ファーストリテイリングは2月28日、「ユニクロ」ブランドの衣料品の生産を委託している主要工場のリストを公開した。従来は「ビジネス戦略上の重要性」から非開示だったが方針を展開。背景には、「サステナビリティー(持続可能性)」を重視する世界的な経営の潮流がある。

(写真:ロイター/アフロ)
(写真:ロイター/アフロ)

 「CSRといったら、会社の視点でしょう。サステナビリティーは、社会の視点ですから」

 昨年12月、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長に、11月に「CSR部」を「サステナビリティ部」に改組した理由を聞くと、こんな答えが返ってきた。

 CSR(Corporate Social Responsibility)は、「企業の社会的責任」と訳される。一般的に、企業が得た利益の一部を慈善活動の一環として社会に還元することで、「社会的責任」を果たそうという考え方だ。ファーストリテイリングもこれまで、難民支援や障害者雇用などを通じて、積極的に社会貢献活動を推進してきた。

 だが、こうしたCSR活動は、貢献するもしないも「企業の都合」次第とも言える。柳井氏は、もはやそうした姿勢のままでは、これからのグローバル競争に勝ち抜くことはできないと考えていた。そこで出てきたキーワードが、「サステナビリティー(Sustainability=持続可能性)」である。企業がビジネスそのものを通じて、環境や社会が抱えている課題の解決を進めていこうという考え方だ。

 ファストリは2月28日、「ユニクロ」ブランドの衣料品の生産を委託している主要工場のリストを公開した。中国、ベトナム、インドネシア、バングラデシュ、カンボジア、タイ、日本の合計7カ国、146の縫製工場の名称と住所である。合計の生産規模は、ユニクロ製品の発注額の8割を超える。同社サステナビリティ部の新田幸弘・グループ執行役員は、主要工場のリストを開示する背景を、次のように説明する。

 「ビジネス戦略上の重要性から、これまでは工場のリストは開示してこなかった。品質管理などの生産ノウハウを競合他社に知られないよう、情報を守りたかったからだ。しかし、もはや自分たちの戦略上の重要性ばかりを言っていても仕方がない時代になった」

サステナブルな存在にならなければ将来はない

 ユニクロが生産を委託している工場は、欧米のファストファッション・ブランドの委託工場と比べて、高い品質管理で知られる。ファストリは、数千もの委託先工場を抱える欧米勢とは異なり、その数を大幅に絞り込むことで、優良工場を囲い込んできた。もちろん、どの工場に委託しているかは業界内で完全に隠し通すことは難しい。それでも、ファストリは委託工場に対して、ユニクロのロゴを掲げたり、ホームページで開示したりしないように要請するなど、厳しく情報を管理してきた。

 「ザラ」を展開するスペインのインディテックスや、スウェーデンのへネス&マウリッツ(H&M)など、地球規模で製品を調達している世界的なアパレル企業にとって、サプライチェーンの体制は戦略の要だ。特に、委託先を絞り込んでいるファストリは、生産体制をどのように構築しているかというサプライチェーンの全体像を競合に把握されると、競争上不利になると考えてきた。

 それだけに、今回の工場リストの開示は、ファストリの経営姿勢が大きく転換したことを示唆する。「これまではCSRの視点で社会貢献を中心に取り組んできたが、これからはサステナビリティーにかじを切る。世界3位のアパレル企業となり、これからナンバーワンを目指すにあたり、我々自身が社会や地球環境にサステナブルな存在にならないと、将来はない」。新田氏は、そう強調する。

バングラデシュ、1000人以上死亡の教訓

 ファストリは、グローバルに成長を加速するには、サステナビリティーを経営の軸に据えることが欠かせないと判断した。その第一弾が、工場リストの公開となった。既に、H&Mや米ギャップなどで工場リストを公開する動きは広がっており、ファストリもこうした潮流に追随する。

 出遅れていたファストリが今、本格的にサステナビリティーを重視する経営へと動き始めるのはなぜか。サステナビリティーにかじを切ることが、経営上のリスクを減らすと同時に、事業を拡大し続けるためにも不可欠になってきているからだ。

 世界のアパレル企業は、委託工場の劣悪な労働環境を経営上の大きなリスクとして捉えてきた。2013年にはバングラデシュの縫製工場が崩壊し、1000人以上が死亡する事故が発生。それを機に、欧米アパレルブランドは労働環境を改善する業界団体を相次いで設立。ファストリも、欧州ブランドが主導する業界団体に加盟するなど、自社での取り組みに加えて業界団体を通じて労働環境改善に取り組んできた。

 ただ、その後もNGO(非政府組織)が監視の手を緩めることはなく、ファストリの委託工場でもNGOが潜入調査を実施し、その実態を公表するなど、常に批判にさらされるリスクに直面してきた。ファストリは2015年からは、縫製だけではなく、染色や紡績などサプライチェーンの上流に遡って労働環境を監視。工場への抜き打ち監査も実施しているほか、NGOなどの第三者機関とも協力して監視体制を強化してきている。

 工場リストの公表は、こうしたリスク管理をさらに一歩、前進させることになる。NGOなどによる監視の目にこれまで以上にさらされることにもなり、問題が発覚すればより大きな批判を浴びる可能性はある。それでも、「今まで以上に社会から監視されることで工場も緊張感を持つようになり、労働環境のさらなる改善につながる」と新田氏は期待する。

サステナブルで若者世代の取り込みを期待

 一方、「若い消費者や従業員から、サステナビリティーを重視する声が高まっており、こうした期待に応える」(新田氏)という、ビジネス上の狙いも大きい。採用活動の場でも、入社を希望する若者から環境問題や労働問題への取り組みについて、質問されることが増えているという。

 欧米のみならず、アジア諸国でも、「ミレニアルズ世代」と呼ばれる2000年以降に成人を迎えた若者たちは、サステナビリティーへの関心がそれ以前の世代に比べて高いとされる。そうした状況を踏まえてファストリは、工場リストの公開などを通じて、積極的にサステナビリティーに取り組む姿勢をアピールすることで、顧客の獲得につなげていきたい考えだ。

 ファストリはユニクロの主要工場リストの公開を皮切りに、2017年中には「GU(ジーユー)」ブランドの委託先工場のリストも公開し、サプライチェーン全体の透明性を高めていくという。さらに、同年中にサステナビリティー全体の戦略に関する2020年に向けたロードマップを策定する。

 この中期計画では、サプライチェーンに関しては縫製工場のみならず、生地や染色、加工、糸、原材料などについても、調達経路の「見える化」を目指す。このほか、よりサステナブルな原材料を使った商品を開発していくほか、店舗や地域コミュニティーの課題解決の一環として気候変動対策なども盛り込む。従業員が働きやすい職場作りなどについても目標を設定したい考えだ。

 こうした取り組みは、投資家からも歓迎されそうだ。最近では、ESG(環境、社会、ガバナンス)の観点を重視する投資家が増えおり、味の素(関連記事:味の素、中計に「肉・野菜の摂取量」)や花王(関連記事:四半期決算に異議あり!花王の「コケない経営」)なども対応を強化している。

 ファストリや味の素、花王など、ここにきてサステナビリティーに関する取り組みを強化する企業に共通して言えることは、グローバルに成長し続けるには、売り上げや利益を追うだけでは、もはや不十分だという危機意識だ。新田氏は、「世界ナンバーワンになるということは、売り上げや利益だけではなく、社会や地球にとっても一番である事が非常に重要だ」と強調する。

 企業規模だけではなく、サステナビリティーでも「世界一」を目指すというファストリ。世界にインパクトを与えるロードマップを策定できるか、これからが正念場だ。

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