発表会を通してAppleが強調していたことが幾つかある。
一つはこの1年、一貫して主張してきた「ユーザーのプライバシーを守りながら、パーソナライズされた情報・機能を提供する」という点だ。コンテンツの利用だけでなく、今回発表されたApple Card(あるいはApple Pay)など決済の利用履歴情報なども含め、完全に匿名化した上で、デバイスの中で機械学習することにより、ユーザーごとの嗜好(しこう)に合わせた動作をする。
しかし、さらに強調していたのが、各ジャンルの専門家による「キュレーション」である。ネットの時代になりコンテンツはあふれるほど多く、個人では把握しきれないほどだ。そうした中で、質の高い情報やコンテンツを抜き出し、内容を把握しやすいように解説を加えた上で提供し、さらには嗜好性に合わせてオススメの順位を決める。
嗜好性に合わせる部分は機械学習で行うが、そもそものコンテンツの選別や優先順位付けなどは「専門家」、すなわち人間が行うということだ。これは、Appleの担当者による画一化を招く可能性はあるものの、一定以上の質を保つためには必要なことでもあるだろう。
また、彼らが言っているのは「キュレーション」である。元となるコンテンツは、クリエイター、あるいは記事であれば記者が作るものであり、多様な(しかし信頼できる)コンテンツ提供者を選ぶことで、思想の画一化は排除できる。
いや、Appleが機器メーカーであり、ハードウェアの売り上げが最大の収益源であることを考えれば、そこは意図して思想を排除し、あくまでもデバイスを購入するユーザーの利益、選択の幅を提供するはずだ。
この考え方は「iOS 12」でリニューアルされた「App Store」や「Apple Music」でもみられたものだが、それをさまざまなジャンルに適応させようとしている。
例えば、App Storeに登録されているゲームアプリは30万本に上る。その中には無料のゲームもあれば、有料の買い切り型ゲーム、それに無料ダウンロードながらアプリ内課金で収益を上げるタイプのゲームもあり、多種多様なだけでなく「質」の面でも幅が広い。
ゲームはあくまでも例だが、Appleが今回発表したサービスに関連したコンテンツは多く、ユーザーが把握できる範囲を超えた数になる。
それらを整理してユーザーに見せた上で、さらにコンテンツそのものにもAppleが投資することで、コンテンツの質という部分に自ら関わる。その結果、自社デバイスの利用体験をコントロールしようとしているのだろう。
Appleが、あくまでも「デバイスメーカー」としての役割に徹しようとしていることは、これだけ多くのサービスを発表した上でも揺るがない。
Appleが複数の「サブスクリプション型サービス」を用意しているとうわさされたとき、iPhoneのグローバルでの需要が天井に達したため、収益源としてサービスへと向かい始めたのだと多くの人が考えた。筆者も全く同じだ。14億台のApple製デバイスがグローバルで使われているのだから、そこにApple Musicや「iCloud」のようなサービスをアドオンしていけば、おのずと収益は上がっていく。
しかし一方でAppleの収益の柱はデバイスの販売であり、デバイスの魅力を高めることが企業価値を高める上で最も重要であることは言うまでもない。
そこでAppleは従来のコンテンツサービスに「+」を加えることにしたのだろう。
例えば、Apple TV向けのサービスは拡張され、Apple TVだけでなくApple TVアプリを通じて他のiOSデバイスやMac、さらにはSamsung、LG、ソニー、VIZIOのテレビ(Samsung以外はアップデートで対応)でも利用可能とした。
もちろん改良を加えることは怠っておらず、App StoreやApple Musicと同じようなキュレーターによるレコメンドや、コンテンツの探しやすさなどを踏襲している。
コンテンツ探しでは、Appleのデバイスで視聴できるさまざまな動画コンテンツを、サービス横断的に探し、試しに視聴し、気に入ったならば配信サービスに加入したり、コンテンツを購入したり、といった動線を最短距離て提供する。
Appleは「AmazonプライムやHuluなど150を超えるストリーミングアプリケーションや、Canal+、Charter Spectrum、DIRECTV NOW、PlayStation Vueなどの有料テレビサービスからお勧めの番組や映画を提案します」と話しているが、つまり既存のコンテンツへの動線は、きっちりとApple側でも用意する。
その上で、さらに「+」のコンテンツとして、Apple TV+を用意するというわけだ。
この構造はApple News+でも変わらない。Apple News+で配信される読み放題の雑誌の中には、それぞれ独自のアプリや別の配信経路を持つ雑誌もあるが、Appleのアプリを通じることで読者は増加するだろう。
アプリを通じたエコシステムに対して、自らコンテンツで他社競合するような機能・サービスを立ち上げるのではなく、あくまでも「+」要素を加える。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.