日本の農業が再生し、発展するためには何が必要か――。その答えをさぐるため、この連載では様々な農業経営者や新規就農者、さらに農政の矛盾などを取り上げてきた。だが、農業の将来を考えるうえで極めて重要で、しかも連載ではほとんど紹介してこなかったテーマがある。作物の栽培や経営に革新をもたらす新しいテクノロジーだ。

 これまで期待に反して鳴かず飛ばずだった植物工場の運営を軌道に乗せたケースを取り上げたことはある(3月31日「最強の植物工場は『手づくり』で完成させた」)。だがそれも、植物工場特有の環境制御の技術よりも、価格や販路の設定などのマーケティングに比重を置いてリポートした。

 そうしたなか、筆者が正面から取り上げてこなかった農業技術のイノベーションの最新動向についてまとめた好著が現れた。フリーランスで食と農の取材をしている窪田新之助氏の『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』(講談社+α新書)だ。今回は、窪田氏へのインタビューをお伝えしたい。

次はIoTで

なぜ農業でAI(人工知能)に関する本を書こうと思ったのですか。

窪田:以前、本を出したときの編集者から『次は(あらゆるものがネットでつながる)IoTで行きましょう』と言われたことがきっかけですが、そのときはIoTという言葉の意味さえまるで知りませんでした。ただ、IoTのことを調べているうち、非常に面白い世界だと思うようになりました。

 ロボットや人工知能のことを取材していると、転換期にある日本の農業に合う話だと思いました。勢いをつけて取材し、取材を始めてから4、5カ月で書き上げました。

IoTやAI、ビッグデータといったことを学びながら書いている感じがよく出ていて、私のような素人にも読みやすかったです。

窪田:ぼくはITに非常にうとくて、(ガラケーを見せながら)これしか持っていないんです。SNSがどういうものかも教えてもらいながら書きましたし、フェイスブックはやってますが、LINE(ライン)とかはさっぱりわかりません。検索はパソコンでやってます。

窪田氏は「新しい技術が農業を変える」と話す。
窪田氏は「新しい技術が農業を変える」と話す。
農家に取材する窪田氏。(写真提供:広告制作室ワーズ)
農家に取材する窪田氏。(写真提供:広告制作室ワーズ)

取材を通して、近未来の農業がどんな姿になると思いましたか。

窪田:本に書いたような光景が遠からず実現すると思ってます。地域によって差はあるでしょうが、最先端の場所で言えば、農作業の管理という意味では圃場にはほとんど人がいなくて、ロボットトラックターが走っているような状態が実現するでしょう。

 人は遠隔地の涼しい部屋でロボットの状態を監視します。作物の成育状況はドローンが撮った画像で管理し、可変施肥機が作物のポイントごとに肥料をまきます。集落全体をみて一番大変なのは草刈りですが、それはルンバのような機械が自在に走って草を刈る。

 北大の野口伸教授がロボットトラクターの開発を精力的に進めていています。例えば、無人の4台のトラクターが横に並び、協調していっせいに走り出し、旋回して戻ってくる。それを延々とくり返す。こういうことは、技術的にはもう可能になっています。

虫を検知するアグリドローン

AIの基幹技術であるディープラーニング(深層学習)の農業分野への応用の可能性も指摘していますね。

窪田:人工知能がビッグデータとつながることで、いままでできなかったことが、できるようになります。2012年にブレークスルーがあり、子どものように人工知能が学ぶことができるようになりました。これは画期的な技術です。

 佐賀県に非常に面白い取り組みがあって、老舗のIT企業と県、佐賀大が3者連携を組み、IoTやビッグデータを組み合わせて農業の活性化と地方創生につなげようというプロジェクトを進めています。その一環でオリジナルのアグリドローンをつくりました。ディープラーニングの機能を持った初の農業機械です。

 青々と葉っぱが茂る夏の盛りに、ドローンが畑の上を飛んでいきます。葉っぱの裏に虫が潜んでいて、葉っぱをかじると色が薄くなります。何千、何万のそうした画像を撮って色の違いをディープラーニングで学ばせ、虫がいるかどうかを判別できるようにしました。

 アグリドローンが面白いのは、画像を撮るカメラを搭載しているだけではなくて、農薬のタンクを積み、散布のノズルがついていて、虫のいるところを検知し、降下して農薬をピンポイントでまくことができることです。

著書では手違いで操縦士が現場に来れず、アグリドローンの飛行を見ることができなかったとありました。

窪田:じつはその後、もう1回行って、アグリドローンが飛んでいるところを現地で見ました。執念深いもんですから。

個人でシステムを開発できることも強調していますね。

窪田:プログラマーの仕事をしていて、農家を継ぐために実家に戻った人がいます。キュウリをつくっているんですが、忙しいときは選別に8時間くらいかかります。それをお母さんが1人で担当しています。お母さんの仕事を楽にしたいと考え、彼は近所のホームセンターで資材を買って選別機をつくりました。

