計算機科学やインターネットの技術者にとって、一度は目を通すべき white paper として紹介した UC Berkeley RAD の「クラウドを超えて」--- "Above the Clouds: A Berkeley View of Cloud Computing"(同 PDF 版)を読んで、その章立てと、それぞれにどんなことが書いてあるかを一言づつまとめた。
- Executive Summary
- Cloud Computing: An Old Idea Whose Time Has (Finally) Come
- 本論文で回答を試みている問題は以下の通り:
- クラウド・コンピューティングとは何か? SaaS(Software as a Service)のような過去のパラダイム・シフトとどう違うのか?
- 過去の試みとは違い、なぜ今本格的に立ち上がろう(take off しよう)としているのか?
- クラウド・コンピューティングを提供するとはどういうことか?
- どのような新しい機会があるのか?
- クラウド・コンピューティングはどう分類され(Amazon Web Services、Microsoft Azure、GoogleApps の違い)、それぞれ技術的・ビジネス的課題はどのように違うのか?
- クラウド・コンピューティングがもたらす経済モデルとはどんなものか?パブリックなクラウドに移行すべきか、それともプライベートなデータセンターにとどまるべきか、どのようにしたら判断できるのか?
- 成功に向けてのトップ10 の障害・課題と、その課題を克服することによって得られるトップ10 の機会は何か?
- 将来のアプリケーションソフト、基盤ソフト、ハードウェアの設計は、クラウド・コンピューティングのニーズと機会に合わせて、どのように変えるべきか?
- What is Cloud Computing?
- クラウド・コンピューティングならではの三つの特徴:
- 無限の計算資源が必要な時に使える幻想を与える
- 初期・アップフロントでの利用コミットメントが不要
- 短期間で必要に応じて計算資源の支払いをする
- クラウド提供者と利用者、さらに SaaS 利用者の区分
- クラウド提供者になるために必要な要素
- Clouds in a Perfect Storm: Why Now, Not Then?
- New Technology Trends and Business Models
- カスタマー・サポート・CRM が薄い low touch の傾向
- New Application Opportunities
- Classes of Utility Computing
- Cloud Computing Economics
- "pay as you go"(使っただけを現金払い)、資産コストを運用コストに変えるのがクラウド
- Elasticity: Shifting the Risk
- 昼夜でピークが違う場合、ピーク値予測が違った場合、それにより顧客を失った場合
- クラウドを使うと利益が出る場合を定式化
- Comparing Costs: Should I Move to the Cloud?
- Top 10 Obstacles and Opportunities for Cloud Computing
- Availability of a Service
- 故障によりサービスされない → 複数のクラウド利用で継続性を確保
- DDoS アタック → 素早くスケールアップする対応
- Data Lock-In
- Data Confidentiality and Auditability
- 「大事なわれわれの企業データをクラウドには置けない。」「クラウドに置いたデータが監査可能でなければならない。」という声に対する回答・機会。
- 事前に暗号化したデータをクラウドに入れる方が、ローカルのデータセンターに平文でデータを入れるより安全である。
- 監査用にゲストOS が届かない層を付加できる。
- 国境を越えないでデータを扱うようなことも必要になる。
- Data Transfer Bottlenecks
- クラウドにデータ転送するコストについて、3つの機会がある。
- Performance Unpredictability
- HPC (High Performance Computing) ならではの課題もある。
- Scalable Storage
- Bugs in Large-Scale Distributed Systems
- VM レベルでのバグ解析が一つのアプローチ
- Scaling Quickly
- サービスレベルを保ったまま、素早く自動的にスケールアップ・スケールダウンができるようにすることが機会となる。
- Reputation Fate Sharing
- "trusted email" のような評判を守るサービスが機会となる。
- Software Licensing
- Conclusion and Questions about the Clouds of Tomorrow
- 「ユーティリティとしてのコンピューティング」という長年の夢がいよいよ実現しつつある。
- クラウド提供者の視点:大規模データセンターをコストの安いところで建設、コモディティの CPU・ストレージ・ネットワークを利用することで、使っただけを支払う(pay-as-you-go)モデルへの可能性が開けた。いくつかの障害・問題点はあるものの、それに取り組む機会もある。
- クラウド利用者の視点:ハードの新企業がファブレスであるかのように、ソフトの新企業がデータセンターを持たずに始められる。名だたる企業や大学もクラウドの弾力性・柔軟性を活用している。ピーク性能に合わせた運営が可能となる。
- 次世代システムの開発者はクラウドに置くことを前提として設計するようになる。単体の VM 上でシステムの効率を追求するより、VM を水平・大規模にスケールさせることが追求される。
読後の感想
基本的にはクラウド提供者の視点で書かれたポジション・ペーパーである。UC Berkeley の大御所も参加して、今後ますます重要性の増すクラウド・コンピューティングについて、今後の研究資金集めを狙っての white paper と言えるだろう。ここに挙げられた 10 の課題と機会は、その研究の方向性を示すものである。
クラウドを利用すべきか判断するのに、クラウドへのデータ転送コストを考慮したところがユニークである。商用化されているクラウドを分類した表、計算資源を調達するように必要なコストをまとめた表なども有用である。
このペーパーに書かれたクラウド提供側の課題を裏返してみると、クラウドを利用する側 --- SaaS 提供者であったり、Web アプリケーションの利用者であったり --- が、その活用技術・スキルをまだ開拓する余地があるということであり、そこにビジネスの機会を見出せる可能性があるということでもある。顧客との関係が low touch になるということは、顧客がクラウド利用スキルを身につけることに相当する。それは米国では可能かもしれない。しかしシステム・インテグレータにフルカスタマイズさせることに慣れた日本の顧客の場合はどうだろうか?
データの安全性・秘匿性・監査可能性についても、暗号化すればよいだけ、なのだろうか?プライベートなデータセンターからパブリックなクラウドへ移すことに対する精神的なバリアを、どうやったら取り除けるだろうか?
"Above the Clouds" に関するリソース
- Above the Clouds: White Paper (HTML)
- Above the Clouds: White Paper (PDF)
- Above the Clouds: Presentation (PDF)
- Above the Clouds: Presentation (Powerpoint)
- Above the Clouds: Blog
- O'Reilly Radar: Above the Clouds の紹介記事
クラウド・コンピューティングに関するエントリ
- 2009.2.20:クラウド・コンピューティングについて、技術者が知っておくべきこと --- 「クラウドを超えて(Above the Clouds)」
- 2009.2.20:クラウド・コンピューティングについて、ビジネスマンが知っておくべきこと --- The Economist: 企業 IT 特集
- 2009.3.5:「クラウドを超えて」("Above the Clouds")を読んで
- 2009.3.6:『クラウドの衝撃』、『クラウド化する世界』(The Big Switch)
- 2009.3.17:クラウド・コンピューティング --- The Economist:「企業 IT 特集」を読む ---