投資家を募って空き家を改装し、外国人向けの宿泊施設として生まれ変わらせている。外国人の集客力を武器に、地域再生の一翼を担おうとしている。
町家が宿泊施設に変身
町家が宿泊施設に変身
古い建物の雰囲気を残しながらも、改修を加えて外国人宿泊客にとって居心地がよい空間によみがえらせる(写真=菅野 勝男)

 3月中旬の週末の朝、京都駅から歩いて10分弱の絶好の立地にある「ダース旅館」には、外国人の宿泊客があふれていた。

 ガラスの引き戸を開けると、食堂には赤ちょうちんがぶら下がり、浮世絵のような壁紙がゲストを迎える。友人3人と初めて日本を訪れた中国人の楊佳琪さん(26歳)は、「日本の伝統的な家屋に泊まってみたい」と考え、ダース旅館を滞在先に選んだ。

 今でこそ宿泊客でにぎわうダース旅館だが、前の経営者が旅館を廃業した後は、廃墟となっていた。それを外国人が好むように改装してよみがえらせたのが、AJインターブリッジ(東京都中央区)だ。

個人投資家の資金で町家再生

 この空き家の再生事業は、地元の不動産会社や工務店から物件の情報を入手するところから始まる。立地や広さなどの条件から、いくら投資してどう生まれ変わらせれば、どの程度の集客や利回りが得られるかを試算し、リノベーションに資金を出してくれる個人投資家を募集する。AJインターは、床暖房などの設備から間取りまで、外国人が好む形に改装した上で、宿泊施設としての運営も手掛けている。

 AJインターが空き家の再生を始めたのは2014年末。それまでは、改修済みの物件を、「町家レジデンスイン」というブランドの宿泊施設として運営するビジネスに特化していた。

 現在運営するのは33軒で、全て京都にある。町家を宿泊施設として活用するケースは増えているが、町家レジデンスインの棟数は、同一ブランドとしては国内で最大規模とみられる。その特徴は、外国人の利用率の高さにある。

 「海外の人が興味を持ってくれる形で紹介できたら、日本の良さはもっと伝わるのではないか」

「チャンスは全国に広がる」と、AJインターブリッジの新木弘明社長
「チャンスは全国に広がる」と、AJインターブリッジの新木弘明社長

 AJインターの社長、新木弘明氏はオーストラリアの大学を卒業後、現地のシャングリ・ラホテルで働きながらずっとそう考えていた。ホテルマンとして培った経験を生かせ、日本の良さを伝えるような事業として思いついたのが、宿泊施設の運営だった。

 新木氏は日本に帰国すると、外国人観光客の間で有名な東京のゲストハウスに就職。毎晩夜勤をこなした後、朝からは外国人向けに自分で考えたツアーを催行した。ツアー後は毎回アンケートを取り、外国人観光客が日本で求めることは何なのか、1年間リサーチを続けた。

 そんな時、宿泊施設向けにリノベーションされた京都の町家に出合う。

 「これしかない」

 そう感じた新木氏は早速、運営に手を挙げた。集客から清掃、接客まで全てのサービスを請け負い、2009年に会社を設立して「町家レジデンスイン」の運営をスタートさせた。

 当初からターゲットは外国人だった。新木氏は「10年以上海外に住んでいたから、僕は半分外国人。海外の人が求めるものが分かる」と話す。ホテルやゲストハウスで得た経験や情報も生かし、外国人仕様のサービスを確立していった。

 例えば集客。米エクスペディアなどの旅行予約サイトに情報を掲載しつつ、外国人が好む、写真を多用したデザイン重視の独自のホームページを立ち上げた。「日本のサイトは全ての情報を盛り込もうとする。外国人から見れば過度な説明はバカにしているととられかねない」(新木氏)。フェイスブックなどのSNS(交流サイト)での情報発信も強化し、今では、自社サイトからの予約が6割を占める。

 従業員のうち接客を担当する6人は全員、外国人や帰国子女など外国に住んだ経験を持つ。「日本人は『おもてなし』に自信を持っているが、気を使いすぎれば外国人は居心地が悪い。外国人の感覚を持っている人が接客した方がいい」(新木氏)と考えているためだ。

 宿泊プランも他の宿泊施設とは異なる。日本人と比べて長期滞在の需要が大きい欧米人を想定し、町家レジデンスインは一棟貸しとし、1カ月以上滞在する場合は割引プランを設定。料金も、3人以上で泊まると割安になるほか、調理器具や洗濯機などもそろえた。こうした取り組みにより、同社が運営する施設の宿泊客の74%が外国人だ。

 冒頭のように、今では外国人の嗜好にあった宿泊施設を一から作る町家の再生事業も始めており、運営棟数は右肩上がりで増えている。

金沢にも5棟オープン予定

 2015年にオープンしたのは15棟。2016年3月期の売上高は、前年同期の2倍となる4億円に拡大すると見られる。2016年には京都で新たに20弱の物件が加わる予定だ。町家を宿泊施設に改装したいという引き合いは多く、「空き家のオーナーや不動産会社から毎日問い合わせがあって、進行中の案件の数が把握できない」(新木氏)ほどだという。

空き家の増加は深刻な問題に
●日本の住宅に占める空き家の割合
空き家の増加は深刻な問題に<br /> ●日本の住宅に占める空き家の割合
出所:総務省「住宅・土地統計調査

 こうした空き家活用の需要は、京都に限らない。総務省によると、2013年時点で日本全国の住宅に占める空き家の割合は約14%。治安悪化や火災の原因にもなる空き家の有効活用は、国全体で大きな課題になっている。

 AJインターは2016年、金沢市に5棟、町家を転用した宿泊施設をオープンする。「外国人の観光需要がない地域に進出し、町家レジデンスインのブランドで集客して地域の復活につなげたい」と新木氏。その先には全国展開を見据えている。

(中 尚子)

(日経ビジネス2016年3月28日号より転載)

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