世界最大のニュースサイト「ザ・ハフィントン・ポスト」を支えるテクノロジーの秘密

アメリカ発のソーシャルニュースサイト「ザ・ハフィントン・ポスト」は、毎月1,000万件ものコメントがつく世界最大級のオンラインメディアだ。ここの最大の特徴はサイトを支えるテクノロジーにある。その先進的な技術によって実現する、「読者が参加するメディア」とはどういったものなのか。5月に日本に進出することを決めたジミー・メイマンCEOに訊いた。
世界最大のニュースサイト「ザ・ハフィントン・ポスト」を支えるテクノロジーの秘密
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ジミー・メイマン

ジミー・メイマン | JIMMY MAYMANN
AOL傘下の「ザ・ハフィントン・ポスト」のCEO。2012年12月より就任。チェアマン・プレジデント兼編集長のアリアナ・ハフィントンの下で、メディアの世界展開と新規ビジネス拡大を任されている。「ソーシャルメディアウィーク東京」に登壇し、5月7日(火)に日本版をローンチすることを発表した。

「われわれはニュースメディアとソーシャルメディアのふたつを掛け合わせたようなもので、『ソーシャルニュース』と呼んでいるんだ」と語る「ザ・ハフィントン・ポスト(以下ハフィントン・ポスト)」のCEO、ジミー・メイマン。彼は先月、東京で開催されたソーシャルメディアウィーク東京のセッションに登壇し、その日本版を5月7日(火)にローンチすることを発表した。ハフィントン・ポストはどういったメディアなのか? ニュースサイトのあり方を変えたテクノロジーに注目してメイマンに詳しく訊いた。

「ソーシャルニュース」とは何か。ほかのオンラインメディアとの違いはどういったところにあるのかをメイマンに訊くと、「われわれは『ニューヨーク・タイムズ』『ガーディアン』『朝日新聞』などと直接競い合うメディアではない。彼らはニュースプロダクトを提供しているだけだから」と言い放ち、さらに続けた。「新聞社や出版社など、従来のメディアが運営するウェブサイトと比べてみれば、うちとの違いは一目瞭然。彼らはこれまでの媒体で提供しているニュースをそのままウェブに上げているだけなんだ。読者とのインタラクションはほとんど考えられていない。一応コメント欄が設けてある程度だね」。

2005年にオンラインのメディアとしてスタートしたハフィントン・ポストは、そういった従来の紙メディアの“オンライン版”とは異なる。一方向でニュースを伝えるのではなく、読者も加わることができる参加型のメディアとして設計されている。FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアのテクノロジーを効果的にサイトに組み込むことで、多くの読者が参加できる新しいタイプのニュースサイトを創造したのだ。いまや米国最大のオンラインメディアに成長したハフィントン・ポストは、アメリカのメディアマーケットにおいて大きな功績を果たしてきたとメイマンは語る。

「うちでは、ビル・クリントンからJayZまで、数多くの著名ブロガーが寄稿している。でも実はハフィントン・ポストがアメリカの社会にもたらすことができた最も大きな功績は、彼らが読者を惹きつけることによって、より一般の人々の意見にも注目が集まるようになったことなんだ。世の中で展開される議論に関する意見は、著名人のものでなくても広めるべき。ハフィントン・ポストはニュースの発信者と読者の双方向の議論を可能にするテクノロジーによって、初めてそれを大きな規模で実現したんだ」

ハフィントン・ポストの月間コメント量の推移。2年前は300万件だったのが、最近では1,000万件にまで増えているという。

最近のハフィントン・ポストの利用傾向に関するデータで特に注目すべき点は、毎月読者から寄せられるコメントの量が急激に増加していることだ。2年前の段階では、月に300万程度だった。だが昨年あたりから急激に増えていて、最近では毎月1,000万件近くにまで上るという。メイマンの見解はこうだ。「ようやくソーシャルメディアの扱いに人々が慣れてきたことが、そのいちばんの要因だとわれわれは分析しているよ。おそらくもっとニュースに参加したいという気持ちを、より多くの人々が抱くようになってきているんだとね」。

だが、コメントがそれだけ多く寄せられると、2つの課題が生じる。1つは、不適切なコメントが増えるというもの。アメリカで多いのは、必ずヒトラーかナチスに言及する人が現れて、そこで議論が止まってしまう「Godwin’s Law(ゴドウィンの法則)」と呼ばれるもの。その法則は、発案者のマイク・ゴドウィンが1994年に寄稿した、『WIRED』US版の記事にて広く知られるところとなり、最近でもアメリカの銃規制に関するニュースなどをきっかけに(ヒトラーは個人の拳銃所有を禁止していた)再び注目を集めている

もう1つの課題は、あるニュースに数万件ものコメントがつくと、読者はどれを読むべきかがわからなくなってしまうというもの。つまり、賢明な指摘をしている読者がいたり、人気のコメントがあったとしても、それは次々と投稿される新しいコメントによって埋もれてしまうということだ。

このような課題を解決するために、ハフィントン・ポストのコメントシステムには「JuLiA(Just a Linguistic Algorithm) 」という人工知能解析エンジンが機能している。元々アダプティヴセマンティクス社というスタートアップが開発したエンジンで、2010年にハフィントン・ポストが買収した。JuLiAは、人間のモデレーターによる判断結果を記憶してパターン化し、大量のコメントを分析する、進化するコメント解析システムだ。自動的に不適切なコメントをふるいにかけたり、人気のコメントを見つけて強調することもできる。このソーシャルニュースサイトに寄せられる膨大な量のコメントのクオリティは、この女性AIによって維持されている。彼女はハフィントン・ポストにとって欠かせない存在である。

