ブリュッセル国際空港から歩いて避難する人々。奥には爆破されたターミナルビルが見える(写真:AP/アフロ)
ブリュッセル国際空港から歩いて避難する人々。奥には爆破されたターミナルビルが見える(写真:AP/アフロ)

 130人の死者を出したパリ同時テロから約4カ月。欧州が再び緊張に包まれている。

 3月22日、午前8時ごろ。ベルギーのブリュッセル国際空港メインターミナル3階のチェックインエリア2カ所で、立て続けに爆発がおきた。アメリカン航空のカウンター付近で大きな爆発音が響いたかと思うと、その直後に、数メートル離れた出口近くのスターバックスコーヒー前で轟音が続いた。

 いずれも、爆弾を満載したベストをまとった黒服の男が自爆したと見られている。爆発する間際、銃声とアラビア語で叫ぶ声が聞こえたという目撃談もある。11人が死亡、80人以上が負傷した。

 約1時間後の9時15分。今度は首都ブリュッセルの中心部で爆発が起きた。EU(欧州連合)本部の入るビルなどが集積する一帯にある地下鉄マールベーク駅。駅を出発した直後、列車の中ほどの車両で爆音が響いた。異変に気づいた運転士はすぐに列車を止め、先頭と最後尾の乗客を避難させた。判明しているだけで20人が死亡した。

「これほど大規模なテロは想定外」

 ベルギー当局はすぐさま今回の爆発をテロ攻撃と断定。国の警戒レベルを最高位の「4」に上げ、空港を閉鎖した。ベルギーのデブロック保健相によると、22日午後8時時点で、死者31人、負傷者は230人以上となり、昨年11月13日にパリで起きた同時テロに匹敵する惨事となった。

 ベルギーのミシェル首相は「私たちの国が卑劣なテロに見舞われた。多数の死亡者と負傷者が出ている。ベルギーの歴史にとって暗黒の日だ」と述べた。

 22日の午後、過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)が、IS関連の通信社を通じて犯行声明を出した。当局は現在、空港のテロに関わったと見られる3人の男を特定し、このうち、自爆せずに逃走している1人の男の行方を追っている。

 ベルギーは、パリ同時テロの際にも、実行犯が最後に逃げこむ舞台となった。今回も、空港という警備が最も厳しい場所の一つでテロを許した。惨劇はなぜ再び起きたのだろうか。

 伏線はあった。テロが起きる4日前の3月18日、ベルギー警察は、パリ同時テロの実行犯の一人、サラ・アブデスラム容疑者を含む5人をブリュッセル西部のモレンベーク地区で拘束した。21日には、ベルギー当局が逮捕後に記者会見を開き、ベルギーとフランス両国の連携の成果を誇っていた。現在も容疑者への取り調べが続いている。

ブリュッセル市内に厳戒体制が敷かれた(写真:AP/アフロ)
ブリュッセル市内に厳戒体制が敷かれた(写真:AP/アフロ)

 警察はアブデスラム容疑者の逮捕と今回のテロの関連を認めていないが、逮捕に対する報復との見方が出ている。

 「結局、テロリストの全容を把握するのは不可能だということ。アブデスラム容疑者を逮捕したことに対するテロ組織からの警告と受け取った方がいい」とロンドンに拠点を置くセキュリティコンサルティング会社の幹部は言う。

 ベルギーのヤンボン内務相は22日、地元テレビの取材に対して、過激派の一部が欧州でテロを画策しているとの情報を当局が掴んでいたことを認めた。ただし、「これほど大規模だとは想定していなかった」。18日のアブデスラム容疑者逮捕の後、フランスのオランド大統領は「欧州にはまだテロリストの巨大なネットワークがある」と発言しているのだが。

 モレンビークは、ベルギーにおけるテロリストの温床の一つと言われている。中東からの移民や難民が多く住む地区で、パリ同時テロ以降、一躍有名となった。この場所が今もIS関連の拠点となっていると見る専門家は少なくない。アブデスラム容疑者もこの地でかくまわれていた。

テロには徹底抗戦

 ブリュッセル中心部で起きたテロは、EUの関連機関が集積するビルからも近かった。これらの建物で働くEU職員はすぐに別のビルへと避難。事件後、EU本部のビルにも警察の捜査が入った。

 今回のテロ事件を受けて、欧州各国の首脳はテロとの徹底抗戦を訴えている。トゥスクEU大統領は「ブリュッセル、ベルギー、EUは一丸となってテロに対抗する」と一致団結することを宣言。英キャメロン首相は「ベルギーにはできる限りの支援をする」と約束するとともに、自国の防衛にも全力を尽くすことを表明した。オランド大統領も、「狙われたのは欧州であり、世界中のあらゆる人々に関係する問題だ」と、世界各国が協調してテロとの戦いに臨むよう呼びかけた。

 今回のテロ事件が経済や産業に与える影響は今のところ不透明だが、パリ同時テロの例を見れば、最も影響を受けるのは欧州の観光ビジネスとみられる。パリでテロが起きた直後、パリに向かう航空便やホテルの予約が急減したほか、周辺の観光地への客足も減った。今回、ベルギーを中心に再び同様の現象が起きる可能性は高い。

難民排斥を訴える政党には格好の材料を提供

 一方、欧州全土を悩ます難民問題では、早くもテロの騒動が影響を与え始めている。反難民を掲げる欧州各国の極右政党にとって格好の材料となる可能性が高い。

 「今回のテロで明らかになったのは、(人の移動の自由を保障する)シェンゲン協定と寛容な国境管理がいかに危ういかということだ」。テロの約2時間後、英国独立党(UKIP)のスポークスマンはこのような見解を発表した。今回のテロの実行犯が移民や難民によるものか不明であるにもかかわらず、それらを結びつけて発言した。

 狙いは当然、6月23日に実施が予定されている英国のEU離脱を巡る国民投票にある。UKIPは移民・難民排斥を訴え、EU離脱を訴えている。この見解に対しては、キャメロン首相らは「根拠がない」とすぐに反論した。

 フランスの極右政党「国民戦線」は公然と「難民の中にテロリストが紛れ込んでいる」と主張し、難民受け入れを即時停止すべきだと訴えている。

 昨年、110万人の難民が流入したドイツでも、難民排斥を訴える極右政党「AfD(ドイツのための選択肢)」が3月の州議会選挙で躍進した。今のところ難民受け入れの方針を貫いているメルケル首相の立場を、今回のテロは厳しいものにしている。

 難民に対する風当たりがさらに強くなるのを警戒し、国連などは「移民のすべてをテロリストとみなす風潮は改めるべきだ」との声明を発表したが、焼け石に水の状態だ。

 既に、EU加盟国の中で、スウェーデン、デンマーク、オーストリアなどが国境管理を復活させている。今回のテロによって、その方針がさらに厳格なものとなるのは間違いないだろう。「一致団結してテロに立ち向かう」という言葉とは裏腹に、EU加盟国同士の壁はさらに高くなっている。移動の自由を保障したEUの理念は今や、風前のともしびだ。

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