米国の自動車産業というと、読者の皆さんはどんな印象をお持ちだろうか。2008年に起きたリーマン・ショックのあおりで、米ビッグ3のうちゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラー(現在のフィアット・クライスラー・オートモビル)の2社が連邦破産法第11条を申請し、事実上倒産したことから、日本や欧州の自動車産業に比べて、競争力の面で立ち遅れているという印象を持っている人も多いのではないだろうか。かくいう筆者もそうだった。
ところが、10月中旬に米国の自動車部品産業を中心に訪問するプレスツアーに参加する機会があり、いくつかの自動車部品メーカーを訪ねて、そういう筆者の印象が間違っていたことを知った。もちろん今回は、ごく一部を垣間見たにすぎないが、提案力、技術開発力という点で、日本企業も学ぶべきところが多いと感じた。
ゴム部品でもイノベーション
まず紹介するのが、米クーパー・スタンダードである。同社の名前を聞いたことをない読者が大半だろうし、かくいう筆者自身もそうだった。同社が手がける製品は、例えばクルマのウェザーストリップや、エンジンを車体に搭載するときの防振ゴム、燃料・ブレーキなどの配管部品といったゴムや樹脂の部品が中心である。この分野では世界でも大手の部品メーカーで、元々は欧米市場で強いメーカーだが、最近ではアジア地域で年間30%近い成長を遂げている。
正直に言って、こうしたゴム・樹脂系の部品では、それほど技術革新の余地があると思っていなかったのだが、訪問してみると、非常にイノベーションを重視した企業なのが印象的だった。現在の経営体制となった2013年以降、社内でイノベーションのためのアイデアを発掘するための活動に力を入れており、既に成果も出始めている。その1つが今回紹介する「Fortrex」という材料だ。これは、ウェザーストリップの性能を向上させながら軽量化も達成するという、かなり画期的な商品である。
日本の部品メーカーだと、こういう新規の材料開発は材料メーカーに任せるというのが一般的だ。それだけに、部品メーカーが材料の開発から手がけるというこだわりは、筆者が抱いていた「効率重視・利益重視」というステレオタイプな米国企業のイメージとは大きく違っていた。
当たり前のことだが、クルマのドアに付いたサイドウインドーは上げ下げすることができる。このサイドウインドーの周囲に、防水ゴム製のシール部品があることはご存知と思う。このゴム製のシール部品がウェザーストリップだ。この部品が、ドアの窓枠とガラスの間を埋めてガタつきを防ぐと同時に、外界の雨や風が車内に侵入するのを防ぐ。さらに、騒音を防止する役割も果たしている。
このウェザーストリップ、国内ではゴム製を、海外では樹脂製を使う場合が多かった。しかし、ゴム製の場合には樹脂製よりも重いという難点がある一方、樹脂製は使っているうちにだんだん部品がヘタり、遮音性能が低下するという課題を抱えていた。
これに対して今回クーパー・スタンダードが開発したFortrexを使うと、ウエザーストリップをゴム製よりも3割、従来の樹脂製に比べても1割軽量化できる。しかも、従来の樹脂製ウエザーストリップに比べてヘタりにくいので、遮音性能の低下も少ない。車両の大きさやドアの構造によっても異なるが、ゴム製のウェザーストリップを代替した場合には、車両1台あたり0.7~1.7kg、樹脂製を代替した場合には0.32~0.98kg軽量化できるという。
しかも、従来のウエザーストリップの設計を変更する必要はない。質量あたりの材料コストはやや高いものの、材料が軽量なため使用量が少なくて済むので、コストも同等程度に抑えられるようだ。軽量化に血眼になっている車体設計のエンジニアから見ると、材料を置換するだけで約1kgも軽量化できるというのは大きな魅力だろう。
ルームミラーをディスプレーに
地味な部品といえば、ルームミラーも一見イノベーションの余地のない地味な部品に見える。このルームミラーをハイテクで一新しようという企業が米ジェンテックスだ。同社の強みはエレクトロクロミック技術である。エレクトロクロミックとは、電流を流したり、電圧を加えたりすると色が変わる現象のことだ。最近の航空機の窓では、外からの光を遮るシャッターの代わりに、スイッチを押すと窓の色がどんどん濃くなって外の光を遮断するタイプのものがあるのをご存知の読者も多いだろう。これも、エレクトロクロミックを応用したもので、同社はこの航空機用のエレクトロクロミックを使った遮光板も供給している。