 重要なのは、キュウリを一個一個置いて、コンピューターで画像診断する仕組みをつくったことです。キュウリはイボの出方、曲がり方、ツヤなどで9つの等級に分かれます。その判別を機械でやってしまおうと考え、ディープランニングで9000枚の画像を読み込ませ、お母さんから見て『精度は私の7割』という水準まで達しました。

 ポイントは、グーグルが提供している『テンサーフロー』というオープンソースがあり、無料でAIを活用できたことです。選別機の細かい部材は3Dプリンターでどんどんつくり、経費はトータルで7万円。メーカーに頼んだら、100万円は超えたでしょう。

ツールを何のために使うのか

著書で描いた近未来の姿と比べ、現実の農業がシステムを使いこなせていないのはなぜでしょう。

窪田:生産者サイドで言えば、『ツールを何のために使うのか』という問いかけがもっとも重要です。どういう情報を取りたいのか。それが明確になっていないから、メーカーのプロダクトをただ使うだけということがまん延しています。

 メーカーも問題を抱えてます。開発にシステムの専門家は入っていますが、農業のことをわかっている人が入っていないんです。どういうデータを取ればいいかが明確でなく、ただデータを取ればいいということで、センサーの数だけ増える。田んぼに付けるセンサーが1台で10万円近くします。いまの米価からすれば、まったく実用的ではありません。

 すると、中には、『センサーに補助金を出してくれ』と言い出すメーカーもあります。過去の農業界と同じ轍(てつ)を踏む話になってしまいます。そういうことをやっていてはダメなんです。構想には評価すべきものはあっても、普及の壁になる価格をもうちょっと考えるべきです。

フリーになる前は日本農業新聞の記者でしたね。日本の農業の未来についてどう感じましたか。

窪田:高齢農家が大量にやめていくことはいいことだと思っています。いままでの日本の農家はほとんどが零細で兼業、つまり農業では食べていないわけです。印象的だったのは、米価が下がると、農協が引き連れて全国から農家が集まってくる。彼らが鉢巻きをして本気で叫んでいるかというと、そうじゃないんです。顔を見れば、わかります。

 米価が高くなることが、本当に彼らの生き死に関わっているかと言えば、そんなことはないんです。農業で食べていないからです。

 日本農業新聞に8年間勤めていてよくわかったのですが、そういう農家の方たちが辞めていくことで、農地を集約する素地ができる。そして、農家の数を地盤にしていた勢力があって、そこが力を失っていく。それはいいことです。

農協と農林族議員ですか。

窪田:ええ。これからも農業をやっていく経営者たちが嘆き、心配しているのは、労働力が足りないという実態です。これはいかんともしがたい。そこにテクノロジーがはまっていく。テクノロジーが下支えする力になってほしい。そういう期待を込めてこの本を書きました。

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矛盾に正面から向き合う

 エアコンのきいた部屋で、圃場を走る農業ロボットを操作する――。農業関係者のなかには、こんな農作業を絵空事と思う人がいるかもしれない。だが、窪田氏によると、技術的にはもう多くのことが可能になっているという。必要なのは、新しいテクノロジーを使いこなす経営と、イノベーションの実用化を阻む制度の壁を洗い出すことだろう。

 取材中、窪田氏がガラケーを取り出したとき、猛省した。ITのことを苦手に思って、農業で起きているイノベーションへの取材を怠ってはいなかったかと。この連載の今後の課題としたい。

 という自戒の思いを踏まえたうえで、伝えるべきエピソードがある。窪田氏がフリーになる前、日本農業新聞の記者時代に書いた記事のことだ。

 「価格カルテルの疑い 和歌山の梅干し加工業者」(2010年12月4日)。

 梅干しの加工会社でつくる2つの協同組合が、梅を生産している農家との取引価格で事前に「見通し価格」を決めていたことを告発した記事だ。カルテルの疑いがもたれるような価格操作のもとで、農産物が不当に安く買われていることへの窪田氏の憤りが記事には込められている。

 「がんばっている経営」や「先進的な技術」を紹介するのはもちろん大事だが、ものごとの矛盾に正面から向き合うのは記者本来の仕事だ。窪田氏の挑戦に敬意を表したい。

新たな農の生きる道とは
コメをやめる勇気

兼業農家の急減、止まらない高齢化――。再生のために減反廃止、農協改革などの農政転換が図られているが、コメを前提としていては問題解決は不可能だ。新たな農業の生きる道を、日経ビジネスオンライン『ニッポン農業生き残りのヒント』著者が正面から問う。

日本経済新聞出版社刊 2015年1月16日発売

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