リーダーのための伝える力 何が伝われば組織は変わるのか?』(坂巻 久著、朝日新聞出版)は、キヤノン電子を世界的な高収益企業へと成長させた名経営者によるリーダー論。「はじめに」の部分では、「リーダーの役割とは、『利益を出せる強い組織』へと部下とチームを成長させることである」という基本的な考え方を示したうえで、自身の経験についても触れています。

私が課長という最初のリーダーになってから40年ほど経っているが、(中略)試行錯誤を繰り返してきた。思うように伝わらないことでイライラしたり、凹んだりしたことはいくらでもあるし、時代も人も変わるように、コミュニケーションも生き物だから、「これ」という唯一の正解はない。(1ページより)

しかしそれでも、すべてに共通する法則は見えてきたのだとか。たとえばそのひとつは、「組織を改革する際には、まず、ひとつの部署から変えることがいちばん有効である」ということ。リーダーが実際にやってみて伝えることで、部下に「仕事に対する当事者意識」を持たせるわけです。

その方法論はひとつひとつが的確なので、できるならすべてをお伝えしたいところ。しかし、そうもいかないので、きょうは1章「部下のやる気を引き出し、闘う集団へと帰る伝え方 ----意識と行動はどうすれば変わるか」内の「4.リーダーに必要な『目配り、気配り、口配り』に焦点を絞ってみたいと思います。

まず、部下をよく見る

リーダーが率先して結果を出してみせれば、部下や社員は必ずついてくるもの。その時点で忘れるべきでないのは、リーダーが掲げた夢と目標が達成できるように、彼らがやりやすい環境をつくること。加えて、途中で挫けてしまわないように「お前ならできる。絶対に諦めるな」と鼓舞し続ける。そういうことが大切だと、著者は主張しています。さらに、その際、リーダーに必要なのが「目配り、気配り、口配り」。

一般的には気配りが大事だと言われますが、まず重要になるのは目配り。目配りができて初めて、気配りができるということです。なぜなら目配りをしていなければ、クライアントのちょっとした仕草にも気づけないし、なにが求められているのか気を配ることもできないから。

これは帝国ホテル代表取締役会長の小林哲也氏が、講演で話したことだったそう。著者はその考え方を自分なりに解釈したうえで、さらに「相手の立場に立って行なう、言葉をともなう『支援的な行為、行動』」として「口配り」をつけ加えています。部下や社員を鼓舞し続けるには、言葉をかけるとともに、実際に部下のために動く「行動」も求められてくるということ。(44ページより)

部下が正常な状態を外れたときにすべきこと

部下や社員の仕事をフォローする環境づくりにおいて大切なのは、まず彼らの正常な状態、いちばん調子のいい状態を頭に入れておくこと。「ボールペンをくるくる回しているときは調子がいい」など、あくまで自分なりの判断基準でいいそうですが、一般的に部下や社員の素の精神状態が現れるのは「帰り際の背中」。

著者もその点をモノサシとし、常に部下の背中に目配りしているといいます。そして、いつもの背中と違って見えたときは「大丈夫か?」と声をかけ、気配り、口配りを心がけているのだとか。ほとんどの場合は「大丈夫です」という答えが返ってくるものの、それで安心せずに観察を続けるのがリーダーの役目。いつもの調子に戻るならともかく、正常とはかけ離れた状態が続くようなら黄信号。また、その延長線上で突然仕事のペースがガクンと落ちる場合は赤信号だと思った方がいいと、経験に基づいて記しています。

そうした場合に重要なのは、場所を変え、ゆっくり話を聞いてあげること。できるだけ溜め込まないうちに、そういう機会を持つようにしたいと著者は提案しています。(46ページより)

目標達成に不可欠な「緊張感」と「達成感」

夢と目標を達成するためには、職場に緊張感と達成感が不可欠。まず達成感については、ゴールに着実に近づいていることが実感できるような「小さな達成感」が得られる仕掛けを用意するといいそうです。そのために重要なのは、最初の里程標をあまり高く設定しないこと。理想的なのは、少し背伸びすればクリアできる程度で、それなら「よし、やれる!」と自信がつくもの。逆に、いきなりハードルを高くしてしまうと、「やっぱり無理だ......」と自信をなくしてしまいかねないからです。

一方の緊張感は、ひとことで言えば「リーダーの目」。夢や目標の達成のためにリーダーは、いつも部下や社員を注意深く見守っている必要があるということ。そして折りに触れて「これは大切な仕事だからな。期待しているぞ」というように声をかける。その姿勢が、職場や部門やチームにいい意味での緊張感を与えるというわけです。つまりここでも、リーダーに求められるのは「目配り、気配り、口配り」。

逆にだらけた部署は、必ずリーダーがだらけているもの。上がだらければ、下もだらけるのが組織というものだと著者は指摘しています。そういう意味でも、リーダーがまず部下に伝えなければいけないのは、日々の仕事に対する真摯で厳しい姿勢。(48ページより)

本書に対してまず感じたのは、筆致の強さ。ひとつひとつのことばに、強い主張を感じることができるのです。そして読み進めていくとわかるのは、それらのことばが徹底した現場主義に基づいたものであること。直接的に心に響いてくるのは、そんな理由があるから。そういう意味でも、リーダーのあり方を考えなおす際には、とても参考になる内容だと思います。

(印南敦史)