このエレクトロクロミック技術をルームミラーに応用したのが自動防眩ミラーで、同社は世界トップシェアを誇る。通常の防眩ミラーは、後方からハイビームにしたクルマが近づいてきた場合、ドライバーが眩しくならないように、手動でミラーの角度を切り替える。すると、ドライバーの目にはミラーの裏面で反射した光が届くようになり、眩しさが抑えられる。
これに対して、自動防眩ミラーはミラーの表面にエレクトロクロミック板を配置して透過する光の量を減らすことで眩しさを抑える。ミラーの表面に光センサーを取り付けてあり、眩しさに応じて透過光の量を調節するため、画面が暗くなり過ぎることがない。この自動防眩ミラーは国内ではあまり普及していないのだが、欧米では普及価格帯の車種にまで浸透している装備だ。
そのジェンテックスが次世代のルームミラーとして開発したのが、ミラーを液晶で置き換えた「フルディスプレーミラー」である。では、ルームミラーを液晶ディスプレーで置き換えると、どんな利点があるのだろうか。1つは、ミラーでは不可能な広い視界が得られることだ。最近は、デザイン性や空力特性の向上のため、リアウインドーの上下幅が小さくなっているクルマが増えている。このため、ルームミラーを通して見る後方視界は悪くなる方向にある。
広い後方視界を確保
加えて、後席の中央に人が座っていたり、ハッチバック車で荷物を高く積んでいたりすれば、やはり後方視界は遮られる。これに対して、ミラーをディスプレーに置き換えた場合には、車両の後方に搭載したカメラの映像をディスプレーに映し出すため、後席の乗員や荷物に邪魔されることなく後方視界が得られる。しかも、広角のカメラを使用することで、通常のルームミラーの約2倍の視野を得ることが可能だ。加えて、カメラの感度を調整することで、暗いトンネル内に入った場合でも鮮明な映像を表示するなど、ミラーではできない機能を持たせることができる。
しかも面白いのは、ディスプレーの角度を変えることで、ディスプレーではなく、通常のミラーとしても使えることだ。ミラーとして使える機能をあえて残したのは「老眼」のドライバーへの対応である。通常のミラーでは、鏡の反射を通して後方を走る車両などを見ているため、実際に焦点が合っているのは離れた物体である。だから老眼でも問題なく確認することができるのだが、ミラーを液晶ディスプレーに置き換えてしまうと、近くにあるディスプレーの画像を見ることになる。それで焦点が合いにくくなってしまうので、あえてミラーとしても使えるようにしたのである。そして、ミラーとして機能させる場合には、自動防眩の機能を発揮する。
ジェンテックス以外にも多くのメーカーがディスプレーミラーの開発に取り組んでいるが、自動防眩機能まで盛り込んでいるのは現在のところ同社だけだという。また、カメラに使うイメージセンサーや、液晶パネルそのものは購入品だが、カメラの組み立ては自社で行い、液晶も同社専用の仕様とし、画像処理技術も自社開発するなど、独自性にこだわっているのが特徴だ。ここは、独自のエレクトロクロミック技術を強みにしてきた同社の技術開発におけるポリシーなのだろう。
幅広い製品手がけるマグナ
今回のプレスツアーで訪ねた3社目の部品メーカーがカナダのマグナ・インターナショナルだ。ボッシュやコンチネンタルといった欧州の大手部品メーカーに比べると、同社の名前はあまり日本では知られていないが、実は世界6位の巨大な自動車部品メーカーである(フォーイン調べ)。
同社は、最近のメガサプライヤー(巨大自動車部品メーカー)の例に漏れず、さまざまな企業を合併することで巨大化してきた。このため、非常に手がけている商品の幅が広い。中でも特徴的なのが、完成車メーカー系列以外では世界最大の「自動車メーカー」であること。完成車メーカーからの委託を受けて、完成車の組み立てまで手がけている。例えば、独BMWの「X3」や、独ダイムラーの「Gクラス」といったSUV(多目的スポーツ車)の生産は、マグナの欧州子会社であるマグナ・シュタイヤーが担当している。
