3月25日(現地時間)に米Apple本社の「Steve Jobs Theater」で行われた発表会は、表面的にみればApple製品を取り巻く多様なサービスの強化、あるいは新サービスの追加に他ならない。それぞれの内容については、Apple自身が発信しているWebページを見れば明らかだ。
いずれにも感銘を受ける部分はあるが、現地での取材を通じて感じたのは、それぞれのサービスが優れていることや、それぞれのジャンルに大きな投資をAppleが行っているということ、それにプライバシーを守っているという近年の主張だけではない。それらは最低限、Appleが守りながら事業を進めているルールであって目標ではない。
では、Appleの目標とは何だろうか。
それは、Appleが製品を通じて得られる体験を最高のものにするために、ハードウェアだけでなく、ハードウェアを取り巻くサービスの枠組みと、そこで提供されるコンテンツの質を引き上げることだ。
発表されたサービスは、英語圏で開始されていたニュース配信サービス「Apple News」を強化し、300超の雑誌を定額で読めるようにした「Apple News+」、iPhoneの利用を前提とした次世代クレジットカード「Apple Card」、定額でゲームを遊べるようApple自身がゲームパブリッシャーとなる「Apple Arcade」、「Apple TV」のアプリ化とMac対応、それにハリウッドの一流クリエイターを起用して映画、テレビ番組、ドキュメンタリなどを制作・配信する「Apple TV+」となる。
いずれも今後、Appleの重要な収益源になっていく可能性があるが、何よりも優先されているのは、iOSデバイスやMacに質の高いコンテンツや体験を提供することにある。
iPhoneのようなスマートフォンだけでの話ではなく、パソコンも含め、何らかのコンテンツを楽しむためのデバイスにとって重要なのは、スペックでも機能でもなく、そのハードウェアで得られるコンテンツの体験だ。
このテーマは実に「古臭い」ものであるが、昔から一貫して言われ続けているにもかかわらず、定期的に浮上してくるテーマでもある。どんなジャンルの製品であれ、家庭で何らかのコンテンツを楽しむハードウェアでは繰り返されてきたテーマだ。
例えば、どれほど注意深く調整し、心揺るがすような音質を実現したとしても、それを生かす音楽がなければ、オーディオ機器としての価値は高くない。映像機器も同じで、コンテンツの品位が向上することで、より高い能力のディスプレイやプロジェクターへのニーズが高まるが、ハードウェアばかりが先行しても消費者はついてこない。
スマートフォンをはじめとする現代のデジタルデバイスは、その多くがインターネットに接続され、何らかのサービスを通じてその機能や価値を生み出している。猛烈にハードウェアが進化している中では「ハードウェアが進化すれば、おのずとユーザー体験の質が高まる」と思いがちだ。
これはあながち間違いではない。パソコンというジャンルで考えてみても、プロセッサの性能が向上することこそが、パソコンの価値を高める最も効率的で、効果的な手段だと考えられていた。しかし現在、プロセッサの性能だけで価値を判断できないことは、皆さん自身がよくご存じのことだろう。
iPhoneが2007年に生まれて以来、Andorid搭載のスマートフォンなども含め、機能や性能が向上することが、イコール顧客価値を高めることにつながっていたが、市場の成熟とともにハードウェアだけで大きく体験の質を高めることは難しくなってきている。
一連の発表は、そうした市場環境を反映した上での取り組みだと受けとった。
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