。しかし語彙力は、若干低下する傾向はあるもののさほどではなく、統計的にも有意じゃない。
一方、結晶性知能は60~70歳前後まで緩やかに上昇。74歳以降緩やかに低下するが、80歳ぐらいまでは20歳代頃と同程度の能力が維持される。
つまり、「業績の向上」につながる経験を「結晶性知能」とすれば、カラダさえ元気ならエイジレスで業績に貢献することが可能なのだ。
さらに、脳科学の発達により「認知機能が衰え始めるのは亡くなる5年ほど前」ということもわかった。しかもその低下は決して急激ではなく、ゆるやかに低下することが確かめられている。
このコラムでも何度も取り上げた、米マサチューセツ州にあるヴァイタニードル社は、まさしく「結晶性知能」を生かすことで企業の業績を向上させた企業だ。(「定年延長で激化する「“オッサン”vs若者」バトル」)
経験と専門知識を持つスペシャリストも積極的に雇用することで、効率的に生産性を向上させている。
私が記事にしたとき、99歳で最高齢だった方は100歳で辞めたのだが、理由は「転居により通勤が難しくなった」こと。裏を返せば、100歳を超えても、いちサラリーマンとして、企業に勤めることは可能。
「そんなに働きたくないよ~」という悲鳴も聞こえてきそうだが、ヴァイタニードル社のHPに掲載されている高齢者たちの表情をみると、ちょっとばかりうらやましいというか、勇気がでるので是非ともごらんいただきたい(こちら)。
高齢者雇用で業績が下がる証拠はない
政府の「働き方改革実行計画」には、
――高齢者の7割近くが、65 歳を超えても働きたいと願っているが、実際に働いている人は2割にとどまっている。労働力人口が減少している中で、我が国 の成長力を確保していくためにも、意欲ある高齢者がエイジレスに働くため の多様な就業機会を提供していく必要がある。
としているけど、「意欲ある人」のための就業機会ではなく、「企業が生産性を上げる」ために、65歳を超えても能力発揮の機会を提供していく、といった雇用する側の意識改革が必要であることは、体力と知能のエビデンスから明らか。
ただし、ただ単に「年を取れば上昇する」というものではない。
低下しないことと、上昇することは別で、「年取ったから知能が低下する」わけでもなければ、「若いものより、年寄りのほうが知恵がある」わけじゃない(ややこしいですけど……)。
まぁ、当たり前といっては当たり前なのが、気になるのはその個人差が高齢になるほど拡大するということだ。
つまり、50歳を超えても「企業に貢献できる存在」になるには、「経験知」としての結晶性知能を高めておくことが大切なのだ。
結晶性知能を高める方法として、近年、急速に注目されているのが「認知の予備力(Cognitive Reserve)」である。
これは本を読んだり映画を見たりするなどして言語能力を高め、学校の勉強をし、仕事に主体的に取り組み、仕事以外の活動に積極的に参加することで、平たくいえば、よく学び、よく遊び、よく働くこと。仕事だけじゃダメ、勉強だけでもダメ。体と頭を使い、いろいろな人と交流することが「認知の予備力」につながっていく。
認知の予備力は、私の専門である健康社会学や組織心理学の「暗黙知(tacit knowledge)」と極めて近く、「難しい相手との交渉」や「部下の心を掴む」など、特定の目標を達成するための手続き的な知識で、単なる仕事に関する知識や一般知識ではない。
で、こういった経験を繰り返し、「大きな顧客をゲットできたぞ!」「○●君(部下)もずいぶんと成長したな」といった成功体験や、上手くいかなくとも「なるほど。そういうことだったのか!」と失敗から学ぶ体験で、暗黙知は飛躍的に伸びる。
心の定年に甘んじてはダメだ!
つまり、何だか古くさくて、説教くさいけど「若い時の苦労は買ってでもしろ」ってことが科学的に実証されているのだ。
「え? オレ、苦労してないかも……」という人は、今からでも遅くない。自分の能力を超えたチャレンジを今のうちにやっておいたほうがいい。
40代後半で「心の定年」を迎えている場合ではない。腹の出具合や足腰の衰えや、増えた白髪や広くなった額を気にするだけじゃなく、今のうちから「認知の予備力」を高める努力もやるしかない。
現状に甘んじている人の「未来の価値」は残念ながら低く、カラダ“だけ”が若いという、厄介な存在に成り下がってしまうのである
と同時に、企業も「動けば動くほど周りの負担を増やす」やっかいなオッさんを量産しないためには「経験信仰」に頼るのではなく、「認知の予備力」を蓄える働かせ方を模索し、長期的目線で「高齢者(イヤな言葉ですけど)雇用」を捉えることが肝心なのだ。
オッさんと若手のペアが面白そう
さて、最後に興味深いことをもうひとつだけ話して終わりにします。
このコラムでは何度も書いている、人間が持つたくましさ、困難を乗り越える内的な力である「SOC(Sense of Coherence)」も、年齢と共に高まることが、国内外の実証研究の積み重ねによって確認されている。
ピークは70代前半。先の結晶性知能と同じだ。
で、高齢者のSOCは、「主観的健康、人格的成長(詳細は森下仁丹コラム)、経済的豊かさ、周囲の人たちとの良好な人間関係」が高さと関連があり、「経済的な不安定さ」はSOCを低下させる。
さらに、他者に「教える」という経験が、高齢者のSOCを高めることもわかっている。
暗黙知の高いオッさんと、記憶力の高い40歳以下の社員がタッグと組めば、互いに知能を補完しあえるし、生産性に貢献する化学変化が期待できる。
「10人に8人が40代以上」という現実は、すぐそこ。
オッさんもがんばる。オバさんもがんばる。でもって、企業は何年もかけて培ってきた経験知をもつ人々を、いかに活用するかで、10年後が決まる。
10年か…。私がここで書き始めたのは10年前。10年後…。私もがんばります!
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