今回はマグナが報道関係者向けに開催した「メディア・デイ」を取材したので、その幅広い製品を鳥瞰することができた。ざっと紹介しても、屋内の展示会場で大型アルミダイカスト部品、CFRP(炭素繊維強化樹脂)製部品から、多機能のシート、カメラと一体化したサイドミラー、プレス成形した変速機周りの部品、コネクテッドカー向けのサイバーセキュリティ技術などを並べる一方で、外の駐車場では、自動ブレーキを搭載したデモカーの同乗試乗などを実施した。このように、車体を構成する部品から、エレクトロニクス部品、インテリア部品までを手がける部品メーカーというのは他に例がない。世界1位のボッシュでさえ、車体の構成部品まではカバーしていないのだから。
すべてを紹介することはできないので、興味深い展示からごく一部を紹介すると、まず目を引いたのが大型のアルミダイカスト部品だ。フロントピラーの根本をすべて一体のアルミダイカストとしたもの。展示していたのは米フォードと共同開発した試作車体だが、フロントのストラットタワー(前輪の周囲を覆う部分)もアルミダイカスト製なので、車体前部のかなりの部分がアルミ製ということになる。
車体をアルミ化する場合、この部分は形状が複雑なので、通常は複数のプレス部品をリベットで締結して構成する。それを一体のアルミダイカスト部品に置き換えることで、コスト低減と剛性の向上が可能になるわけだ。ただし、大型のダイカスト部品を成形するのは通常の方法では難しい。融けたアルミ合金が金型の隅々まで行き渡る前に凝固してしまうからだ。そこで同社では、金型の中を負圧にする「真空ダイカスト」という技術によって、大型の部品でも隅々まで融けたアルミが行き渡るようにし、また部品の内部に「巣」と呼ばれる空洞ができないようにした。
通信技術で衝突を避ける
もう1つユニークな技術が、車々間通信技術を利用した車両の衝突防止技術だ。既にレーダーやカメラを使った自動ブレーキ技術は普及しているが、それに対して今回の技術で面白いのは、こうしたセンサーでは防げないような衝突に通信技術で対応しようとしていることだ。
例えば、先行車両が路肩に駐車しているクルマを避けようとして、急にハンドルを切って車線変更した場合を考えてみる。後ろを走っているクルマは、先行車両のために路肩に駐車しているクルマが見えず、先行車両が避けたあとにそのクルマに衝突してしまう可能性がある。
これを避けるため、今回の通信技術を使った衝突防止技術では、先行車両が検知した停止車両の情報を、後方を走っているクルマに通信で伝える。これによって、後方のクルマが自動的にハンドルを切って、駐車している車両を避けるというものだ。この技術を実用化するには、通信システムを搭載している車両が普及しなければならないし、移動しようとしている車線に別の車両がいないかどうかを確認する必要がある。だから、なかなかすぐに実用化できる技術ではないのだが、車両単独での安全確保には限界がある部分を、通信技術によってカバーしようとする試みの一つとして注目できる。
日本のメーカーは「提案力」が課題
これらの部品メーカーに共通するのは、完成車メーカーからの要求にこたえるだけでなく、自らが新たな技術を提案しようとする姿勢である。日本の部品メーカーはこれまで、完成車メーカーの要求に、早く、安くこたえることで成長してきた。しかし、技術開発の範囲が広がり、また市場の変化も早くなる中、完成車メーカーだけですべての技術を開発することは限界に来ている。だから、完成車メーカーからも、部品メーカーからの提案を歓迎する方向に変わってきているのだが、日本の部品メーカーは、かなり大手の企業も含めて、まだそういう期待に十分応えられる体制になっていない。
もちろん、日本の部品メーカーもそのことは重々承知しており、まさに提案力を磨いているところだ。欧州の部品メーカーが提案型であることは以前から感じていたが、今回、米国の部品メーカーも高い「提案力」を備えていることを目の当たりにして、日本の部品メーカーも変革を急がなければならないと痛感させられた。
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