だが、ハフィントン・ポストのテクノロジーはJuLiAだけではない。サイト設立当初から、テクノロジーは最も重要な要素だと考えられてきた。その象徴的な光景が、オフィスでの開発者に対する扱いに現れているのだとメイマンは言う。「われわれはエンジニアのチームを地下に追いやるようなことはしない。ニュースルームのど真ん中に席を設けてあるんだ。そうすることで、ニュースチームとうまく連携して迅速に対応することができるからね」。

彼らによって開発されたテクノロジーは、読者の参加を促す有効な仕組みとなっている。サイトを訪れて単にニュースを読んでいるだけだと、ほかのニュースサイトでの体験と大して違いを感じることはできないかもしれない。でも一度参加することを決めてログインすれば、その体験は一変する。ゲーミフィケーションの仕組みが現れたり、ニュースをパーソナライズできたり、自分のサイト上での行動を分析できるようにまでなる。

テクノロジーの影響を受けるのは読者だけではない。記者にとっても、ハフィントン・ポストで記事を書くことは紙の新聞とはまったく異なるプロセスとなる。それをメイマンは次のように説明する。

「従来の紙メディアの人たちの考え方では、一度記事をつくって、掲載されるともう手を加えることはない。でもうちでは、記事を1日のうちに3、4回アップデートすることだって珍しいことではないんだ。公開後に新たに発覚した情報を加えたり、読者から寄せられたコメントの情報を、記事に含める場合もよくあるからね。どのようにすればその記事に対してより多くのオーディエンスに興味をもってもらえるか。記事を公開したあともエディターは世の中のトレンドを注視しつつ、適時対応を講じていくことが求められる」

だが最も注目すべきポイントは、読者と記者、その両者の間を取りもつテクノロジーにある。トップページに何を掲載するか、どの記事を目立たせるか。そういった読者の関心をとらえる判断は従来の紙メディアなどであれば、編集長が行なっていたことだ。だがハフィントン・ポストでは、すべてコンピューターのアルゴリズムによって決められている。その判断を決めるエンジンは、トラフィック、エンゲージメントのレヴェル、コメントの量など、30以上の項目をもとに決定している。メイマンはこの仕組みを取り入れることでニュースを掲載する判断軸は180度変わるのだと言う。「いま走っている記事のなかで、どれがトップに掲載されるべきか。そういった判断はユーザー側に決めてもらうほうがいいと、われわれは考えているんだ」。

そんな最先端のテクノロジーを開拓している彼らでも、メディアのモバイル化への対応に関してはまだ序章の段階にあると言う。「特にモバイルのマネタイズについては、うちだけではなくいまや業界全体の課題でもあるんだ。そもそも画面の大きさが限られているし、何かもっと効果的に広告を表示する方法を考案しなければとみんな思っているよ。例えばモバイルのトラフィックが最近急増しているというフェイスブックの人たちだって同じことを考えているはず。うちではその課題に対処するために、モバイルの開発のみに特化した20人のエンジニアを集めたテックチームを、昨年の中ごろに結成して取り組んでいるよ」。

最後に、これまでの経験から、海外に進出する際に何が大切だとわかったかと訊くと、デジタルとソーシャルメディアに関する造詣が深く、かついいストーリーが書けるチームを揃えることが最も重要だと言う。それに加えて編集長には、メディアの初期成長のカギを握る人気ブロガーを集めることができ、ジャーナリスティックな視点からも評価されるメディアに育てることができる人が求められるとのこと。

発売中の本誌VOL.7では、先日就任が発表された松浦茂樹編集長へのインタヴューを掲載している。先進的なテクノロジーを取り入れて、メディア界に変革をもたらすハフィントン・ポストが、日本ではどのようにして広まっていくのか。日本のネット空間にも健全な言論をもたらすことができるのか。松浦はこう語った。「そもそも日本人は建設的に意見を交換し合うのに向いてない国民なんじゃないか、という懸念もあったりはするんですが、そんなことを言ってもどこにも行かないわけで、やってみないことには、それもわからないですよね」。少なくともメイマンは、そのことに関しては楽観視しているようだ。

「日本のネット空間を見ていると、ブログはあまり活発ではないし、コメントもキツいものが多い。でもハフィントン・ポストがこの市場に入る準備は整っていると思う。東京の街中を歩いていると、若い人たちが奇抜な格好をして自己表現をしているのを多く見かける。メディアで発言して参加するという行為には、何かのために自分の立場を表明するという意味において、そういった姿勢と共通するところがあるんだ。日本の若者は、いまの政治のシステムや政治家たちに幻滅しているけれど、だからこそうちのようなメディアが入るにはパーフェクトなタイミングなんだ。うちがゲートウェイとなり、彼らの意見が発信されるようになることで、彼らがつくりたい社会を形成できるようにもなる。テクノロジーは、そうした大きな社会の変化を手助けすることもできる。アメリカやほかの国々ではそれが実現できたし、日本でも同じような変化を生むことができればと期待しているよ」


<strong>雑誌『WIRED』VOL. 7</strong>

[年4回発行の雑誌『WIRED』通算7号目。特集は「未来の会社」と題し、これからの「働く」を考える。「ザ・ハフィントン・ポスト」日本版の松浦茂樹編集長のインタヴュー記事も掲載している。](http://amazon.jp/o/ASIN/B00B7DKYFA/condenetjp-22)


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